月に鳴く元上司であるアスランに突然言われた言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「シン、お前いつから猫の耳なんてつけてるんだ?」
「はい?!」
ここはプラントで、現上司であるキラさんとオーブから来たアスランが仕事の話をしていた。お茶を出して退室しようとしたら目を瞬かさせたアスランがそう言うのだ。一緒にいるキラさんもアスランの言葉に驚いた顔をしている。この人ついに目までおかしくなったのか?
「アスラン・・君、何言ってるの?」
「そうですよ!!なんで俺が猫耳なんて・・・」
「いや、だって・・・ついてるだろ?」
キラさんと俺から言われても彼は引き下がらず、俺の頭の上を触ろうとするので、急いで、
「失礼します!」と言って逃げ出した。
ということがあったのが、午前の話だった。
午後になって、アスランにまた出くわした。すると彼はきょとんとした後、横を通り過ぎようとする俺の何かを掴んだ。いてえ!!
「何するんですか?!!」
「いや・・・しっぽ・・だよな?」
「ハア?あんたねえいい加減に・・・え・・・?」
ザフトの軍服に穴が空いていてはみ出す長い毛の生えたしっぽ。なんだこれ・・・?俺から生えてんのか?!
「お前の趣味か?」
「そんな訳ないでしょう?!!え?どうなってんだ・・・?」
「気のせいかひげもあるような・・・?」
「なっ・・・」
俺は急いでトイレに駆け込んだ。鏡で見ると頭には猫耳、顔にひげ、触れば尻にはしっぽがふさふさ生えている。・・・猫化してってんのか・・・?!何が起こってるのかわかんねー!!!
呆然としてしまった俺を見て、アスランは頭に上着をかけてくれて取りあえずと手を引いてキラさんの執務室に来た。キラさんは俺を見て開口一番に言った。
「・・・可愛いね」
「キラ!!!それどころじゃないんだぞ!」
「君だって思ったくせにー・・・うーん、でもシン君その状態だと今日は仕事は無理そうだね。アスランとホテルで待機してもらえる?」
「はい?!」「え?!」
思いも寄らない方向に話が展開して、俺は大慌てになる。それはアスランも同様だったようだ。
「なんで・・自宅待機なら俺自分の家に・・・」
「だーめ!これ以上何かないって保証はないんだから、いざって時誰かの手があった方がいいでしょ?アスランはこれから帰る途中だったし・・嫌?」
「キラ・・・判っててやってるだろう?」
「んー・・・じれったいな、とは思ってるよ」
キラさんとアスランが内緒話してると胸の奥がズキっと痛んだ。時々アスランが誰かと話してると起こるそれに首を傾げる。でもそれよりとんでもない事が進もうとしている気がするぞ。今から他の誰かに頼むにしても人目に付きすぎるし笑われるのが目に見えている。背に腹は代えられない・・・出来れば貸しを作りたくない相手なんだけど・・・。
「何かあったら気軽に連絡してね♪」
と言われてキラさんに笑顔で送り出された。
「キラさんに言われたから仕方なく来ただけだからな!!!」
「・・・判ってる。で、お前は何を食べるんだ?やっぱり魚か?」
アスランの泊っているホテルは勤務地からすぐ近くでホッとした。だんだん猫化が進んで来た俺はと言えば・・・ベッドに丸くなっていた。別になりたくてなってる訳じゃない。気づくと身体を丸めてるのだ。ポカポカ温かいなあ・・・。
「そうか、じゃあチキンにしとくか。少ししたら起こしてやるから」
「・・・・・」
ちきしょう!!なんでこんな眠いんだ・・・。瞼が下りて来る・・・。
ーーー気づくと、何かが頭に触っていた。頭を撫でられている。もふもふの耳を撫でられると気持ちよくて、俺はその手にスリスリと擦り寄っていた。そしてハッと気づいて飛びのいた。背中を立てて毛を逆立てるような感じで威嚇する。
相手はそれに傷ついたような顔をして軽く笑った。
「悪い・・・起こしたな」
「あんたねえ!!猫扱いしないで下さいよ!!」
「つい撫でてみたくなったんだ」
「ついじゃねえっ!!」
フーッフーッ怒ってる俺に、アスランは苦笑する。そして、「夕食にしよう」と言った。
・・・チキンにがっつく俺に、アスランは何も言わず優雅に食事をしていた。
結局夜になっても元に戻らず、俺はアスランの部屋に泊る事になった。
最初はベッドで寝るように言われたが、拒否してソファに横になった。アスランは「仕方ないな・・・」と言ってベッドで眠った。夜中、気が付いたら俺はアスランのベッドの足元で丸くなっていて困惑した。ポカポカと暖房が温かい。アスランの傍が気持ちいい。
物音を立てないようにアスランの顔を覗き込む。スヤスヤと眠っているようだった。
「んだよ・・・無防備すぎんだろ・・・」
気に入らない。そりゃ俺は今猫みたいなものなのかもしれないけど、警戒してくれても。いや男同士だから、そもそも恋愛対象じゃないんだろう。
今ドキドキしてるのは・・・俺だけ。
俺だけが今こんだけ近くにいる。
とくんとくんとくん
静かに唇を合わせた。ザラザラした舌で彼の頬を舐めて、顔を摺り寄せる。「ん・・・」っと声がして起きるかと思ったら起きなかったから、そのまま抱きしめて眠った。
猫だったら素直になれんのかな?でも猫だったらあんたの事抱けねーじゃん?!そんなの嫌だなって思って、アスランのこと好きなんだって自覚した。
翌日ベッドで一緒になって寝てたことを聞かれたけど、「猫は寒いのが苦手だから仕方ないんであります!」って通した。猫耳もひげもしっぽもなくなって、普段通りの俺に戻っていた。昨夜自覚した気持ち以外、通常モードだ。
「ふーん・・・一緒に寝たんだ」
「変な言い方しないで下さいよ!!」
アスランから報告があったキラさんがニッコリと笑って俺に言う。晴れて仕事復帰して帰ってこれた。アスランはオーブに帰ったけど、告白は未だしてない。・・・というかどうしたらいいか判らない状態だ。
「猫って好きな相手の布団の上で寝たり中に潜り込んだりするんだよね・・・」
「・・・・・・」
「もしかしてそれ以上??」
「・・・言いませんよ。秘密です」
「シン君のケチ!!・・・でも無駄だよ。アスランちょっと突いたら真っ赤になってたから」
「え?!あの人起きて・・・あっ」
「そっかー・・・やっちゃったかー」
キラさんがおかしそうに笑い出した。俺は失言に気づいて真っ赤になった。いや・・・アスランが本当に起きてたとしたら・・・。
ぐるぐる考えてるとキラさんから餌を与えられて、俺はまっしぐらに食いつく猫みたいだった。
「それにね、アスラン言ってたよ。シン君の抱き心地、すっごい良かったって。久々にぐっすり眠ったってね」
「・・・あの人はーーーーーっっ!!!」
取りあえず次の休みにオーブに行ってそれから・・・あの人捕まえてしまおう。猫じゃないけど獲物は捕まえたい。