遂げられぬなら、王には好きなヒトがいた。それは王の力である魔人だった。それはそれは仲睦まじい。
俺の入る隙間など無いほどに。
「…フィーン」
それでも、俺は王を愛している。
様々な場所、魔界を旅して出逢ったのが我が王だった。彼はナホビノとなり魔界を駆け回り、東京を救うために立ち上がった。
俺はそんな王に心から惹かれ、刃を交え実力を認め忠誠を誓った。
そこには騎士として在るまじき慕情も含まれている。
「フィー」
「おいで、フィン」
牡鹿の俺はヒトの言葉を理解できても話すことは叶わない。流石に俺の左の前脚に宿る知恵の鮭の力でもってしても、こればかりはどうすることも出来なかった。
だから愛を伝える声色を、王にだけ聴かせた。何度も何度も、俺は「好きだ」「愛している」と恋鳴きをし続けた。
「フィンは甘えたさんだなあ」
鳴く俺に、王は優しく微笑むと金の鬣をあやすように撫でてくれる。
けれど違うんだ。
「フィオ…」
愛しているんです。貴方の事を。鹿のこの身であっても貴方の事が好きなんです。
騎士となってから、何度も何度も伝えた。けれど貴方には届かない。優しく撫でて「仕方ないな」と微笑んでくれるだけで、肯定も否定もしてはくれない。
それがとてつもなく虚しかった。
「フィン、俺の騎士」
それでも貴方を守れるのなら、この想いに蓋をして永世に貴方の騎士でいようと思っていた。
…あの光景を見るまでは
王が東京でガクセイとしての責務を全うしている間は、俺を含め他の仲魔達は妖精の集落に預けられている。
「…!」
森の奥で微睡んでいた俺は耳を跳ね上げた。龍脈が開く気配がする。王のマガツヒの匂いを感じられた。
王が迎えに来てくれた。
軽やかに草を蹴って龍脈まで駆けた。仲魔の中でも一番に駆け寄って王に「いつもフィンが一番乗りだね」と褒められながら撫でてもらうのが好きだ。
「フィ…」
今日もそうして褒めてもらおうと駆けつけた俺が見たのは、
「少年」
「ん、アオガミさん…」
愛しげに微笑み合い、口付けを交わす王と半身たる魔人の姿だった。
「続きは戻ってからにしよう」
そういって魔人はその言葉に少しむくれた王の頭を撫でる。
「…約束だからな」
「ああ、約束だ」
互いの小指を結んだ後に、二人は合一化しナホビノとなる。
「…」
今のは何だ。
いや、何か理解している。が、認めたくはなかった。微笑み合い二人が口付けを交わす光景。それは俺の記憶にもある、伴侶のそれと全く一緒だった。
王と魔人は、好き合っていたのだ。仲睦まじく、俺の入る隙間など微塵も無いほどに。
それを今、垣間見てしまった。
脚が竦んで動かない。王の言葉でなく行動で、俺の気持ちは否定された。
「あっ、フィン!!」
そんな俺を見つけた王が駆け寄ってくる。いつものように俺の頭や鬣を混ぜっ返して微笑む。沢山沢山褒めてくれる。
「やっぱり今日もお前が一番乗りだったな!流石俺の騎士!」
…ああ、今までならその言葉はとても嬉しい称賛であったのに。今は鋭い槍の穂先で突かれたように痛く刺さる。
結局、俺は貴方の心を傾ける事も出来ないのかと。
何故だろうか。俺が鹿だから?ヒトの姿であったなら、王は俺を愛してくれただろうか。
…姿が、違うから。
「…フィーン…」
そうだ、ならば俺と同じ姿になってもらおう。
貴方が鹿となれば俺の言葉も、気持ちも、全て伝わるだろう。そうすればきっと、王は俺を愛してくれる。俺の伴侶となってくれる筈だ。
他の仲魔達を呼び寄せ始めた王の背中を、俺はじっとりと見つめ追いかけた。