想・喪・葬・相 ⑦『もし予定が空いてたら次の日曜日会わないか』
江澄から曦臣に連絡を入れるのは久しぶりだ。そのせいか、以前は何と打って誘っていたのか思い出せない。
文章を考えるのに、何度も打っては消し、打っては消し。たった一文を送るのに、昼休みのほとんどを費やしてしまった。
苦労して生み出したメッセージにはすぐに既読がつき、『その日は一日空いてるよ。どこか行きたいところはある?』と返信がきた。
『行きたいところはない。二人きりで話が出来るならどこでもいい』
『特に行きたいところがないなら、一緒に行って欲しいところがある』
本当はどちらかの家で話をしたかった。
しかし、これが最後になると思えば曦臣と過ごす時間が少しでも欲しくて、了承してしまった。
(こういうところが俺の駄目なところだな)
スマホを見つめていると黒くなった画面に自分の口角が下がりきった顔が映り、慌ててスマホを裏返した。
曦臣は「抱いている時だけ楽になれる」と言っていた。
それ程までに恨んでいるのだろう。
それも当然だ。
裏でこそこそ動き回り、気の乗らない交際を勧めておきながら、同性の恋人と順調に交際していた元幼馴染。
信用していた親友が隠し事だらけだったうえに、弁明の一つもしないのだから。
(曦臣に軽蔑されるのは怖い、辛い。あの冷たい声で突き放されたら、苦しくて死んでしまう)
しかし、本当に辛いのは曦臣だ。
くだらない嘘から生まれた虚像に、ずっと苦しめられている。
あの夜、辛そうに己の名を呼んだ曦臣を見て、ようやく目が醒めた。
自分がどれ程罪深いことをしたのか、どれほど愚かだったのか思い知らされた。
出口の見えない暗闇から逃れたくて、曦臣は助けを求めたと言うのに。真実を言わずに目を背け、その暗闇に大切な人を置き去りにしてしまった。暗闇に突き落とした張本人がだ。
(もう曦臣の側にいる資格はない)
ようやく江澄の中で罰を受ける覚悟が決まった。
(次に会った時、全て話そう。それで曦臣の前に二度と姿を見せないようにする。それがせめてもの償いだ)
小さい頃からの二人の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡った。
今までの人生は、曦臣がいない時間の方がずっと少なかった。けれど、これからはあの幸せな時間が一瞬だったと思うような長い時間を、独りきりで過ごすことになる。
(もうあの頃の気持ちにも関係にも、決して戻れない。俺がぶち壊したんだ)
クローゼットの奥。
箱の中から高校時代の制服を取り出す。
鼻の奥が痛むのを抑え込むように、ブレザーのジャケットに顔を埋めた。
(恋は幸せなもの。世間一般ではそうなんだろうな。ただ、俺みたいな奴にはそんな幸せに縁がなかったんだ)
曦臣に片思いし続けても辛かった。
けれどこんな終わりになるくらいなら、ずっと失恋し続けたままのほうがきっと良かったのだ。
曦臣のためにも、自分のためにも。
(曦臣、ずっと側にいたかった)