路は短し、恋せよ少年 邂逅編ー感情の起伏が乏しい、無表情、お人形さんみたい
散々他人から言われてきたが自覚はしている、それはダアトに飛ばされナホビノとして戦っている今でも変わらない。
ーただ、成り行きで此処まで来た
どんな苦境や鬼門だってその一言ですべて乗り越えて、くぐり抜けてきた。最初は恐れていた悪魔も逆に自分に恐怖を覚えるようになる程だ
ー今日もやり過ごせるだろう、そう思っていたのに…
あの瞳の、あの輝きを見た瞬間。
芽生えた知らない感情に、心の臓を揺さぶられー
樹島を攫ったラフムを追うためダアト品川区を進み続ける僕と磯野上はアオガミが探知した気配を便りにコウナン四丁目方面へ向かうべく御楯橋を渡っていた、この辺りに悪魔はいない事を確認し、彼女と慎重に歩を進めていた。
ー刹那、殺気がよぎる
ビルの外壁であったであろう瓦礫の向こうから何者かが高速でこちらに飛び込んで来たのを察知し、瞬時にブレードを放ち攻撃を塞ぐ、相手は剣を振り下ろしぶつかり交わる刃と刃の間で火花が散っている。
これは強敵か。相手の弱点を探るため姿を見て、顔を見て、目を見てー
その時、僕の中で異変が起こった
澄んだ翠色の、例えるならエメラルドのような深奥から煌めく神秘的な瞳を見据えただけの僅かな間、この心に今まで感じたことのない感情が急激に湧き上がってきて胸から始まり首、顔、更に腕と脚、手と足の爪先まで一気に駆け巡り全身丸ごと支配してしまう程に熱くて痛くて辛くて苦しい何か
わからない、これはなんだ…?
『少年、左手からブレードを!』
この戦況に最も的確なアドバイスを送ったアオガミの声が脳内に響いた事によりはっと意識が戻った。今のはバステか?しかし相手は一つもスキルを発動していない筈だ、もしや他に仲魔がいるのか?
気を引き締め直しもう一度相手を見遣った。
しかしこの判断が間違いであり、これまでの自分自身を否定するかの如く僕の全てを変えた、今しがた僕に攻撃を仕掛けた剣士の容姿に衝撃を受けからだ。
金糸雀を思わせる輝かしい金色の長い髪がふわりと絹糸の様に軽やかに揺れておりをそれを真ん中で三つ編みに結わいている、肌は透き通る位に白く「純白」という単語が具現化しているかのようだ。
そして先程僕を困惑させたあの目だ、改めて見て確信した。
あの煌めきが、麗しい翠が、僕へ投げかける鋭い視線に胸を突き刺され貫通したかの様なショックを与えられたことによりこの身体と思考が停止してしまった、もはや釘付けだ。
目の前の美しき者はただ剣を構えてこちらの動きを見切ろうとしているだけ。
これはバステなんかじゃない、僕がおかしくなってしまったからだ。
タオは混乱していた。何故なら隣で両手からブレードを出し臨戦態勢に入っている筈の彼とその向かいで同じく再び剣撃を繰り出そうと身構える謎の悪魔、お互い見つめ合ったまま何秒間いや何十秒間だろうかバジリスクの目を見てしまい石化したかと疑う程二人ともそのまま微動だにせず立ち尽くしているからだ。
どうしてこの二人だけ時間が止まってるの?
「…はっ!磯野上、大丈夫か!?」
それはこっちの台詞だよ
先に動き出したのは青空君の方だった、君の意識は一体何処へ飛んでいたの?
するとつられるように悪魔も目が覚めたのか瞬きを2,3度してこちらを険しく睨む。
「貴様がどんなに美麗であろうと…このフィン・マックールが討つ!」
え、今コイツ“美麗”って言わなかったか?ていうか誰の事??
私が急に吹っかけられた疑問に困惑し始めた途端フィン・マックールと名乗った悪魔が青空君へ剣の切っ先を真っ直ぐ構えて高速で直進して来た。
「青空君危ない!」
その猛進に呆気を取られた彼は一気に間合いを掴まれてしまった。
拙い、やられる
私は彼の絶対絶命を目の当たりにした、けれど
「うわあああああああああああああああ!!!!」
突然鼓膜が破れてしまいそうな程に大音量の絶叫を放った彼が間近まで接近して来たフィンを両手で思いっきり突き飛ばしたのだ。想定外の行動だったのだろう、フィンは驚いて身を引こうとしたが間に合わずバアァンと盛大な衝突音を響かせた直後彼とタオが渡って来た御楯橋の反対側にある廃ビルの中心辺りの階層へ豪快に直撃した。ボロボロと砕けてゆく瓦礫ともくもく煙のように立ち込める塵と埃。
「えええぇぇぇ…」
何 故 そ う な る ?
この一連の流れを見たタオは驚愕を通り越して唖然としてしまった。
両手からブレードを出していたのは何のためだったのか…テンノウズアイルから此処まで冷静沈着で取り乱さず賢明な判断で切り抜る彼の戦いぶりを見てきたタオには度肝を抜かれるような行動だった。
ヒホオォォォォー!?
っという叫び声が倒壊するビルの麓辺りから響いてきた。もしや橋の手前にある龍穴のすぐ横で座り込んでいたジャックフロストなのでは?
「青空君!大変だよさっきのヒーホー君が「あうあうああああああああああああああ!!!!!!」えっちょ、待ってぇ!何処行くのぉ!?青空くぅーーーん!?!?」
フィンを突き飛ばした当の本人は未だ叫び声を上げたままで呼び止めるタオを置き去りにして明後日の方向へと全速前進で走り出したのである。
『待て!駄目だ少年!聖女から離れたらいけない、すぐに戻るんだ!!』
初めてではなかろうかアオガミがとても焦ってる声音で僕に静止を促してるが今の僕では何を言われても止まれなかった。
どうなってんだ、どうなってんだよ
怪我もダメージも何一つ負ってないのに胸が心臓が深い奥底から熱い!痛い!辛い!苦しい!それなのに嬉しくて、気持ち良くて、甘酸っぱくて、心地良くて…こんなバステいやもはや病気なのか、もう訳が判らない!何なんだ、一体どうすれば…
「サホリよ、今こそこの余と一つになり己が望みを「嫌よキモい」何ぃっ!?」
一方その頃シナガワ駅付近の廃墟にてサホリとラフムが一悶着を起こしていた。
「何故だサホリ!余と合一すればお前に降り掛かる恐怖も悔恨も全て消す事が出来るのだぞ!」
「だからその“合一”って何なの!さっき言ってた一つになるって意味なの?だったら嫌!絶対に嫌!!」
「だから何故だぁぁぁっ!?」
「キモいって言ったでしょ!!」
サホリはラフムとの合一を頑なに拒否していた。理由はしてしまったら後戻り出来なくなるかも知れないと危惧しているから、そしてただ単にラフムが気持ち悪いからである。
「だってアンタ馬鹿デカい生首が浮いてるみたいで不気味な外見だしその髪の毛っぽいのだって臭くてきったないし特にその触手!見た目も動きも変な液が出てるのも本当に気持ち悪い!!もう無理!生理的に受け付けられない!!」
言いたい放題である。自らの半身から罵詈雑言を浴びてしまったラフムは遂に痺れを切らした。
「気が済んだか…?」
「あ、」
サホリは後退る。
「余はお前の復讐に加担し憎き人間達を殺してやった、だから次はサホリよお前がこの余、邪神ラフムの望みを叶えてやる番なのだぞ。…それなのに余に対し謗りに罵り、蔑みの言葉をぶつけるとは…」
ラフムは全ての触手を出し宙に漂わせる。
「無理矢理でも構わぬ!お前を取り込んででも余はあるべき姿を取り戻すのだ!」
触手がサホリを捕まえようと迫ってきた。
私ここで死ぬの?せめてタオにちゃんと謝って、それから感謝の気持ちを伝えてから死にたいのに
お願い 誰かー
「助けてくれえええええええええええええ!!!」
「グほぉあぁっっ!?」
!?
私が言いたかったことを突然横からぶっ飛んできてラフムにロケット頭突きを嚼ます青空君が何故か大声で叫んでいた。いや彼なのだろうか?顔は同じだがそれ以外が全く見覚えのない姿形になっている、それに私が知る限り青空君はこんな真似するような人では無いイメージなんだけど。
「小僧!キサマまた余の邪魔をす「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」うげぇ!ぬおぉ!だぁはあぁ!!何をすぶへぇぐうぅ!!!」
地面に倒れたラフムの話を聞く間も無くのしかかり勢いが衰えることなく頭突きを間髪入れず何発もブチ込んでいく青空君。やっぱり別人かな?
「何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ」
「いぃっ!何を言っブヘェっ!!!」
助けてくれ!誰か本当に助けて欲しい!!
あの悪魔の姿が煌めいて目の前から離れない!あの声が凛と響いて耳の中で木霊し続けている!あの翡翠の瞳が輝いて眩しさで前が見えない!
何度も頭を板(?)に打ち付けているのに、痛みも感じているのにさっきの悪魔の映像ばかりが勝手に再生されてしまう!心臓が信じられない程にバクバクと激しく鼓動して息も上がりっぱなしで呼吸を整える事も出来ない!今まで色んな悪魔達を見てきた、けれどこんな訳が判らない状態になったのはアイツが初めてだ!それも一目見ただけで!!
何なんだこれは、何なんだ一体、何なんだ本当に!!!
「何なんだっ!この気持ちはああああああああああああああああああああああ!!!」
キサマが何なんだぁ…
ナホビノが雄叫びを発したと同時に渾身の頭突きを当てられ消え入りそうな呟きを残しラフムはピクリとも動かなくなり事切れた。そんな寸劇を眺めていたサホリは何故か隣にいたネコショウグンと共に宇宙空間へ放り出されたような感覚に浸っていたという。
精神的に不安定な暴走状態でありながら少年がラフムを倒した事により樹島サホリが救出され、彼女を連れ御楯橋に戻り無事聖女との再開を果たし大事に至らなかった事を確認した。
「タオ、ごめんね、本当にごめんなさい!私取り返しがつかないことを…」
「分かってるよ、だから出来る限りの償いをしょう。私も手伝うよ」
ありがとう、ありがとう
二人は涙を流しながらしばらく抱きしめ合い聖女は彼女に励ましと慰めの言葉を添えて、それに彼女は何度か感謝の言葉を贈っていた。
勧奨と代償。私はまた一つ人間の強さを学んだのである。
これにて医科学研究所へ一度帰還することを少年に提案した。
「分かった、それじゃあ二人共東京に戻r…………」
『どうした少年?』
急に言葉が詰まり、少年はフリーズしてしまい先程の暴走状態と同様再び体温と心拍数の上昇を発生させている。その原因は間違いなく彼の視界にいる先刻少年に謎のバステ(?)を齎した件の悪魔フィン・マックールである、まだいたのか。
すると少年はその姿を認めた途端
「来い!出番だ!」
「ヒー法!このキングにまかせ…ヒホ?」
急に仲魔であるキングフロストをストックから呼び出しその巨体の背後へフィン・マックールの視線から逃れるように隠れてしまったのだ。
「ナホビノくん、隠れんぼかホー?」
事情を知らないキングフロストは呑気に子供の遊びに付き合わされてると勘違いしてるようだ、少年を何歳だと思っている。
「あれ?なんでキングがいるんだホー?それよりさっきオイラたくさん落ちてきた瓦礫の下敷きにされかけたホー!フィンがいなかったら死んでたホー…」
あのジャックフロストは御楯橋の龍穴近くにいた者だろう少年が起こしたビルの倒壊に巻き込まれそうになった所をそれに当たったフィン・マックールがどうにか助け出したらしい、本当に済まなかった。
「あの人は青空君でいいんだよね?あれ何してるの??」
「私にもさっぱりだよ…」
そんな少年の様子を見た聖女と樹島サホリもさっきまでお互い泣いていたのに涙が引っ込んでしまい奇妙な者を見る目をこちらに向けている。実に居たたまれない。
「……」
困惑の表情を浮かべ黙したまま立ち尽くすフィン・マックール。お前のせい(?)だぞ何とかしろ。
「なぁ、お前さんに話があるんだが」
フィンが話かけてきた。“お前さん”って誰のこと?磯野上?樹島?それともキングヒーホーなの?あるいは小さい方のヒーホーくん?
「青空君、フィンさんが君と話がしたいって」
え、僕?僕なの!?なんで何の用が…そういえばさっき全力でフィンを突き飛ばして遠くの廃ビルにぶつけちゃったんだった!そのことで僕を責めようと?怒らせちゃったのかな…
「……突き飛ばした事、怒ってる?」
「ううん、そのことは大丈夫だって。さっき私が回復したしフィンさんもう平気だと思うよ」
え、磯野上は僕が離れてる間フィンと何を話したの?て言うか近寄れたの!?君こそ平気なの!?あんな綺麗で格好良過ぎる顔見れたのっ!!??僕なんて目の前まで来たらさっきみたくアオガミでも制御出来ないくらい暴れ狂ってしまうのに!!心臓がメギドラオンしそうなのに!!あれ、僕なんでこんなムキになってるんだろう?
「フィンさんね、攫われた生徒達を何人か助けてくれたの」
磯野上の話によればフィンは傭兵であり妖精の集落という中立な立場の妖精族が住む里に協力しており其処に彼が助けた生徒達を匿っているという。人間に良心的な悪魔もいることに安堵するがそれ以上に僕はフィンの活躍に関心と憧れを抱いていた。
格好いい…ヒーローみたい
僕もテンノウズアイルからここまでくる間に生徒達を助けてきたけど何故かフィンのそれの方が凄いなと思ってしまい同時に嬉しさと誇らしさも込み上げていた。
ならば尚更感謝の言葉をせめて“ありがとう”って一言だけでも伝えたなくては、しかし原因不明の緊張と胸の痛みのせいで話も出来ない上に彼に近づく程悪化していき一瞬でもその姿をこの目に写すだけでまた暴走しかねないのだ、出来れば自分の口から言いたいのに。
「駄目そうか?」
フィンの声が聞こえた、さっきより近い。
「フィンさん、彼調子悪いようで今は無理かと」
どうしよう、すぐにでも言わなくてはフィンがこの場から離れてしまう。成るべく冷静に、鼓動の高鳴りを沈ませて。
「あ…あ……りが……」
「ん?青空君?」
駄目だ。喉まで固まってしまったようで声がか細くなり呂律も回らなず普通に喋ることすら儘ならない、たった一言“ありがとう”を伝えたいだけなのに。
「何だ、お前さんも話があるのか?」
そう言いながらフィンがこちらへ歩み寄っているのが足音で気づく。ヤバイ、どんどん近いて来てる!キングフロストの背中に両腕をつけ立ったまま顔を伏せていたので地面を見つめていた僕の視界に彼の足元が入ったのを見て心臓がドキリと蹴られたように跳ね上がった。堪らず僕はキングの目の前へとまた隠れるようにそそくさ回り込む。
「な、おい!」
「青空君!?」
困惑するフィンと磯野上の声がするがそんなの気にしてられない、ようやく呼吸と心音が平常通りに戻ってきたのにフィンが傍に来ただけでまた過剰反応を見せ始めているのだ。
「待てよ!言う事があるなら何故離れる!」
また来た!今度は再びキングの背後へ回る。
「あ、こら!」
円錐形を象ったキングの周りを走り続けるように僕はフィンから逃げていく。
「ヒホホ~目が回るホ~~今度は追いかけっこかホ~~~」
この茶番劇に巻き込まれたキングの両目が渦巻きになり軽い混乱状態に陥っている。こっちはもっとヒドイんだよ!重度なんだ混乱どころじゃないっ!
「捕まえたっ!!」
しまった!右手首をフィンに掴まれた。キングが僕を子供扱いするからだ!
「お前さんさっきから何をしてるんだ、俺をおちょくってんのか!」
拙い今度こそ怒らせてしまった。
「ごめん!そんなつもり……はっ」
また彼の目を見てしまった。エメラルドを連想させるその輝きに心が射止められ身体が硬直状態に陥る、瞬きすら出来ない。
「じゃあどういうつもりなんだ俺はお前さんと話がしたいだけなんだ。そっちも何か言いかけてたろ」
近い。さっき刃を交えていた時より彼の整った容かんばせが間近にある。
「なんだまた黙りかよ、話す気があるのかないのかはっきりしろよ」
近過ぎる。この瞳を見つめていると心臓が今にもビッグバンを発動して木っ端微塵になりそうな程激しく鼓動しドクドク忙しなく大きな心拍音を胸の奥から響かせている。それなのにそこ以外が硬直している僕は瞼を閉じることさえ出来ない。
「聞いているのか?返事ぐらいは「う、うぅぅ…んん…!」どうした、苦しいのか?」
もう駄目だ、抑えられない!
「うわー何アレーキモーいw」
「これ見るでない、お前もキモくなるぞ」
通りすがりのポルターガイストに軽蔑され、ロアから冷ややかな視線を浴びせられながらも意識が戻ったラフムは白い蜥蜴の様な本体を出し四肢で地面を這い蹲りながら亀裂と激痛が走っている仮面の巨躯を引き摺りつつサホリの気配を辿り彼女を奪い返そうと少しづつ進み続けていた。
「おのれぇ…小僧ぉ…!」
ナホビノから何発も頭突きを喰らった巨躯は亀裂の隙間からマガツヒを零し流してしまい体力の限界が近く触手が一本も出せない。
「半身さえ取り戻せばあんな石頭如きにぃ!」
ヒィ~ホォ~~~!
暫く進んでいると前方から間の抜けた独特な叫び声が聞こえてきた。
すると雪片の模様が装飾されてる王冠が徐々に地面を迫り上がって来るように現れ、次にシナガワ埠頭でよく見かける霜の妖精の顔が見えてきた。そして黄金に輝く円錐形状の巨体、魔王キングフロストである。
「ん?何故ヤツが此処にいる?」
コンテナヤード内のコンテナの一つに長いこと居座り続けていると聞いたことがあるがどんな理由で或るいは理由なんて無いのか、コンテナから遠く離れたこのコウナン一帯に出没するのは珍しい。それにあのデカい図体で入り口の狭いコンテナからどうやって抜け出せたのか、魔法でも使ったのか?
ラフムは進行を止めキングフロストの様子を見つめていると左右に小刻みに揺れながら此方へ向かっているのがわかった。
「ヤツは足が無い筈だが…」
キングフロストが走る様な動作をするのは不自然だ、まさか足が生えたとでも?しかも両手を広げ大きく振りながら移動して慌てている様子に見える。何者かから逃げているのか?
うなあああああああああああああ!!!
ラフムが不審に思っていた矢先だった、キングフロストとは違う何者かの叫び声が響いた、それも先程聞いたばかりの忌々しいナホビノのだ。
「あの小僧!また暴れておるのか!」
訳は知らないが奴に追いかけられているであろうキングフロストの足元が見えてきたその時、ラフムはその光景に驚愕を覚えた。
「は???」
キングフロストが動いているのは魔法を使っているのでも足が生えて走っているのでもナホビノから逃げている訳でも無い、そのナホビノが両手でそれを持ち上げながら疾走しているからだ。
奇行に暴走する少年が再びラフムと落ち合う数分前の事だ。
「ぬぅんわああああああああああ!!!」
フィン・マックールが近づくだけで体温と心拍数、肺活量に極め付けは精神まで異常な状態になってしまう謎のバステ(?)を患った少年はキングフロストの周りを彼から逃げる様に走っていたが右手首を掴まれ目の前に迫ってきたその顔を見ながら問い詰められていた時だった。心身共に症状の悪化が最高潮に達し、彼と刃を交えていた時と同様再び遠くまで響き渡らん程の大絶叫を放ったのだ。
そして同時に少年から周囲へ突風の如く衝撃破が打たれ目の前のフィン・マックールをはじめ、聖女とサホリにジャックフロストらが嵐に見舞われんばかりにその身を吹き飛ばされそうになり地面から離れてしまいそうになっていたのだ。
『少年!どうした!?落ちつくんだ!』
私は少年を呼び止めたが聞く耳も持たないどころか止め処無く声を荒らげたままだ。
すると少年はいきなり横にいるキングフロストの足元に手を伸ばしまるでウエイトリフティングの要領で自らの頭上へと持ち上げたのだ。
「ヒホォ!?ナホビノ君何するんだホォー!?」
そしてその状態でまた明後日の方向へ駆け出しはじめたのである。
「えぇ!?何でぇ!?」
「青空君、足腰が凄い強靱なのね…」
「ヒホー!おったまげだホー!!」
聖女は愕然とし、サホリは驚嘆し、ジャックフロストに至っては子供の様に燥ぐだけだった。そして元凶(?)であるフィン・マックールは少年の咆哮を間近に受けたからか心此処にあらずの表情で宙を見つめ、ただ呆然と立ち尽くしていた。お前が止めろぉー!!!
「ナホビノ君危ないホー!降ろしてくれホォー!!」
『少年!キングフロストの言う通りだ!直ぐにストックに戻して御楯橋へ戻るんだ!頼む聞いてくれぇー!!』
アオガミもキングフロストも必死に僕を説得してくれてるけどさっきと一緒で頭では分かってるのに心が言うことを聞かなくなりその上キングを持ち上げたまま走るなんて自分でも訳が判らない行動までしてしまってるので最早収拾がつかない事態だ。
だってあんなに綺麗で端正なフィンの顔が目の前まで来ておまけに怒った表情さえ格好良すぎて僕を睨む目付きはさっきと違う輝きを持っていて、兎に角こんなキラキラな奴に捕まったら身も心も全部沸騰して口から豪雷を吐いてしまうところだったんだよ!
何なんだ、一体どうすれば…
「あ、キングフロストだ!ナニやってんのアレ?」
「アイツを持ち上げてるのは何者だ?」
通りすがりのポルターガイストがキングフロストに気づき、ロアはその足元のナホビノを気にしている中ラフムは自らの方へ彼らが迫っている事に危険を察知していたが満身創痍で回避も身構える事も不可能だった。しかし一つ悟った事がある。
例えナホビノに戻れたとしても、余ではこの青ゴリラに勝つ事は出来ないー
ナホビノがラフムの目先まで来ると持ち上げていたキングフロストを白い本体と仮面の巨躯に目掛け勢い良く振り下ろした。
「一体どうすればいいんだあああああああああああああああああああああああ!!!」
余はどうすればいいんだぁ…
巨岩の如くキングフロストを思いっきりぶつけられ、巨躯はパリンとバラバラに砕け本体はメキメキ音をたてながら押し潰されラフムは遺言をぼやきマガツヒの光となり消え去った。しかしその言葉も今日で二度目の
ヒホオォォォォー!?
という断末魔がコウナン中に響いた事により無情にも搔き消されたのである。そんな死に際を目撃してしまったポルターガイストとロアはどうしてか恐怖を一切感じる事無く何故か傍にいたケット・シーと共に広大な銀河に飲み込まれたかの様な心地でいたという。
ずぅぅーーーーーん………
ラフムの完全消滅及びダアト品川区にベテルへの驚異が排除された事、樹島サホリをはじめ悪魔に攫われた生徒達の生存と安否も確認し彼女と聖女を連れ少年は医科学研究所に擦り傷一つも無く帰還したが合一を解いた途端その場でしゃがみ込みどんよりと気持ちを重たく沈み込ませる様な空気をターミナルが中央に座する円型の室内で漂わせていた。
「よ、ご苦労さ…ナニしてんのお前?」
「君大丈夫か?体調を崩しているのか」
数分程時間が経過した頃に太宰イチロウと敦田ユヅルも帰還してきた。二人は妖精の集落でユヅルの妹であるミヤズを含め保護されている生徒達の護衛と周辺の警護にあたっていたがサホリ救助の報告が入ったため後の事を妖精達に任せこちらで合流したのである。異様な光景を目にした否や二人は少年を気遣い声を掛けるがうぅぅ……と少年は小さく呻くばかりで返事もしない。
「ユヅル君、敦田君帰ってきたばかりで悪いけど青空君を引っ張って会議室に移りましょ、ここじゃ職員の皆さんに迷惑掛かるし」
聖女の提案で私を含め6人で二階の会議室に向かい、少年がこの不可解な症状に陥った原因を解明しその治療法も見つけるべく我々は緊急会議を開催する事にした。
医科学研究所二階会議室。此処では先程いた一階ターミナルルームを眺めるための窓があり反対側の壁には数台程モニターが設置されている。部屋の中央まで行き再びしゃがみ込んだ少年を5人で取り囲むというまるで尋問の様な物々しい陣形を組んでしまったがこのまま話し合いをすることにした。因みに私の位置は少年の真後ろだ、此処だけは譲れない。
「それじゃあ何処から話そうか、本当なら青空君の口から言うべき事なんだけどこの様子じゃ…」
「では私から話そう。当時の少年の体調・精神状態について合一していた私なら正確に把握・トレースをしている」
少年以外の4人に事の発端から現在に至るまで少年の身に何が起こっていたのか私は可能な限り分析出来た範囲で説明した。
「では青空がそのフィン・マックールという悪魔と対峙した時から彼の体調と精神に異常が起こったと?」
「そうなの、最初は何故か固まっちゃっていて直ぐに動き出したけどその後フィンさんが近づいたら暴走し始めたの。あんな青空君初めて見たよ」
ユヅルもイチロウも表情が疑り深さに染まっている。少年と長く学生生活をおくり普段の彼をよく知っているからこそ私の話も聖女の注釈を聞いても信じ難いのだろう。
「それが原因でこんな塞ぎ込んじゃってる訳かぁ、一番の功労者なのにヘンな病気のせいで」
「でもラフムに頭突きしながら“何なんだ”って何回も言ってたの。こっちが何なんだって言いたいけど」
イチロウは目の前の少年を落ち込んでいるように見ている様だがサホリの話だと意味不明な発言をしつつ荒ぶっていたと現在と当時では正反対な言動を少年はしていることになる。合一していた私が最も少年の状況を理解してる筈だが他者から言われると本当に同一人物なのか疑わしく思ってしまう。
「しかし一番の問題は少年自身もこの症状の正体が判っていないということだ」
確かにアオガミの言う通りだ。患った僕自身さえ心臓を圧迫するような息苦しさと身体中の血液を全て沸騰させんばかりの高温の発熱、更に羞恥心や昂揚感にもどかしさといった精神面にまで異常を来すこの謎の病が何なのかサッパリだ、過去に生物や保健の課題のために医学系・病理学系等医大入試用の参考書まで読み漁った事もありその記憶を掘り起こしてみたが該当する症例はどれも当て嵌まらない。まさかナホビノ特有の病気とでも?そしたら合一を解いた今でも多少弱まったが症状が続いているのもアオガミだけ無症なのも変だ、やはり僕だけが可笑しくなっているんだ。
フィンに掴まれた右手首に熱が未だ篭もっている、でもこの熱も彼に触れられた事も何故か不快とは思えず寧ろ消えて欲しくないと願ってしまうなど矛盾した思惑まで抱えている。
「そう言えば青空君、ラフムに突っ込んだ時“助けてくれ”って叫んでたよね。あれどうゆう意味なの?」
言葉も発せず両膝の間に顔を埋めてる僕に最初に問い掛けたのは樹島だった。確かあの時症状が酷くなって御楯橋から離れた所から色々切羽詰まってその場で思いっきりジャンプして方向を定めないままぶっ飛んでしまった、そしたら偶然ラフムにぶつかったのだ。
流石に何も答えない訳にもいかないので少しだけ顔を上げてから僕も口を開く。
「御楯橋で殺気を感じて振り向きざまにブレードで防御したらフィンがいたんだけど、そこでフィンを見たら胸が痛くなったり身体中熱くなったりで、それからあっちが近づいたら悪化して心臓が爆発しそうになったから突き飛ばして全速力で逃げたんだ。けど距離を離したり目を閉じたりラフムに頭を打ちつけまくってもフィンの姿が目に焼き付いて…」
ー今だってフィンの事ばかり思い出してしまう、誰かに助けてを求める程に。
かなりの重症だ、自らの容体を口にすることで改めて思い知った。これでは次の任務に参加出来なくなるし貯めているサブクエを達成することも危うい、これでは皆に迷惑を掛けてしまいベテルのお荷物になってしまう。
「ねぇ青空君。今“フィンさんの姿が目に焼き付いて”って言ったよね?」
次に口を開いたのは磯野上だ、今し方僕が放ったその言葉が引っかかってるらしい。そうだけどと相槌をうつ。
「じゃあどうして焼き付いたのかな?青空君はフィンさんの事どうな風に見てたの?」
新たな疑問をぶつけられた、しかしそれを聞かれて僕自身にもそれが浮かんだ。そう言えばどうしてんフィンの姿も声も忘れられない程脳裏に刻まれているのだろうかと、考えられるのは最初に彼を見た時。
「…目が綺麗だったんだ。」
しかしこれを言った瞬間
「「「「「え?」」」」」
僕以外の5人が一斉に疑問符を浮かべた。やっぱり人間に戻っても発言まで奇天烈な事になってしまってるのか。
「あ、気にしないで続けて」
いや気にするよ。今は床をじっと見てるけど君達が珍妙なモノ見る目をしてるの僕は気付いているからね?でも仕方無いから磯野上に促されるまま話を進める。
「とてもキラキラした澄んだ翠みどり色の宝石みたいな瞳で髪も金色に輝いててきめ細かい白い肌でね、荒廃した東京ダアトであんな綺麗な人…じゃなくて悪魔に出会えるなんて思いもしなかったから驚いてドキッとして、でも何でか照れ臭くて恥ずかしくなって……」
思った事をそのまま言葉にしただけなのに文字通り恥ずかしい羽目に遭ってるじゃないか!しかも今気付いたけど何この篭目篭目みたいな陣形は!これもう尋問受けてるようなもんじゃないか!て言うかアオガミはなんで真後ろで突っ立ってんの!?さっきから背中に妙な威圧感があったのはこれか!!
「ねぇサホリ、これって」
「うん、多分そうだと思う」
自爆して後悔に溺れる僕を余所に磯野上と樹島が何かに合点して頷くと
「青空君、私達その病気の正体がわかったかも!」
磯野上が陽だまりの笑顔でそう言ってきた。がしかし
「でもそれは薬じゃ治せないものよ」
と不穏な台詞を何故か和やかに話す樹島、二人共何が言いたいの?
「貴方ラフムに大きな一撃をお見舞いした時“何なんだこの気持ちは!”って言ってたでしょ?」
「…そうだけど」
「それが病気の正体だよ!」
ほえ?本当に何が言いたいの??君達も発言が奇天烈になってないか…
「“病は気から”ってよく聞くけど君のはお医者さんが診ても駄目、自力で治すしかないの!」
「な、なんでそう言い切れるの?」
狼狽える僕に二人は口を揃えて
「「恋煩いだから!!」」
???????
どうゆうことなの?磯野上も樹島もマジで何をぶっこいでるの?
僕に限らずこの場にいる男子3人も全く同じ事を思ってる表情してるし、それにこい?こいって魚の方の?
「鯉じゃないよ恋だよ青空君」
思考を読まれた!?そっちの方かよ!僕が恋をしてる…フィンに?
「そうだよ青空君はねフィンさんに一目惚れの初恋、つまり好きになったんだよ!」
っ!?僕が…フィンの…事が…す…き…???
パリンッ
磯野上が投下した爆弾発言は敦田の眼鏡が勝手に割れる程凄まじい威力を奮っていた。
「敦田!?お前も大丈夫かよ!眼鏡が…」
「………え、あ大丈夫だ!スペアがある!今は彼の方が心配だ…」
意表を突かれた様な表情で割れた眼鏡をかけた状態で茫然自失し、太宰が呼ぶと我が戻り予備の眼鏡を取り出しかけ直す敦田だが顔には普段あまり見ない動揺の色があった。
そりゃそうだ。大声で叫びながら全力疾走したのもラフムに頭突きしまくったりキングフロストを持ち上げたり地面に叩き付けたのも全て生まれて初めて芽生えた恋愛感情によって引き起こされたなんて、俄かには信じ難い。
フィンに一目惚れした事はまだ納得出来るけどこれが初恋だなんて二人は何処で解ったのか。
「あの暴走っぷりがまさに初恋の反応よ!」
「そうだよ!誰かの事を“好き”って想い始めるとドキドキするんだけどそれが初めてだとびっくりして落ち着かないし不安になったり訳が判らなくなったり」
「言われてみればそうかも…」
磯野上が挙げた心理状態が皆当て嵌まっている。
「では少年はその“初恋”を患った事により心身共に異常が起こり、突如として暴走状態に陥ってしまうという事態になったということだろうか?」
「走り出したり頭突きしたりするのは流石に判りかねるけど、概ねの原因は初恋それしか無いかと…」
やたら大真面目にアオガミが磯野上に問い詰めるが彼女は変わらず朗らかに返す。
「それってあがり症なんじゃね?だってほら、好きな人が目の前にいると緊張したり不安になったり平静を保つのが難しくなんね?」
あがり症…以外にも腑に落ちる一節を放ったのは太宰だった。
「確かに大袈裟なところはあるけどそれが一番可能性大きいかも、初恋なら尚更ね」
樹島も太宰の指摘に同意し、初恋である事自体が僕のあがり症の悪化を助長してるのではと踏んでいるらしい。
「でも大丈夫!君の恋煩いを治せるたった一つだけの方法があるから!」
「ちょっと荒療治になるかもだけど」
「え、何をすればいいの…?」
「「告白するの!!」」
またも二人揃ってとんでもない事を口走る磯野上と樹島。
「つまりっ、僕が、フィンに、言うの?…好きだって??」
「それしかないの!今の君が抱えている問題を解決するにはその気持ちをフィンさんにしっかり伝える以外他ならないの!!」
「要は『当たって砕けろ』ってことね!相手がどう返事をするか気になるけどこうゆうのは後回しにすると益々言い辛くなって何時までもズルズル引き摺っちゃうし」
だから荒療治か…
二人共やけに楽しそうに笑顔でこの病気もとい恋煩いの治し方をを話してくれてはいるが聞いていると当人である筈の僕が置いてかれてる気がする。そして僕以上に置いてけぼりを喰らってるのが他の男子3人、特に敦田なんて視線が何処を捉えているのだろうか、いや最早何処も捉えてないだろう。
「青空君!応援するよ!私を命懸けで助けてくれたから少しでも恩返しがしたいの!!」
「私もだよ!サホリを助けてくれた事、心から感謝してるから!!」
何やら何時の間にか大々的に担ぎ上げられてる様な感覚がするけど本当にこれでいいのだろうか…?
かくして、ナホビノと呼ばれる少年はダアトという悪魔が蔓延る荒廃してしまった真の東京にて翡翠色の瞳が煌めく麗しき悪魔フィン・マックールとの出会いにより人生で初めての恋愛を経験することになった。しかし同時に今まで無かった激しくも凄まじいあがり症も患い、これが原因で品川区での一件に限らず様々な惨事、波乱、奇行を起こしてゆく狂瀾怒濤の恋路を歩み進む訳になるのだがそれはまた次の話へ続くのである。
少年の初恋に浮かれた空気が満ちる医科学研究所二階会議室。その中で唯一“ある確信”を得ている者がいた。
青空君と目が合った瞬間、彼と同じ様に暫く動きが止まっていたところ、彼の事を“美麗”と称賛していたり逃げ回る彼をムキになって粘り強く追いかけたりそしてキングフロストを持ち逃げして彼が不在だった時、フィンさんの去り際のあの台詞…
『もしまた会えたら、次こそお前さんとちゃんと話をしたいと伝えてくれないか?』
タオは人知れずニヤリと口元を歪めていた。
ー青空君、この恋路かなり短いかもよ!
だがタオも知らなかった。会議室とターミナルルームを繋ぐ階段の二階から4段下った薄暗いところにスーツを着こなすアオガミとそっくりな顔の男が佇んでこう呟いていたことを
「全ておいたんに任せなさい…」
再開編へ続くー