花見酒「春だね目金君」
「春ですね萌先生」
「春といえば花見。花見といえば花見酒だよね」
「それは……少し偏った連想かと思いますが、桜を見ながらお酒を飲むという文化は古くから日本で楽しまれていますね」
「そうだね。僕らも大人になったわけだしさ。目金君と花見酒でも楽しみたいって少し前に思い至ってようやく予定が噛み合った訳だけど……」
「……いやあ、見事な葉桜ですね」
「先週はまだ五分咲きだったのに、何でこんな事に……」
「萌先生の仕事が修羅場に入り、中々時間を取れなかったからですかね」
「そうだね……ごめんね……」
「まあ僕も仕事の依頼がありましたし、今年の桜とは縁がなかったということでしょう。それにほら、まだ花をつけている桜の木も見えますよ」
「あ、本当だ」
「今日は僕ら2人での初めての家呑みでもあるのですから、散った桜を惜しむだけでなくベランダから僅かに見える桜の名残を楽しみましょう」
「目金君……。うん、そうだね。僕らなりの花見酒、ゆっくり楽しもうね」
▽
「だからぁ!僕はずーっと言ってるけどさあ!中学高校と一途に君を思い続けた僕を!高校卒業と同時に振るとかあり得ないよねえ!?せめて理由を話してから別れても良くない!?」
「……萌先生、出来上がるのが早すぎませんか?まだ30分も立ってないのに日本酒が一合無くなりましたし。このペースで飲み進めると、明日に支障をきたしますよ」
「話を逸らさないでよ!」
「はいはい。その件に関してはちゃんと謝ったじゃないですか。そもそも、その話蒸し返すのこれで十回目ですよ」
「十三回目!」
「そこまで正確に覚えているのに何でそんな熱量で怒れるのですか」
「それだけ悲しかったんだよ!」
「あー、はいはい。それで?萌先生は呑みの席まで用意してその事を言いたかったのですか?」
「そんなわけ無いだろう!?僕は!お酒を呑んでほろ酔いになった君の姿が見たかったの!月明かりの下頰を赤く染めて僕を見つめる君の姿がみたくて、その為に今日まで頑張ってきたんだよ!」
「けれど仕事の疲れからか萌先生の方が先にお酒が回ってしまい、僕は酔える状況ではなくなったと。この本末転倒な感じ、萌先生らしいですね」
「あー!目金君今バカにしたろ!」
「バカになんかしてませんよ。貴方らしくて愛おしいなと思っただけです。……これも何度目になるか分かりませんが、僕はフィフスセクターの魔の手から貴方を守りたかったんですよ。あの頃のフィフスセクターはどういった動き方をするか読めませんでしたし、実際貴方の周りにも黒服を着た組織の関係者が彷徨いていたみたいですから。万が一、萌先生が人質に取られたりなんかしたら、僕は正気でいられなかったでしょうね」
「……だからって、何も言わずに別れることも無かったじゃないか。連絡もつかないし、メールもエラー通知が来るし。挙げ句の果てには僕の連絡先も消してたんだろう!?そこまでしなくたって良いじゃないか!」
「あーもう。だからそこまでしないといけない相手だったと説明したじゃないですか。……そもそも、僕は貴方ともう一度関係をやり直せるだなんて、考えもしていなかったですし__」
「目金君」
「っ!……そんな顔しないで下さいよ。萌先生が手を差し伸べてくれたおかげで、またこうして2人でいられるのですから」
「……僕は一生許すつもりはないからね」
「知っています」
「だから、一生僕のそばに居て、償い続けてよ。お願い」
「……元よりそのつもりですよ。ほら、一度顔を洗ってきてください。まだ夜も長いのですから、一度気を取り直して呑み直しましょう」
「……分かったよ。ちょっと待っててね」
「ええ、行ってきてください」
「……。もう僕から離れるつもりはありませんよ。貴方の気が変わる、その時までは」