(治角名)キミノアト「えーここで脱ぐん?」
「やらしい目で見んといてな」
可愛らしいとは言い難い野太い声で「え~」とか「やだ~」とか言われても、うっとおしいだけやし。さっさと脱げよ。
心でそう思いながらも「ごめんね。ちょっと計るだけやし」とわざとらしい笑顔を浮かべて手をあわせる。
11月の後半にある学園祭で2年1組はメイド喫茶を出店することになったのは夏休みが始まる前。
バスケ部の子が黒いワンピースはいくつか用意できるよという言葉に衣装の費用が浮くと決まったものではあるけれど、新学期になって確認したら接客する全員の分はないことがわかった。
交代で着ればいいのだけれど、なぜか接客担当になった子たちはガタイがいい子が多いのもあって、いくつか大きめのものを作る必要が出てきたから、10月も目前となって「試着と採寸をしよう」ということになったわけ。
で、接客することになっている男子のうち、ワンピースが入りそうな子たちには試着を、どうみても入らない子は採寸をすると言ったとたん「え、脱ぐの?」と騒ぎが起こったのだ。
「そもそもこんなん着たないし」
根底から覆すようなことすら言い出した馬鹿どもに衣装担当全員がキレる寸前だった。
そもそもメイド喫茶に決まるまでも長かったのだ。
学園祭どうするという話し合いが始まって早々飲食でいいやんという方向性は決まった。
演劇だの、教室発表だのにすると夏休みがまるまる潰れてしまことは目に見えていたし、当日忙しくても飲食関係であることに誰も異存はなかった。
けれど詳細を決めるとなってイタリアンカフェにしようぜだとか、バニーガールの衣装を着ろよとか誰がやるねんというような案が出始め、女子を中心に「誰がやるねん!言うてみろや!」という空気が満ち満ちていた。
「どうせ接客から調理から全部女子にやらせるんでしょ」
「え?そんなことないで。でもできる人がやるしかないやんなあ」
「じゃあ何ができるんか言うてみ」
「料理なんて無理やん」
「接客とかやったことないし」
蓋をあけてみれば高校生にもなって簡単な調理すらできない、バイトもしたことがないなんていう男子の多いこと。
「じゃあお前たちは何ができるんだ」と詰め寄らんばかりに店舗まわりの準備、調理、衣装を希望する人間を確認し、残りは接客と決めるころには誰もが疲れで変なテンションになっていたのは確かだ。
じゃあ何を出すの?っていう段で誰かが「メイド喫茶にせえへん?」といった。
「黒のワンピースやったら用意できるよ」という声に接客担当となった男子たちの激しいブーイングがでたけれど、「じゃああんたらなんか用意できるん?」「全員の衣装作る費用はどうするの?」という声に言い返せる子はひとりもいない。
もう教室にはもう早く終わろうよ、黙って着とけよという空気が満ちているのに、まだ「せやけど」と幾人かが小さい声で不平を漏らす。
「もうそれでえーやん。そろそろ部活はじまんねんけど」
普段片割れと喧嘩するとき以外は声を荒げることのない宮治の真顔と、いつもよりも格段に低い声はぐずぐずと言い訳をする男子の声を完全に消した。
早々に俺できんでと調理担当に立候補し、11月には春高の予選があるから買い出しとかは手伝われへんかもしれんけど、当日はなんでもやるから言うてなあとまで言った宮治に抵抗する声はあがらなかった。
「じゃあそういうことで、生徒会には申請出しておきます」
その声に「すなぁ、早よ行かな北さんに怒られるで」と宮治のさっきの声とは一変、いつもの柔らかい関西弁が重なる。
「なにーもう終わったの?」
前の席に座る同じバレー部の角名君は紛糾するクラスの中で、一言も発することなく机に突っ伏してずっと寝ていた。ご丁寧に誰かのセーターを枕にして。
「おん、終わったで。いこや」
「んー」
まだ目が覚めきらないのか、ふわあとあくびをしながらガタンと机にぶつかりながら歩きだす角名君を「すな、ちゃんと歩き」とまるで子どもをあやすように言いながら、宮治は角名君の手をひいて教室から出ていった。
そういえば宮治は自分は調理すると名乗り出たけど、角名君何にも立候補してへんやんなと決まったメンバーを見たら接客のところに名前があった。
あの子接客できるんやろか。普段から面倒くさそうな顔か、眠そうな顔しかみたことないけど。そのときはそんなことを思っていた。
で、話は試着に戻る。
ぐだぐだと席から立とうともせずに文句をたれる奴らの声は「俺たぶん既成の入んないから採寸してもらってもいい?」と言いながら前に出てきた角名くんの声にしんと静まった。
「う、うん。念のためカッターシャツだけ脱いでもらってもええかな」
分担決めたとき寝てたから「勝手に決めたのに」とでも言うのかと思ったのに、シャツだけでいいの?と言いながら躊躇なく羽織っていたセーターを脱ぐ潔さに思わず「ええの」と言いそうになる。
いつもカッターシャツも着崩しているし、少し寒くなるとだぼっとしたセーターを羽織っているから華奢なひとだと思っていたけれど、Tシャツ一枚になった角名くんの身体は想像よりもきっちりと筋肉がついていて、いつも猫背気味な背中を伸ばすと思いのほか背が高かった。
座って見ていた男どもからも「え」「意外」という声が漏れ、自分の身体の貧相さを痛感してんちゃうんと思いながら角名君の背中、肩、腕と順番にメジャーをあてていく。
腕も長いし、腰の位置も高い、そして腰が細くてお尻が小さい。
この人めっちゃスタイルいいんちゃう?
潔く脱いだ角名くんの男気にも負け、身体も勝ち目のない子たちが「デカイ女になりそうやなあ」とか言って笑っている。
ばかじゃないの。
この腰の高さ見て何も思わへんの?
小さいころから人形の服から自分のものまで服を作るのが大好きな私の心に、そして綺麗な身体のラインを生かした服を作りたいという欲に火が付いた。
「ちょっとごめんね」
そういうと脇から手を回してほっそい腰とうすい尻のサイズを測る。
頭の中でどんどんイメージができていく。
絶対綺麗にしてやる。
それに間近で見ると角名君が実はめちゃめちゃ綺麗な顔をしていることにもひそかに驚いていた。
クラスではほとんど寝てるか、後ろに座る宮治のほうを見ているからか、あまり顔を意識して見たことがなかったけれど、切れ長な瞳は形もそしてペリドットみたいな色も引き込まれそうなほど綺麗だし、すうと通った鼻梁と小さな口のバランスも完璧で、化粧なんてしなくても十分美人に仕上がるのは確実だ。
なにこの逸材。
万が一、この先私がデザイナーとして独り立ちするようなことがあったら、角名君にモデルをしてもらおうと密かに決意していた。
まじでなんなんこの子。
は~と思わずため息が出た。
「ズボンも脱ごうか?」
にやりと笑う角名くんに足も綺麗だろうなと、ちょっとだけ見たい気持ちを抑えて「それはええわ。でもちょっと首周り見せて」と答える。
「いいよ」
どうぞとしゃがむ角名くんの首周りを確認していたときだ。
Tシャツの襟もとに赤い点のようなものが見えた。
メジャーにインクでも付いてたかなと、指でTシャツの襟元をすこしだけやけど引っ張ったことに気づいたのだろう、あっという声とともにばしっと角名君の手が私の手に重なった。
「ごめん、ちょっと肌が荒れてるから」
「あ、こっちこそごめん」
肌が荒れてるとかじゃない。
ちらと捲っただけでその正体がわかった。
歯型だ。
こんなとこ噛まれるってなにごと。
気にしない顔して「ごめん、あと一か所だけ」と立ってもらって、腰から膝までメジャーをあてる。
ふと目をあげるとわずかにTシャツの内側が見えて、綺麗な白い肌につけられた歯形、そしていくつかの赤い痕が見えた。
うわあ。エロ。なにこれ。
「ありがとう。もうええよ」
「ほんと?何かあったらいつでも言って脱ぐし」
じゃあその背中を見せてよって気持ちを封じ込めて「脱ぎたいんか」って笑っておいた。笑えたかな。
Tシャツをちょっと直しながら「はは」と笑う角名くんの背後から「すなぁ荷物持ってきたで」とのんびりとした声がした。
「治ッ!」
「ん?どうしたん?」
「タオルとサポーター出せ」
「なんやねんせわしないなあ」
先に着替えてきた宮治はそう言いながら部活で使うらしい鞄を置くと、そのなかからタオルを取り出した。
ぼそぼそとこちらに聞こえない声でふたりは言葉を交わし、合間に角名くんが「おまえなあ」とため息をつき、宮治の足を蹴る。
「痛いやん」
「自業自得じゃん」
「えー」
上半身をタオルとジャージで隠したあと、制服のズボンを脱いだ角名くんの内腿、たぶんギリギリショーパンで見えないあたりにもいくつか花びらのような赤が散っていた。
それもわかっていたのだろうサポーターをつけて、照れ隠しだろうか宮治のことを着ていたセーターで叩いていた。
「やめろや」
「帰りになんか奢れよ」
「えー今日財布に60円しか入ってへん」
「お前らなんでいつも小学生みたいな財布なんだよ」
宮治に八つ当たりする男子高校生って感じの角名くんを見てると、さっき目にしたものが嘘みたいに思えるけど、でもあの背中には一面に情交の跡があるのだ。
エロすぎやん。
しっかしめちゃめちゃ情熱的な彼女やな。
噛むってなんなん?
まあ自分のやってシルシをつけずにはいられんかったんやろな。
そらそうやんな。
私なんてぼんやりしてて気づいてなかったけど、これだけの逸材だ、見るべき人が見れば角名君がどれほど良い素材を持っているかわかるし、気づけば絶対に「欲しい」って思う。
それに幸運にも手に入れることができたら「これは自分のだ」って言わずにはいられないだろう。誰の手にも渡したくなんてなくなるに違いない。そんな空気が彼にはあった。
「ほなお先」
「じゃあね」
臙脂のバレー部のジャージに身を包み、手をあげて教室を出ていったふたりは廊下にでてもまだじゃれていた。
「治さあ、ほんとやめてよ」
「なにが?」
「これだよ」
「えーでもしゃあないやん。ほんまうまそうやってんもん」
「……」
ぼそぼそと声のボリュームが落とされる。
「へーそうなんや。ふーん」
ガラリと閉じられたはずの教室の扉が開くと宮治が顔を出すと、まっすぐな射抜くような大きな瞳がこちらに向けられる。
え?私?
「ふーん。まあ……ええのん作ったってや」
そういうと扉は閉じられた。
「なんなんあれ」
「さあ?」
「治もやりたいんとちゃうか?」
「まさか」
そんなクラスのざわめきが遠くに感じる。
あれは威嚇だ。
角名君のあの肌を体を見て、その美しさに気づいてしまっただろう人間への。
「これは俺のやで」
そんな声が聞こえた気がした。
ほおん。
ええのん作って、あんたの角名君が綺麗なことを知らしめてやるからな。
見とけよ。
そんな気持ちのおかげかはわからないけれど、学園祭で2年1組のメイド喫茶は大成功し想像を超える売り上げをたたき出したこと、そしてそのあと角名倫太郎が毎日のように告白を受けまくり、しばらく宮治の機嫌が劣悪だったことを書き加えておく。