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    pk_3630

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    拗れ練習用に書いた現代AU 曦澄 第12話

    無気力状態のまま地方に飛ばされてしまった澄
    そんな澄にある人から会いたいという話が?
    今日は結構頑張って書きました

    想・喪・葬・相 12「おい、そろそろ出るぞ」
    「はい、すぐに準備します」
    「早くしろ。全く!その仕事、まだ終わらせてなかったのか!」

    過剰に仕事を引き受け、それを平然と部下達に押し付けた奴がよく言えたものだ。以前ならすかさず皮肉を交え反撃に出ただろうが、もはや言い返すのも面倒になった。

    (それに、今夜の接待を考えれば気力はできるだけ残しておきたいしな)

    「先輩、後はやっておきますから。そもそも俺の仕事だったものですし。本当にすみません」
    「必要ない。引き受けたのは俺だ。明日やるからそのままにしておけ。いいな」
    「ですが…」
    「言う通りにしろ。お前も帰れる時は早く帰れ」
    上司がわざとらしく靴の音を鳴らしている。もうタイムリミットだ。

    上司と向かった先は高級リゾートホテル内にあるレストランだった。
    リゾート地と言っても今は観光シーズンから外れているせいもあり、金曜日の夜だというのに人はそう多くない。
    都市部からの行き来が楽なため、夏は避暑地として賑わうが、今は紅葉も終わり骨身に染みるような寒さしかない。
    ホテルの目の前を流れる清流も夏ならば青空の下で涼しさを演出するが、今の時期は寒々しさと寂寞感を強調するのみだ。

    「おい、先方がおっしゃったからお前を呼んだが、絶対に粗相をするなよ」
    「はい」
    「チッ…本当に無愛想な奴だな。いいか、社長の前ではちゃんと愛想良くしろ」
    「努力します」

    表情が変わらないのが余程気に障るのだろう、上司はあからさまに鼻で笑った。

    「そんな調子だから本社から飛ばされるんだよ、お前は」

    移動中、車内という閉鎖空間では説教と悪口がずっと響いていた。
    よく一人でこうも上から目線に話し続けられるものだと呆れながら、適当に相槌を打つ。
    ホテルに着いてからも、少しの時間も惜しむかのように説教を垂れ流していたが、レストランの個室に取引先社長が入ってきた瞬間、舞台の幕が上がった役者の様に態度が豹変した。

    「社長!本日はお時間をいただきまして、誠にありがとうございます」
    「いやいや、こちらに用事があったものでね。急に呼び出してすまなかった」

    少し長めの灰色の髪を後ろに流すようにセットした初老の男だった。すらりとした体型で、白のタートルネックニットに鮮やかなネイビーのガンクラブチェックジャケットという堅苦しくない恰好をしているせいか、実際の年齢よりも随分若く見える。以前仕事で会った際も、明るめな色のスーツにバニラとムスクの香水を纏っていたが、どうやらまだ香水は変えていないらしい。
    直接話したことはなかったが、良く言えば軽快、悪く言えば図々しさが滲み出ており、どちらかと言えば気が合わないタイプの人間だったと記憶している。

    「この時期に来たことはなかったんだが、夏とは違った静けさが気を休めるにはいいかもしれないね」
    「確かにおっしゃる通りで。少し車を走らせれば温泉も多くありますし。夏の観光客で賑わう時期からすると、どうにも冬は寂しさが残りますが」
    「そういえば、江君はここに来て何年になるのかな?」
    「もうすぐ二年になります」
    「前は本社勤務だったろ。何度かあちらで見かけたことがある」
    「はい」
    「ここの生活にはもう慣れたかな?」
    「はい、周りが良くしてくれますので」

    失礼にならない程度に、なるべく短い返事をする。その後も当たり障りのない話を投げかけられ、面接のような返答を繰り返した。

    (出世コースを外れた俺をわざわざ呼び出し、一体何の用があるんだ。さっさと要件を言えばいいのに)

    しばらくすると、放置されていた上司が会話に割って入り、必死に媚び諂っていた。そうなると、運ばれてくる料理を咀嚼するくらいしかやることがない。次から次へと料理が運ばれ、そして空の皿が下げられるのを見送った。
    二人は仕事の話をし始めたが、その仕事は江澄の担当ではなく後輩の担当だった。お飾りの人形になってしまったように、ただ座って話を右から左に聞き流していた。

    (本当に何の時間なんだか)

    後はデザートのみで、その皿も空にすればようやく無意味な時間から解放される。
    そう思っていた矢先、耳障りな笑い声を響かせていた上司がすっと立ち上がった。

    「社長、申し訳ございません。どうにも私は甘い物が苦手でして。大変ご無礼ながら先に失礼させていただきます。後は江澄に引継ぎますので」

    (は?何を言っているんだ!?)

    接待をする側が先に退席するなどあり得ない。目を見開き呆気にとられている江澄とは対照的に、社長は「ああ、気を付けて帰りなさい」と軽く手を振り笑っている。

    「江澄、ちょっと来なさい」

    腕を掴まれ、個室の外に連れ出されると、上司は下から睨みつけるように顔を近づけ、小声で囁いた。
    「いいか。さっきも聴いていてわかったと思うが、今度の取引は我が支社の命運を握っていると言っていい。絶対に…、繰り返すが、絶対にだ!社長の気を損ねるようなことをするなよ」
    「どういうことです。何故、担当でもない私だけで接待なんて話になるんです」
    「つべこべ言うな!お前はこのまま戻って接待を続けろ。愛想良く、従順になれ。いいな!」

    そして上司の顔が薄ら笑いに変わる。顔の皺の一つ一つに悪意と嘲笑を刻んだような薄気味悪い顔に、思わず鳥肌がたった。

    「上手く気に入られれば、お前も本社に戻してもらえるかもしれないぞ?」

    こいつは自分の分不相応な出世のために、何故か俺を使おうとしていることだけは分かった。以前なら「知ったことか」と吐き捨て踵を返していたことだろう。しかし、そうまでする気力は今の自分には無かった。

    (面倒な奴らだ。これだけ無愛想な態度を取り続ければ向こうからお開きにするだろ)

    聞こえないように小さな舌打ちをしてから、個室に戻った。

    「大変失礼いたしました」

    扉を開くと、紅茶は用意されていたがデザートは来ていなかった。

    「驚かせて悪かったね。君に話があったから、彼に頼んで二人にしてもらったんだ」
    「どういったご用件でしょう」
    「江澄、君は本社にいた時と随分変ったように見える」
    「そうでしょうか」
    「ああ、以前はトゥーランドットのような近寄りがたさと苛烈さを秘めていたのに、今の君はまるで未亡人だ」

    反射的に罵倒の言葉が口から零れそうになったが、咄嗟に下唇を噛んで堪えた。

    「そんなに出世コースを外れたのが辛かったのかな」
    「とんでもございません。今の田舎暮らしが性に合っているもので。落ち着いた生活を送れているので、そのせいでしょう」
    「そうか。夫を亡くして抜け殻のようになってしまった君を見れただけでも今日は収穫だったな」

    瞳の奥まで覗き込もうとするような無遠慮な視線、そして喉の奥で笑う音。
    全てが気に障る。

    (俺の直感は間違っていなかった)

    この男とは決して相容れないと、こちらも視線を逸らさず睨み付けた。しかし、目の前の男はそれすら楽しんでいるのか、増々目を細めている。

    「いいね。さっきの顔も良かったけれど、今の顔の方が余程いい」

    揶揄った物言いに、流石にうんざりした。
    苛立った溜息を隠さず席を立とうとしたその時、手首を掴まれた。

    「江澄、最後のデザートが来ていないのに帰るなんて、行儀が悪いね」
    「申し訳ないが体調がすぐれないので」
    「おや、それは気が付かなかった。では、君が聞きたがっていた要件を言おうか」

    そのまま手を強く引き寄せられ、身体が少し前かがみになると、相手も腰を上げ耳元まで顔を近づけてきた。
    バニラとムスクの甘ったるい香りに顔を顰める。

    「君を本社に戻してあげよう。今回の取引だけでなく、他の取引も全て君を担当に指名してあげる」
    「結構だ。俺はもう本社に未練はない」
    「君にはなくても、君の同僚や後輩達はどうだろう。ここで私の好意を無下にすれば、今回の取引はなかったことにしてしまうよ。そうなれば、困る人はあの支社にも下請けにもたくさんいるだろうね」

    こんな下衆な奴との取引等こちらから願い下げだと、間髪入れずに断れば良かった。しかし、あんな職場であっても慕ってくれる後輩の顔を思い浮かべ、一瞬反応が遅れた。
    粘着質な音が耳元で鳴り、頬から唇にかけて生暖かいナメクジのような何かが這った。それが目の前の男の舌だと認識すると、気持ち悪さに思わず吐き気を覚えた。

    「デザートは私の部屋に運んでおくように言ってある。行こうか、江澄」

    手首を掴んでいた手が、カフスボタンを外した。男の指先が袖先から上へと徐々に入り込み、肌を撫で擦り始めた。
    あまりの嫌悪感に脳まで鳥肌がたっているのか、痺れたように頭が働かず、身体も動いてくれない。
    身体に勝手に触られることが、こんなにも屈辱を感じるものだとは思わなかった。

    (曦臣の時は、こんなふうにならなかったのに)

    急に曦臣の顔が頭に浮かび、温かだった手や行為中の息遣いまでもが鮮明に脳裏に蘇った。

    (違う!もう曦臣は関係ない!こんな時に思い出すな!何を考えているんだ、俺は!)

    この男の言う通りにすれば、自分だけが黙って受け入れれば、皆が満足する結果になる。

    (曦臣はもういないんだ。俺はもう失うものなんて何もない身なんだ)

    犬にでも噛まれたと思って少しだけ我慢すればいいと、身体からすっと力を抜いた。
    その時だった。

    『阿澄』

    こんな場所にいるはずがない人の優しい声。
    間違いなく幻聴だ。けれど、脳が作り出したその声は、江澄の鈍った思考を叩き起こした。

    (曦臣の感触を忘れたくない。曦臣以外には誰にも触らせたくない。だって俺はまだ曦臣のことが、こんなにも好きだ)

    部屋へ向かおうとする社長の手を渾身の力で振りほどいた。

    「二度と俺に近づくな!」

    そう怒鳴りつけると、制止の声も聴かずに外へと飛び出した。
    ホテルの灯以外はほとんど街燈もない暗闇を息が切れるのも構わず走った。
    己を責め立てるように、曦臣に嘘を吐いたあの夜から今夜までのことが映像や声となって脳を掻き乱した。どこまで走っても、後悔からは逃げきれない。

    (どうしてこうなってしまったんだ。どうすれば今でも曦臣の横で笑っていられたんだ…!)

    そんなことを想っても、仕方がないのだと分かっている。
    別れたあの日から、曦臣の側にいることはもう不可能だと諦めたはずだった。だから、曦臣を想わない日は一日もなかったが、連絡を取ろうとは一度も思わなかった。曦臣の人生に「曦臣を傷つける江澄」という男は、もうこれ以上登場してはならなかったから。
    曦臣の幸せだけを願って余生を過ごす。それでいいのだと言い聞かせてきたのだ。

    (なのに、どうして…!どうして、まだこんなにも曦臣が恋しい……どうして曦臣がいない苦しみが少しも和らいでくれない)

    胸が潰れるように痛み、走ることが出来なくなった。
    スーツだけで真冬の夜を歩くのは想像以上に身体が震えた。強くなった風が遠慮なく頬を切るようにあたり、指先も冷たくて仕方ない。
    渓流沿いにキャンドルランプの灯が見え、吸い寄せられるように向かう。夜の闇で渓流は見えず、ただ音だけがその存在を教えてくれる。
    近くのベンチに座り込み、息を整えようとするも、寒さに震えた真白な吐息が口から漏れ出で、呼吸が安定しない。

    「ここにずっといたら凍死するな」

    コートも荷物も全てホテルに置いて来てしまった。しかし、今すぐあのホテルに帰る気にはならなかった。まだ、あの男がロビーに居たら気持ち悪くて仕方ない。あの男の目に性欲の対象として映るのは絶対に嫌だ。

    「もう少ししたら戻るか。明日、上司に何て報告するかな」

    あんな奴への言い訳を考える自分が途方もなく惨めだった。あまりに馬鹿馬鹿しい状況に笑ってしまいたかったが、意思に反して瞳に水の膜が張った。

    (いつから俺はこんなに駄目になってしまったんだろう)

    以前の自分だったら、上に嫌われてもさらに実績を上げて見返していた。そう易々と地方に飛ばされたり、まして自分より劣る奴からいいように嫌味や嫌がらせを受けるなんてことはなかった。
    今夜だってそうだ。
    何故、あの男が下らないことを言った時点で退席しなかったのか。唇を舐められるなんてヘマをして、生娘みたいに固まって震えたりなんてしたのか。

    (無様にも程がある)

    『阿澄』

    また幻聴が聞こえた。
    優しくて、温かくて、もう二度と聞けない声。慰めるようなその声が心に沁みて、涙が溢れた。三年も経ったのに、まるで昨日のことのように声も顔も思い出せる。

    『阿澄』

    曦臣の穏やかな声が繰り返し響き、胸を刺した。それは今の江澄の心を折るには十分過ぎるものだった。

    「もう…俺は駄目だ」

    熱い涙が頬を伝うも、夜風に晒されすぐに冷たくなった。ぽろぽろと冷たい水が頬を擽るように流れる。

    『阿澄』

    「そんなふうに呼ばないでくれ」

    曦臣がいなくなってからの自分はこんなにも惨めで、弱ってしまった。もう立ち上がれそうにない程に。

    (今の俺には何も残っていないから、消えたって誰も困ったりしないのがせめてもの救いだ)

    曦臣の声が徐々に小さくなり、渓流の音に掻き消されそうになっている。

    『阿澄』

    「いや、曦臣。あんたとの思い出だけはまだ残ってたな」

    もう電池切れになりただのガラクタになってしまったけれど、曦臣への想いだけは今日まで手放さずに持っていられた。

    (今の俺にはそれしかないけれど、でも十分だ)

    幻聴に酔いしれながら目を瞑ってしまえば、きっともう寂しくない。
    この想いだけを持ってこの世から消えるなら、きっともう苦しくない。

    ベンチからゆっくり立ち上がり、ザーザーと水の音がする方へ歩き出した。

    「俺は幸せじゃなかったけれど、不幸でもなかった。……曦臣、ありがとう」

    白い吐息を纏った想いは、渓流の音に掻き消された。
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