(燭へし)手合わせを一本長谷部くんは負けず嫌いだ。
初めて出会ったのは高校の受験会場。
落とした学生証を拾いながら「内部進学しないのか」って聞いてきたときにはじめて声を聴いた。
「なんかちょっと違ったんだよね」
「おとなしく内部進学してくれたら一人ライバルが減るんだけどな」
にやりと笑う顔にどきんとしたと言ったらきっと長谷部くんは「趣味が悪いな」と言うだろう。
再会したのは合格発表の会場。
ネットで結果なんてわかるのにわざわざ会場に足を運ぶのは、合格と確信してその場で手続きを済ませようと考える人間だけだ。
「なんだ受かったのか」
「君こそ」
そういいながら並んで事務室に足を運び、そのまま手続きをした。
「春からよろしくね」
「ふん」
運命だと思っているのは僕だけだと思うけれど、運命のように同じクラスになり三年間あたりまえのように隣にいた。
テストの成績、体育大会、文化祭で出店した執事カフェの売り上げ……あらゆることで勝負をした。
バレンタインのチョコレートは僕が三年連続で勝った。
けれど彼がもらうチョコレートひとつひとつには重い気持ちがこもっていた。
長谷部くんは気づいてないけれど、そういう意味では僕が負けていた。
同じ大学に進学して、そして同じ職場で働くようになって今に至る。
「気が合うね」
「偶然だろ」
長谷部くんはそういうけれどそんなわけがないだろう。
ずっと僕は彼のそばにいることを、隣に並ぶ場所を誰にも譲りたくないだけだった。
いつしかライバルから気の合う友人に、そして付き合いの長い親友という立場が僕には与えられた。
それぞれに女性に告白されたり、ちょっと付き合ったりしたりもしたけれど今のところまだ僕は隣にいることを許されている。
「週末どうする?」
「お前んちでいいか」
「了解。食べたいものある?」
「んー魚が食いたいな」
週末となればどちらかの家になだれ込み、とりとめのない話をしながら酒を飲み、映画を見たりそれぞれに本を読んだりしながら週末を過ごすのが常となっていた。
野菜の餡をかけた鱈のムニエル、春キャベツとハムのコンソメ煮、焼きナスとインゲンの胡麻和え。
ビールから軽く白ワインを飲んで、じゃあ映画でも見る?と言った僕に彼は言った。
「そうだゲームをしないか」
「珍しいね。長谷部くんゲームとかするんだ」
「いや、ほとんどしないな。春先にあの島をつくるやつをやっていたくらいだな」
「じゃあどうして?」
どうやら彼の後輩たちが会社でやっていて「このキャラ長谷部さんに似てますね」と画面を見せてくれたらしい。
確かにミルクティみたいなの髪色、夕方から夜に向かう空のような色の瞳、勝気な表情といい長谷部くんによく似ていた。
それにキャラの名前も「へし切長谷部」というのだという。
「へーそれでやってみたくなったの?」
「それだけじゃないんだけどな。まあとりあえずやろう」
春先に買ったのだというゲーム機を鞄から取り出すと、長谷部くんは電源を入れた。
まだ製品版が出ていないから体験版で、プレイもソロプレイだけだという。
「じゃあ何で競うの?」
「倒した敵の数とかレベルとかそういうのでいいだろう」
「で、何を賭ける?」
「なんでも言うことを聞くのはどうだ」
「へーゲームしたことないのに大胆なことをいうね」
「お前も似たようなものだろう?」
「どうかな?」
「とりあえず一度やってみよう」
まずは勝負を置いて体験してみようと、設定をして長谷部くんから開始した。
「もとになるゲームが別にあるらしいんだ」
「なるほど。それで設定が……」
え?
冒頭のムービーのようなものを見ていた僕から思わず漏れた声に「な、気になるだろ」と長谷部くんは笑った。
僕にどこか似たキャラクターが目に入ったからだ。
なにこれ。
どうやら戦うキャラは戦場ごとに違うらしい。
まずは長谷部くんが三日月宗近というキャラを選んで戦闘を始めた。
「ちょっと長谷部くん!どこ行ってるの?」
「え、こっちじゃないのか?」
「違うよ。ちゃんとマップ見て!」
「なんだ進めんぞ」
「崖に向かって進まないで!」
「おお!敵がいたぞ!」
「ちょっと早く攻撃して!」
「攻撃どれだった?」
「長谷部くーん!」
「おおお!これ気持ちいな!ばんばん倒せるぞ!」
すでに軽く酒が入っているからふたりともテンションが高い。
「こんのすけー!こんのすけー!」
「ちょっと何度も呼ばなくてもちゃんとついていけばいいでしょ」
「可愛いだろう。こんのすけー」
「ちょっと何逆に走ってるの!」
「こんのすけー」
「何もないとこで刀ふるわないで」
「うはははははすごいな」
「ちゃんと敵を斬って!」
たぶん普通の人なら一瞬で終わる最初のステージから全然進まないし、長谷部くんが可愛い可愛いって言うこの狐、絶対怪しいよ。
「じゃあ交代ね」
奪い取るようにゲーム機を手にして、さっさと終わらせようとしたけれど、気が付くと何もないとこで刀を振るって、誰もいないとこで攻撃を繰り出していた。
「お前だって草刈ってるじゃないか」
「勢いだよ勢い!」
「おい!こんのすけがいるのに刀を振るうな!」
「そんなとこにいるのが悪いんだろう!」
ぎゃあぎゃあ言いながらクリアしたところでお目当ての長谷部くんが出てきた。
「確かに君、すぐに熱くなるよね」
「俺じゃない」
「なんか似てるよ」
「後輩にも言われた」
「ほら」
強気な表情も口利きもとても長谷部くんに似ている「へし切長谷部」は冒頭でいきなり負傷した。
「ああっ!」
いきなり胸元がはだけるシーンがでて思わずふたりとも声が漏れる。
ええこんな。ちょっとなんか気まずくない?
このあと立て直した長谷部くんは言葉少なにキャラクターを操り、次々と攻撃を繰り出していく。
おお!と声を漏らしながらもついついはだけた胸元に目が行ってしまう。
なんかエッチじゃない?このキャラ。
「ちょっと君もこんのすけ君を斬ってるよ!」
「こんのすけ!避けろ!避けたぞ!えらいな!」
技を繰り出しながら敵を倒すへし切長谷部は正直恰好いい。
「格好いいね」と思わず漏れた声に「はん」と鼻で呆れた声を出しながらも長谷部くんもどこか楽しそうだった。
「ちょっと袖で血を拭わないでよ!血は取れにくいんだよ」
「俺にいうなよ」
「だって」
そして次のシーンで出てきた燭台切光忠というキャラに「なあ?お前に似てるだろう」と長谷部くんはにやにやとし始めた。
「なんか声も似てるよな。きざなところも」
「僕こんなこと言わないよ」
「はは」
「じゃあ始めるね」
「おい何もないとこで何度も刀を振るうな」
「いやなんか恰好いいなあって」
「おい、何もないとこで足踏みしてるぞ」
「ああっ、ちょっと待ってよ」
「必殺技が出るんだって」
「へーやってみろよ」
「え、なにこれ」
「うわ」
「恰好いいな」
うっとりと画面を見つめる長谷部くんになんだかもやっとする。
「そうかな」
無事に敵を倒したところでふうと息を漏らした。
「で、どうする?一度リセットして勝負する?」
んーそうだなあ。そういう長谷部くんの顔がずいぶん近くにあった。
「なあ光忠」
勝負をしないか?
「お前と俺、あのころのことを思い出したのが、どちらが先だったのかを」