風呂と取引「そろそろ風呂の時間やで〜」
階下から寶の声がした。うるうは読んでいた本にしおりを挟み、階下へ降りようとした。
「えー… これ今日中に読んで返さないといけないのに〜、てかおかしくね? いつもより30分も早いよ」
樹果は漫画雑誌を手にしたまま、うるうを制した。
「面倒くせぇ。おれだけパスでいいか?」
「風呂は規律や秩序以前の問題だが?」
焔とうるうの睨み合いに樹果が割って入る。
「まあまあ、風呂パスしていいかどうかは、下降りて寶に訊いてみればいいじゃん」
一階に降りると、蘭丸は洗い上げた皿を拭かされているところだった。光輝族のエリート様らしからぬ姿だ。記憶喪失であるのをいいことに、如才ない寶にいいように使われているのかもしれない。
「寶、焔が風呂入らなくてもいいかだってさ」
「あかんなあ。おいちゃん、みんなが悪さしないように監視役言いつけられてるねん。だから風呂も全員一緒に行ってるやろ?」
「風呂と悪さとどう関係があるのか分かりかねるが?」
うるうの問いに、他の皆も同意しているようだ。
「抜け駆け禁止ちうことやな」
皿を拭いていた蘭丸がいきなり大声を上げた。
「あ、肉体的接触! 寶さっき電話してたから」
「なるほど」
うるうが目を伏せる。
「やっぱおれ、風呂パスでもいいか?」
樹果はしばらく腕組みしてうーん、と唸っていたが、やがて口を開いた。
「今風呂に行ってもいい。いや、行ってやってもいい。ただし、行きと帰りにアイスを買ってくれるなら。風呂に行かない奴にはアイス無しってことで」
「おい!」
焔がムキになって大声を上げる。
「大切なのは歩み寄りだからね。あとアイスはホームランバーみたいな安いやつはイヤだよ。高いやつがいい」
「樹果くん、すっかり人間界の汚れた風習に染まってしまって……」
寶がわざとらしく泣きまねを始めた。
「アイスごときに惑わされて」
という割には、外出のための身支度を始めるうるう。
カウンターから出てきた蘭丸が、
「アイス、何食べたらいいかわからないから、適当に選んでくれないかな?」と樹果に話しかけた。