ガンダムSEEDDESTINY(シンアス)君の知らない物語シンがオーブに帰って来て、2月。
この時期になると、店は一斉にある行事で騒ぎ出す。特に女の子が・・・だが、シンは内心複雑な気持ちを抱えながら赤い包装された箱を手に取り、レジで精算する。
買った場所もコンビニだし、特に深い意味なんてない・・・と自分に言い聞かせる。
だけど彼を思い浮かべれば顔が赤く火照ってしまうし、その度に首を振ってはそんなのはおくびにも出さないようにしなければ、と思う。
朝、官邸で捕まえた彼は驚いたようにこちらを見る。紺の髪色と美しい緑の瞳。自分より背も高くてしっかりとした青年なのに、でも綺麗だと思うのだ、自分の目には。どうしようもない・・・。
(病気だ・・・きっと俺・・・)
「これ・・・あんたにやりますよ。・・・言っときますが義理ですから」
そう、今日はバレンタインだから。だから、勇気を出してみる。『義理』だと言ってしまうのは性分だろう。彼にはなかなか素直になれない。
彼、アスランは戸惑ったような顔をしたが、
「・・・ありがとう」
と受け取ったバレンタインの包装されたチョコレート。
片手に持って破顔してみせた。
それだけで舞い上がってしまう自分がいて、胸の鼓音を隠しながら幸せな気持ちで職場に行った。
あまりに浮かれていたので、そのことをルナマリアに知られてしまい呆れられた上、彼女は怒った。
「あんた・・・バカねー・・・そうよね。オーブで子供してたあんたにとっては他国の、プラントの事なんて対岸の火事どころか興味もなかったでしょうけど」
「んだよ・・・」
完全に馬鹿にされて食い下がろうとしたが、おでこに指を突き付けられて、封殺される。
「・・・アスランのお母さん、『血のバレンタイン』で亡くなったのよ」
「・・・・・・」
底のない穴に落ちたかのような衝撃がシンを襲った。自分はなんてことをしたんだろうと思う・・・のと同時に彼はどんな気持ちでチョコレートを受け取ったんだろうと思った。
浮かれてた。完全に他国の事なんて考えもしなかった。オーブは平和で、戦争も知らないで育ってそれでニュースを見ても他人事で。
誰かの・・大事な人の痛みを知らなかった。自分だって、ある日突然家族を失ったと言うのに。慮れなかった。
「・・・ちょっと行って来る!!!」
時間がないかもしれない。でもすぐに、行かないといけないと思ったから、走った。
ちょうど休憩に入ったから、アスランは中庭に居ると情報を得て向かう。
ベンチに座りながらぼーっとしていたアスランの前に、息を切らしたシンが辿り着いた。
「あんた・・・なんで・・・笑って・・・」
「シン・・?少し落ち着け」
「っ・・・」
ボロリと大粒の涙が、シンの紅の瞳から溢れたから、アスランがぎょっとした顔になる。
(違う、こんなの・・・俺が泣いても意味なんてない・・・)
泣きながら抱き寄せていた。アスランは慌てたけど、すぐに大人しくされるがままになった。
「・・・ルナからお母さんのこと、聞きました」
「・・・そうか」
「あんた、大事なこと言ってくれないですよね。いつも」
「・・・すまない、でも・・・嬉しかったからな」
バッと肩口埋めてた顔を上げて、ぼやけた視界からアスランを見つめた。瞬きしたら落ちていく滴を、アスランが拭ってくれる。
「この時期になると腫れ物みたいな扱いを受けるから・・・お前が本来の意味でチョコレートくれたの、久しぶりで嬉しかったんだ。母の事を忘れたわけじゃないが・・・」
優しく、柔らかく破顔してみせる彼が、どれだけの物を乗り越えてきたのか自分は知らない。いや、その痛みも苦しみも、知ってるのかもしれないが、彼と自分とが同じだとは思っていない。
「ちょうど休憩に食べようと思っていた・・・」と言って自分が渡したチョコレートの箱を取り出すから、箱の中から四角いチョコレート取り出して、アスランの口に詰め込む。目を白黒させる彼の口をそのまま自分の唇で塞いだ。
「・・・シン??!何を・・・?」
白い肌が赤く染まって、そんなのも愛しさの音を増して行くから。
「義理じゃないですからね」
呆気なく言ってしまった。これで判らないなら、鈍いなんてもんじゃないと思ったけど、しっかりと通じたようだった。
顔を更に真っ赤にしたアスランに、意地悪く言ってやる。
「返事・・・聞いてもいいですか」
「ホワイトデーまで・・待てるか?」
「待てねー・・・です」
二度目のキスでは、チョコレートの味がしなかった。でもそれで良かった。