事務所を出る少し前、窓を打つ雨の音が聴こえてきた。
「…お、雨か」
「予報で言ってたけど…あの天気から降るとは思わなかったな…」
どうやら、北斗はこの雨をしのぐ傘を忘れてしまったようだ。
「俺持ってるぜ。駅まで一緒に入っていくか?」
きちんと予報に従い、傘を持ってきていた冬馬は、事務所の玄関にある傘立てを指さした。そこには、確かに冬馬の傘が刺さっていた。
「じゃあお言葉に甘えて…」
「おう、行こうぜ」
傘を持ち、事務所を出る。階段を下って外に出る前、冬馬は傘を開いた。
「ほら、入れよ」
傘を傾け、北斗を迎え入れようとする冬馬。その隙間に入ると、互いに肩先が傘の下を出てしまっていた。
「冬馬、肩、濡れてる…もっとこっちに来なよ」
冬馬の肩を抱いて引き寄せる。互いにくっつくように、近くになった。
「おいっ……、まあ、濡れちまったらダメだしな…風邪とか引いちまうし…」
冬馬は己の中でこの体勢を良しとする理由を見つけたらしい。寄り添って歩くことを許可してくれた。
「ありがとう。行こうか」
駅までの短い道のりを歩いて行く。天気のせいか、外を歩いている人はまばらで、傘で隠れた二人は、まるで世界にふたりっきりになったような錯覚を覚えた。
やがて駅に到着する。屋根の下に体を置いて、冬馬は傘を閉じた。
触れていた肩にまだ互いの体温が残っている気がして、片手でそっと触れた。
傘を閉じ終えた冬馬の顔を覗き込む。ほんのり、少し赤が差している気がした。
「ねえ、もう少し、一緒にいたいな」
北斗は想いを隠すこともなく、冬馬へ伝える。返事を紡ぐ冬馬の唇に目を奪われた。
「……俺も」
それだけ、紡いで。冬馬の唇は静かになった。
北斗は冬馬の手を引いて、地下へ続く階段を降りていった。