嘘吐き、本当はね?バンっと机を叩いて、カガリは立ち上がった。周りを囲んでいたオーブの重鎮たちは少し息を吐いた。彼女が怒っているのが判っているからだ。
だが、決めてもらわねばいけない事だった。
「・・・いい加減に決めて下さい。貴方の結婚相手を」
「だから!!結婚はしないと言っている!!私は・・・!!」
「・・・キラ殿が好きだから、結婚しない、などと通らないですよ」
ピシャリと年長の者が言い放ち、その場に冷えた空気が漂う。
キラはカガリの血の繋がった弟だ。先の大戦ではMSを駆りこの世界の平和を護ったとされる英雄として名高い。
カガリはずっとキラが好きだ。恋愛的に、盲目的に、愛している。オーブの限られた側近たちはその事を知っていた。
知ってはいるが、どうしようもないこともある。
どれだけ愛していようが、彼女と彼は姉弟であって、公けに出来る間柄ではない。
国家の代表として、責務として、彼女には結婚の二文字が突きつけられていた。
話しにならないと席を後にするカガリに、護衛のアスランが付き従う。
「・・・どうするつもりだ?法律でも捻じ曲げるつもりか?」
「・・・・・・」
「君とキラが血が繋がってることは変えようがないんだぞ!!国民がどう思うか・・・」
「煩い!!!」
カガリの手を捕まえていたアスランは驚いたようにその鋭い視線を受け止めた。
睨みつけて来る橙色の瞳には涙が滲んでいた。
「何度だって言う!!言ってやる!!私はキラが好きだ!!キラ以外考えられない!!他の誰かに触れられるのなんて耐えられない・・・嫌だ!!」
「カガリ!!!・・・君には今度こそ幸せになって欲しいんだ・・・判ってくれ」
「判って堪るか!!!・・・お前こそ判ってない!!」
「離せ」と言って腕を振り払おうとする仕草を止めると、強く握りしめたままアスランはポツリと提案した。
「・・・なら、俺と結婚するか?カガリ・・・」
その日、通信機で連絡を取ると、幼馴染の彼は開口一番に言ってのけた。
「綺麗な手形だね!!・・・誰を怒らせたのか想像つくけど」
「・・・・・・」
そっと頬を触る。あの言葉の後すぐ様ビンタされた。まだ痕が残ってるとは思ってなかった。通信の相手、キラは「相変わらずだな~」とのんびりとしていた。
「・・・良い手だと思ったんだが・・・冗談でも言うなって」
「うん・・?何言ったの?」
アスランは自分とカガリが結婚して、その裏でキラと結ばれてくれればと思っていた。自分は特に結婚する予定も気もないし。・・・と説明をしてもカガリは首を縦に振らなかった。強情な所は二人共似ているのだ。
「いや・・・。なあ、キラ?」
「何?アスラン・・・」
少し空気が変わったのを感じ取ったのか、キラが席に座り直す。
アスランはハッキリと言い切った。
「お前、結婚してくれないか?」
「・・・突然だね。何かあったの?」
「お前が結婚してくれれば、カガリも諦めがつくんだ」
ゴクリと気付くと唾を飲み込んでいた。アスランは自分が何を突き付けているのか判っていた。『カガリのためにキラに誰かと結婚してくれ』と言っているのだ。
キラの気持ちも、事情も考えずに。
一拍置いてから、キラは俯いていた顔を上げてアスランを見た。ふわりと笑みを浮かべる。
「そうだね・・・ちょうどイイ話が来てるから、前向きに考えてみるよ」
「・・・お前は、それでいいのか?」
「どういう意味?アスランが言ったんでしょ?」
「・・・・・・」
「僕らくらいの年になったら、結婚しない方が不自然だって言われるからね・・・潮時かな?」
キラは淡々としていた。「式の日取りが決まったらまた連絡する」なんて言うくらい。
「じゃあ、切るね」と言って指が通信機のボタンを押そうとした時、アスランが「キラ!!」と声をかけた。
「どうしたの?」
驚いたようなキラに、戸惑ったような、困ったようなアスランの顔が映った。
「・・・本当に、いいんだな?」
「うん」
「・・・結婚、するんだな?」
「そうだよ」
「・・・カガリに言ってもいいのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
長い沈黙の後、キラは優しく微笑んだ。それは是の意味で。すぐにパッと通信は途切れた。
アスランの目に映った最後のキラはーーーー涙を押し殺してるように思えた。
とんとん拍子に結婚相手が決まって、(元から引く手数多な存在だったから意を決すればすぐだった)式で着るドレスを選びに来ていた。
「やっぱり准将には白いタキシードが似合います」
「そうかな・・・?」
選ばれるままにタキシードを着て、試着室から出てくる。相手側はまだ決めかねているのか姿を見れていない。
白のタキシードは軍服の色と似ていて、純白で誠実なイメージを与えてくれる。
自分はそんなものじゃないのに・・・と思う、結婚する彼女に対して嘘をついている。
彼女に対してだけじゃなくて、すべての人に対して・・・嘘を、吐いている。
溜息をついていると、隣に誰かが座った。ぐいっと手を引っ張られて座るように促される。
ーーー鼓動が止まるかと思った。
「・・・キラ」
「カガリ・・・どうして?」
そこには純白のウェディングドレス姿のカガリが居て。紫色のブーケが傍らに置かれている。誰かを待っているようだった。
「一つだけ、答えてくれるか?」
「え?」
「私の気持ちは・・・迷惑だったか?」
「・・・僕は、」
言ってはいけない、気持ちも心も溢れていきそうで。触れられる距離にいるだけで、こんなに脆くて儚い。
(ねえ、僕は嘘吐きなんだよ・・・君のためになんて言って嘘ばかりつくんだ)
なのに、肝心な所で嘘を突き通せなかった。負けたのだ。
「・・・私が、何からもお前を守ってみせるから。だから泣くな。いい大人が」
「・・・泣いてないよ」
泣いてはいないが、心の中は伝わっていたようで、嘘が明るみに出てしまった。
カガリは自分を抱きしめる。柔らかな感触がして、身を委ねた。
「・・・キラが好きだ・・・お前の気持ちは?ハッキリ言ってくれ」
「僕は・・・カガリの事」
室内から悲鳴が上がって、キラはカガリに手を引かれて車に乗り込んだ。
車にはアスランが乗っていた。
何が何やら訳が分からないキラを見ながら、アスランは苦笑してみせた。
「このままプラントで挙式して、それからオーブで正式に発表だな・・・慌ただしくなりそうだ」
「え?え??ちょっと待ってよ!!」
「教会はもう押さえてあるぞ!!安心して身一つで来い!!」
「そうじゃなくって・・・国民への説明とか・・・その・・・」
バサッと用紙が渡されて、キラは何が何やら判らずそれに目を通す。
それはDNA鑑定の証であり、カガリとキラに血縁関係がないと記されていた。
「・・・へ?」
「それは偽造した物だが、お前たちが結婚するには必要だろう?国民にも間違いだったと伝聞してある。・・・法律は曲げなくても抜け穴はあるさ」
「アスランがやったの・・・?」
「嘘吐きはお前だけじゃないってことだな。共犯にくらいさせてくれ」
「カガリは・・・みんな騙してもいいの?」
「私は嘘をついていないぞ!お前が好きな気持ちは本物だ!!お前と、結ばれたい・・・」
「・・・うん、僕も。僕もだよ!!」
キラが優しくカガリの肩に手をかけると、そのまま腕の中に飛び込んでくるので抱きしめる。くすぐったそうに笑い合う二人に、運転席のアスランは時計をチラリと確認して車を急がせた。
夕暮れ時の式場には誰も居なかった。アスランも帰ってしまい二人っきりになる。
キラは白いタキシード姿で、カガリの手を取る。
カガリは純白のドレス姿に片手に紫色のブーケを持っていた。
祭壇に辿り着くと二人は誓いの言葉を述べる。
「引き離さいように。僕は、君を護る。ずっと、愛し続けるよ」
「絶対に離れないことを誓う、私はキラを護る。永久に好きでいることを・・・」
向かい合うと笑ってしまうけど。キスをして、誓約を交わした。
神様には嘘をつけない。