(燭へし)とはる春のはなし「こんにちは。今日も君の力になりたい!水柿本丸燭台切光忠の「厨から愛を込めて」始めるよ」
「ブフ」
「ちょっと!笑わないでよ!前回お知らせしていた通り、今日は長谷部くんが来てくれました!」
「へし切長谷部だ」
光忠に身体を寄せて手を振る長谷部の様子に画面には「はわああああ」「可愛い系個体か」「長谷部くうううううん」と文字が流れ続ける。
「なんだこれは」
「みんな喜んでるってことだよ」
「そうか。よろしく頼むな」
「ちょっと!長谷部くん!どこでそんなこと覚えたの?指ハートとか送らないで!画面がすごいことになってるから」
「ふぁんさというのだろう?おまえの配信に出るって言ったら乱が教えてくれたんだ。上手にできてるってほめてもらったんだがなあ?どうだ?」
画面に再度笑みを向ける長谷部が映る画面が、一瞬にして文字、というか叫びで真っ白に染まった。
「ちょ、ちょ、長谷部くん。はいこっちに来て!」
長谷部を端末の前から引きはがすと、こほんと燭台切は咳ばらいをした。
「今日長谷部くんに手伝ってもらうのは春のお弁当だよ」
「遠征用か?」
「違います。もうすこし暖かくなったら桜が咲くでしょ。好きな相手をお花見に誘う絶好のチャンスだからね」
「なるほどうまい罠の作り方講座だな」
「言い方……南海先生っぽくなるからやめて。で、長谷部くんはお弁当に何が入ってたら嬉しい?」
作業台の上に材料を用意しながら燭台切がそう尋ねると、長谷部はうーんと顎に手をやった。
「お前が作るものなら何でも美味いからなあ」
「え、あ……あり、がと」
「そうだなあ唐揚げははずせないな」
「ふふ君好きだよね。唐揚げは定番だしね」
「あとはあれだ、きんぴらが入っていると嬉しいな」
「甘辛い味が美味しいよね。牛肉が入ってるとあたりだって嬉しそうにしてるもんね。あとは春らしいものが入ってるといいよね」
「春?たけのこか?たけのこはてんぷらがいいな。玉ねぎもいい」
「ふふ、でしょ。だから今日は新たまねぎとさやえんどうのかき揚げを作ろうと思います。あとは菜の花ね」
「昨日の夕餉に出てきたのは美味かった」
「ペペロンチーニ風に炒めたやつだね」
「ぺぺろ……?」
「おひたしだと苦みがあって短刀ちゃんたちはちょっと苦手みたいだから、うちの本丸は大蒜と少し鷹の爪を入れて炒めることが多いんだ」
「それがそのぺろぺろってやつなのか」
「ぐっ」
画面がまた興奮した文字で埋まるが長谷部の目には入っていないようだ。
ごほごほと咳ばらいをすると燭台切は気を取り直したように笑顔を浮かべた。
「う、うん。そうだね。菜の花は桜エビと一緒に混ぜご飯にするとより春らしい色合いになるんだよね。でも今日はご飯は鮭の大葉の混ぜご飯、菜の花は胡麻和えにしていきます」
「うまそうだ」
「ふふ。じゃあ順番に作っていくね。長谷部くんはかき揚げに使う玉ねぎを切ってくれるかな?」
「任せろ」
ひさびさだからなあと言いながらも手際よく玉ねぎをスライスしていく長谷部の姿に視聴者がわずかにざわめく。
「うちの長谷部くんは早くに顕現してるから、最初の頃は厨にも入ってくれてたんだよね」
「ああ、燭台切に猫の手だって教えたのは俺だからな」
「ふふ、懐かしいね。長谷部くんの炒飯にはファンが多くて今でもリクエストが来るよ」
「もうこの人数だとああいう献立はできないからなあ」
「そうだね。胡麻和えこんな感じでいいかな」
「もうちょっと甘いといいな」
「OK!じゃあ菜の花と人参をまぜてくれるかな」
ほとんどの材料の下ごしらえがされていて、長谷部が胡麻和えの具を混ぜ、炊けた米に具を混ぜ込んでいる間に燭台切が卵焼きを焼いていく。
菜の花と人参の胡麻和え、明太子が混ぜ込まれた卵焼き、鮭と大葉の混ぜご飯、それにすでに作ってあったきんぴらが作業台に並べられる。
「最後にてんぷらを揚げていくね」
てんぷら鍋が適温になったのを確認すると燭台切が木べらにのせたたねをそっと滑らせるように鍋に入れていき、長谷部はそれが崩れないようそっと箸で押さえる。
「ところで燭台切、この配信はまだ料理がうまくない燭台切光忠のためのものだそうだな」
色よく揚がったものを燭台切が差し出すバットに箸で載せながら長谷部が尋ねる。
「そうだね。顕現してすぐにみんな料理ができるわけじゃないからね。それでも少しでも早く慣れてもらいたいでしょ」
「いい心がけだな。早く厨でも戦でも戦力になるのはいいことだ」
「そうだね」
また新しいたねをそっと鍋に滑らせながら答える燭台切に、長谷部がジューという音に負けない声で返す。
「で、この配信を見るとへし切長谷部とうまくいくって評判だと聞いたんだが」
「は?え?あっ!」
跳ねた油に後ずさる燭台切にくすりと笑みを漏らし長谷部は続けた。
「よその本丸からの相談なども持ち込まれているそうじゃないか」
「あ、え、う、はい」
「じゃあ俺の相談ものってくるか」
「は、せべくんの?」
「ああ」
「ずっと好きな相手がいるんだが」
「ひょ、え?」
「そいつ、好きなヒトを花見に誘う弁当を人に教えているくせに」
「……!!!」
「俺は誘われてないんだが?」
「や、あの」
「誰を誘うつもりなのか知りたいんだが、どうしたらいいかなあ。燭台切?」
「長谷部、くん」
「教えてくれるか?」
「あの、えっとあの」
「焦げる!早くバット持ってこい」
「あああ、恰好つかないよ!長谷部くん、このあと一緒にお花見に行ってください!」
「それだけか?」
手早くバットに揚がったかき揚げを並べると火を消して長谷部は燭台切に向き直り、小首をかしげた。
「ずっと好きです、長谷部くんのことが、好き、です」
「そういうことだ」
888888という文字と、まさかの告白!極!恰好いい!長谷部くん!という興奮した文字が画面にあふれるなか配信は終わった。
「裏山の梅が満開だそうだ」
「詰めたら一緒に行こう」
「ああ」
「改めてちゃんと告白させてね」
「もう十分だ」
「まだ足らない」
「今までぐずぐずしてたくせに」
「ごめん」
伝説の回となった春のお弁当回の再生数はとんでもないこととなり、その次の回からなぜか長谷部も一緒に配信するようになったとか。
そしてしばらくたくさんの本丸でかき揚げの入った弁当がラッキーアイテムのように量産されたとか。
とある春のはなし。