誰のものか示すためでもある、と後に語った「退治人だー、トリックオアトリート!」
「ねぇねぇ何でお面つけてんの、取っていい?」
「今日、ロナルド様が来てるって本当?!」
今日はハロウィン。夜の公園は思い思いの仮装をした子供達がやって来ては、ベンチの前で待機していた人影――お菓子配りのボランティアで配置していた退治人に群がっていた。
「ったく、元気が有り余ってんな」
小さなモンスターたちに包囲された退治人は、お面を取ろうと飛び跳ねる子供を制しながら彼らへお菓子の入ったバスケットを見せる。
「お菓子ならやるから、ちゃんと並べよガキども。良い子にしないと……死神様の鎌がお前らの魂を取っちまうぞ?」
「きゃー!」
「わぁーい!」
「全っ然ビビらねぇなオイ……はは」
柄の先端にカボチャの装飾を付けた大鎌を向けてもはしゃぐばかりのチビッ子たちに、退治人――ロナルドはお面の下で密かに笑った。急遽数合わせで駆り出されたボランティアだが、子供が喜ぶ姿を見るのは嫌いじゃない。平和的なイベントも退治人業をこなす上での必要な潤滑剤なのである。
◇
「ふー……」
公園を訪れる子供が途切れたタイミングでベンチに腰かけ、お面をずらして水分補給をする。十月の末で夜気が随分と冷たくなっていたが、何時間も子供達の相手をすれば流石に暑くもなる。姿を晒して悪目立ちするのを避けるために黒い布で頭から足首まで全身を覆い、白い仮面で顔を隠す作戦の成果は上々だが、蒸れて汗ばむのが唯一の難点だった。
「っと、次か」
入り口から聞こえてきた足音にさっと仮面を被り直す。これが終われば城に預けたツチノコとカボチャを迎えに行って、アルマジロのジョンにお菓子を差し入れして、ついでにドラルクが作った美味しい料理を食べる。仕事明けのお楽しみを思い浮かべて気合いを入れ、ロナルドは大鎌を手にすっくと立ち上がった。
「こんばんは、死神さん」
「おう、よく来たな。……一人か?」
「うん、ちょっと寝坊しちゃって」
やって来たのは頭から白い布を被った、シンプルなお化けの仮装をしている子供だった。他の子たちと違って一人でやって来たようだが、肝が据わっているのか不安げな様子は見られない。……一応、お菓子を渡したら人通りの多いところまで送った方がいいだろうか。
「それよりねぇ、トリック・オア・トリート!」
「はいはい、ちょっと待ってな……あれ」
ベンチに置いていたバスケットを持ち上げお菓子を取ろうとして、ロナルドは思わぬ事態に首を捻った。ギルドで溢れんばかりに飴だのクッキーだの詰め込んだ筈のバスケットは、すっかり空になってしまっていたのである。
「どうしたの? ねぇ、お菓子は?」
おかしい、休憩前にはまだ残っていたと思うのだが……不審に思うロナルドの傍で、子供が焦れた様子で尋ねてくる。これは、正直に話してギルドで改めて渡すしかなさそうだ。あの付近ではハロウィンメイドに扮した実兄が待機しているので極力戻りたくはなかったが、背に腹は代えられない。
「あー、悪いな。今お菓子はちょっと切らしちまって」
「ふぅん」
「ギルドにはまだあるから、今から一緒に」
「――お菓子が、ないなら」
抑揚のない子供の声が、ロナルドの言葉を遮った。一層の冷たさを帯びた夜気が、汗の乾いた身体から体温を奪っていく。
「いたずら、するぞ」
白い布の裾が舞い上がり、覆われていた何かが今にもその姿を、
――バサリ。
「……あ?」
バスケット目がけて落ちてきた音に、ロナルドは懐に入れた手を引いた。覗き込むと、今まで配ったものとは明らかに違う、チョコチップとアイシングで綺麗にデコレーションされたカップケーキの包みが入っていた。
パタパタと、続いて頭上から聞こえてきた羽ばたき音に視線を向ければ、紫色の小さなコウモリがこちらの肩に乗っかるところだった。得意げにピスピスと鳴くそいつを一瞥した後、ロナルドはいつの間にか布を被り直した子供に向き直る。
「驚かせてごめんな、どうやら親切なコウモリがお菓子を届けに来てくれたらしい」
「え、あ」
コウモリとロナルドを交互に見て戸惑ってるらしい相手に半ば押しつけるようにお菓子を渡し、明るく努めて手を振って送り出す。
「ほら、お菓子をどうぞ。ハッピーハロウィン!」
「ありが、とう。ハッピー、ハロウィン」
ぎこちなくお辞儀をした子供が公園から走り去るのを最後まで見届けた後、ロナルドは肩に居座るコウモリをジロリと見た。
「余計なことしやがって」
「ああいう輩は興味を削いでやった方がいいんだよ。退治人に認知されたと調子に乗られたら困るだろう?」
流暢に日本語を話すコウモリ――に、変身したドラルクの言葉に、ロナルドはわざとらしくそっぽを向いた。
「あの程度、俺がいればどうとでもなる」
実際、奴がアクションを起こす前に麻酔弾をぶち込む余裕は十分にあった。ドラルクがお菓子を落とすのが一秒でも遅かったら今頃あの子供、もとい吸血鬼は現行犯でVRC送りとなっていただろう。
「そうなったらますます遅くなってしまうだろう? 折角のハロウィンなのに、ロナルド君が来ないまま夜明けになるのは嫌だよ私」
「お前まさか……それが奴に菓子を渡した理由か?」
「えっ、何か駄目だった?」
「……いいや」
再び空になったバスケットを開いてドラルクへ示す。意図は伝わり籠の中に入ったドラルクはピスピスと楽しげに鼻息を奏でた。
「カップケーキ、俺の分もあるんだろうな」
「勿論だとも! 他にもたくさんあるから楽しみにしてくれたまえ」
「はっ、精々期待してやるよ」
ギルドへ現地解散の連絡をして、ロナルドはバスケット片手に足取り軽くレンタカーへ向かった。ロナルドの来訪が待ち遠しくてわざわざ飛んでやって来たらしい吸血鬼のために、一刻も早くドラルク城へ行ってやるとしよう。
「ーーーロナルド君スピード出し過ぎ怖い死ぬぅーーー!」
「規定速度60km/hだ耐久お豆腐野郎が!」