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    パラロイのブラカイ小話2本

    #ブラカイ
    brakaya

    大胆な告白/射撃訓練「ボスの苦手なところ? なんでそんなことを聞くんだ?」

    昼休憩の時間になり、ブラッドリーが署内にある食堂に赴くと何やら愉快そうな話をしている連中がいた。
    ブラッドリーはにやりと口角を持ち上げ、気配を殺して彼らに近付く。

    (こんな公共の場で暴露大会とは、舐めてくれたもんだよなァ?)

    自分に対して不平不満があるなら直接言えばいいものを。
    こんなところで愚痴をこぼしてくだを巻くなど女々しいにもほどがある。男の風上にも置けない奴らだ。
    真正面からかかってくる度胸もねえなら、今すぐお家に帰ってママのおっぱいでも吸わせてもらえ。
    そう言おうとしたブラッドリーだったが、今喋っているのがカインであることに気付き、口を閉じた。
    同僚から自分の嫌いなところや苦手な部分がないかと問われたカインは腕を組んで考え込んでいる。

    (……ふむ。こいつぁ見ものだな)

    カインが自分をどう思っているのか、ブラッドリーは興味があった。
    カインは今まで出会ったどんな人間よりも変わっている。
    カインは誰にでも友好的で親切だ。相手が人間であろうとアシストロイドであろうとカインが態度を変えることはない。
    どこまでも真っ直ぐで、お人好しで、無鉄砲。正義感の塊で、いついかなるときでも自分の良心と信念に従って行動する。
    見ていて小気味よいほどカインは清廉潔白な人間であり、それゆえに危なっかしい。
    人を守るためならば命令違反さえ厭わないカインを、ブラッドリーはかなり気に入っている。
    自分の頭を使わず唯々諾々とこちらの命令に従う奴らより、カインはずっと骨がある。
    カインが現場で独断専行しても署内での立ち位置が悪くならないようそれなりにカバーしてやっているのは、他ならぬブラッドリーである。
    そんな自分の「愛情」をカインはどこまでわかっているのか。本音を聞いてみたいと思うのは、当然だろう。

    「ボスは振る舞いががさつだし、言葉遣いも汚いな。人前で下品なスラングを使うのは本当にやめてほしいと思っている」

    あはは、と軽やかに笑いながら言うカインにブラッドリーはぴくりと頬を引きつらせた。自然とこめかみに青筋が浮かぶ。

    (ほーう。優男の面の皮がついにはがれたなあ、ルーキー)

    まさか爽やかな笑顔の裏でそんなことを考えていたとは。もしかしたらカインはブラッドリーが思っているよりもはるかに複芸が上手いのかもしれない。

    「だがボスのことは尊敬している。判断力、情報収集能力、分析力はここにいる誰よりも優れているのがボスだ。それに……射撃の腕もずば抜けている。俺が思うにあの人は人心掌握に長けてるんだ。どんな言葉を使えば、人の心を動かせるかを知っている。……俺が唯一不満なのは、」

    カインが一旦口を閉ざす。次の言葉を慎重に探しているようだった。ブラッドリーはじっと耳を澄ませてカインが話し出すのを待つ。

    「タメ口で話すと敬語を使えとたしなめられること、かな? ボスは俺たちには敬語を使わせる。が……ネロにだけは何も言わないんだ。ネロが名前を呼んでも、タメ口を使っても、ボスは気にしないらしい。その差が俺は気に食わない。……ボスに認められてないような気がして悔しい」

    カインの告白を聞いて、ブラッドリーは束の間放心した。カインの言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
    じっくりと頭の中で反芻し、咀嚼し、話の内容を理解したブラッドリーは思いきり笑い出しそうになった。

    (やっぱりてめえはかわいい奴だなあおい!!)

    つまりカインはネロに妬いているのだ。ブラッドリーの接し方がネロと自分とでは異なっている事実を気にして、拗ねている。ふてくされている。
    それはカインがブラッドリーを好いているからにほかならない。好いていて、慕っていて、憧れている。だからネロに嫉妬している。

    「いつかボスと対等な立場になって物を言い合えるようになるのが俺の夢だ」
    「だったらまずは料理と射撃の腕を磨かねえとなあ、ハンサム君」

    とうとう耐えきれなくなってブラッドリーが声をあげると、にぎやかだった一角が水を打ったように静まり返った。
    楽しげに談笑していた五、六人の部下たちが一斉に背後を振り返り、口をはくはくと開閉させる。

    「まっ、なっ、あ、あんた、今の話、全部、聞いて……っ!?」

    可哀想なことに想いの丈をすべて聞かれてしまったカインの顔は真っ赤に染まっていた。

    「ああ。お前が俺にぞっこんだってのがよくよく理解できたぜ、スウィーティーちゃん」

    ブラッドリーが茶目っ気たっぷりに片目をつむると、カインがバン! とテーブルに両手をついて立ち上がった。その拍子に椅子がガタン! と背後に倒れる。

    「あ……う……っ! 俺……パトロールの時間なので失礼します……っ!!」

    羞恥に瞳を潤ませ、くくった髪をなびかせながら、バタバタとカインが走り去っていく。
    食堂からカインの背中が見えなくなると、ドスッ! と誰かがブラッドリーの頭に肘鉄を食らわせてきた。

    「いってえ!!」

    文句を言ってやろうと振り返れば、ブラッドリーの真後ろには半眼になったネロが立っていた。

    「お前なあ、遊びすぎだ。いくらあいつがかわいいからって限度ってもんがあんだろうが」

    どうやらネロは一部始終を見学していたらしい。淡々と糾弾されてブラッドリーは、ひょいと肩をすくめた。

    「やりすぎたのは認める。帰ってきたらフォローはするさ。上司の勤めだからな」
    「……なら、いい。ったく。こいつに惚れ込むなんて、あいつも見る目がねえよなあ」
    「ああ? ネロ、冗談も大概にしろよ。あいつは相当の目利きだぜ」

    このブラッドリー様と対等になりたいとのたまった男の目が悪いはずがない。
    それにしても、と頭の後ろで手を組みながらブラッドリーは先程のカインが浮かべた表情に思いを馳せる。
    頬を真っ赤に染め、目尻に涙をたっぷり溜めてこちらを見るカインは恋する乙女そのもので。あの唇に噛みついたらどんな顔をするのかと想像するだけで、背筋がぞくぞくと震えてくる。

    (俺の特別になりたいってんなら、大人の火遊びに誘ってやるよ、カイン)

    親愛を恋愛に塗り替えて。憧憬を色欲に染め上げて。
    身も心もじっくりじっくり溶かしてやろう。
    飢えた獣の貌をしてブラッドリーはくっと笑った。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    バァン! バァン! と銃声がとどろき、空気がびりびりと振動する。銃口から漂う火薬の匂いを嗅ぎながら、カインは構えていた拳銃をゆっくりと下ろした。
    目の前にある台に拳銃を置き、防音用のイヤーマフを外してカインは詰めていた息を吐き出す。

    「当たらない、か……」

    数メートル離れた先にある的を見つめて、カインは低く唸る。カインが撃った弾は五発。そのいずれもが的の中心とはほど遠いところに着弾していた。

    「クソッ……」

    低く毒づきカインは唇を噛みしめる。当たらない。何発撃っても当たらない。その事実に焦りと不安が募っていく。
    先日ちょっとした捕り物があった際にカインは犯人とやり合って肩を脱臼してしまった。脱臼した肩はすぐに医者に診てもらって治してもらった。だが、それからというものカインの射撃の腕は著しく衰えた。
    的を正確に狙っているつもりなのに当たらない。体幹には問題がないはずなのに銃口がぶれて、弾が明後日の方向に飛んでいってしまう。こんな体たらくではいざというときに拳銃を抜くことができない。一分一秒を争う場でためらいが生じれば、命を落とす危険だってある。
    何よりも――ブラッドリーに見限られるのがカインは恐ろしい。

    (銃さえまともに撃てない部下を、ボスが信頼してくれるはずがない……)

    ブラッドリーの射撃の腕前は誰もが認めるところだ。針の穴に糸を通すような精密さで、ブラッドリーは狙った箇所を撃ち抜く。
    いくら格闘技が優れていても、拳銃をまともに扱えないのであれば一端の警官とはいえない。
    カインはブラッドリーを尊敬している。憧れている。ブラッドリーは言動こそ荒っぽいものの、誰に対しても気さくで視野が広く頭の回転が速い。
    誰よりも強く、どんな状況にもすぐさま対応してみせるブラッドリーに自分は使い物になる人材であるとカインは証明したかった。
    ただの下っ端。入ってきたばかりのルーキー。誰にでも同情する甘ちゃん。
    ブラッドリーが自分のことをそんなふうに思っているのは知っている。面と向かって言われたこともある。だからこそその評価を覆してやりたいとカインは躍起になっているのだが――。

    「どうしたらいいんだ……」

    いくら訓練を重ねても技術が向上しないのであれば、どうしようもない。袋小路に迷い込んだも同然だ。
    カインが自嘲的な笑みを浮かべたその瞬間、背後から声をかけられた。

    「どうしたもこうしたも根本的な原因を解決するしかねえだろ」
    「っ……! ボス!?」

    慌てて振り向くと訓練場の壁に背中を預け、腕を組んでこちらを見ているブラッドリーと視線が合った。ブラッドリーはひどくつまらなさそうな顔をして、カインを眺めている。

    「あ、あんた、いつからそこに……っ!?」
    「お前が無駄撃ちしまくってるときから」
    「なっ!」

    つまりほとんど最初から観察されていたということにカインは狼狽える。

    (まったく気付かなかった)

    ブラッドリーが気配を殺すのが上手いのか、それとも自分が腑抜けていたのか。どちらだろう。後者だとすればかなり落ち込む。

    「噂で聞いたぞ。暇さえあればここに通って射撃訓練してるらしいじゃねえか。その心意気は結構だがな、弾だってタダじゃねえんだ。当たらねえなら撃つな。金の無駄だ」
    「っ!」

    不意にブラッドリーの声が凄みを帯びる。鋭い眼光に射抜かれて、カインはびくりと肩を揺らした。ブラッドリーの恐ろしいところはこういうところだ。
    普段は面倒見のいい尊敬できる上司に思える。だが、彼は度々小柄で華奢な体には到底似つかわしくない殺気と覇気を全身から放つことがある。ブラッドリーの気迫にあてられて、蛇に睨まれた蛙のごとくカインは動けなくなってしまうのだ。
    首根っこを無理やりに押さえつけられて拘束されているような気分になる。
    ブラッドリーの完膚なきまでの正論に反論を唱えられるはずもなく。カインは黙ってうなだれる。悔しさに拳を握る。自分が馬鹿な真似をしているのはわかっている。けれど、役立たずになるのは死んでも嫌だった。
    カインが何も言えずにいると、ブラッドリーが特大のため息をついて壁から背中を離した。
    大股でこちらに近づいてきたブラッドリーが、カインの使っていた拳銃を手に取る。空になっている弾倉に素早く弾を装填すると、ブラッドリーは拳銃をカインに握らせてきた。

    「とりあえず、構えてみろ」
    「――え?」
    「構えろっつってんだよ。ボスの命令が聞けねえか?」
    「え、いや、は、はいっ!」

    ブラッドリーの意図がさっぱりつかめない。彼は一体何をしようとしているのだろう。カインは目を白黒させながら拳銃を握り、両足を肩幅程度に開いて的を見据えた。
    するとブラッドリーが背後からカインの腕に手を添わせてきて、心臓がドクン! と飛び跳ねる。

    (ち、近い、な……)

    ブラッドリーの胸がカインの背中に密着している。吐息が耳にかかって、少し硬い髪の毛がカインの頬に当たる。
    ブラッドリーの足が股の間に入ってきて、カインの体温は急激に上昇した。こんなにも近くでこの人の温もりを感じたことなんて、今まで一度もなかった。こんなふうに触れ合うことがあるなんて、想像もしていなかった。

    「右肩が低すぎる。足はもっと開け」

    ブラッドリーの手がカインの体を這い回り、ポジションを調整していく。爪先で足を蹴られ、肘に指がぐっと食い込む。

    「ん? んん? あー? はあん、なるほどな? ちっと我慢しろよ」
    「え?」

    次の瞬間、ゴキッと音がして左肘に激痛が走った。カインは涙目になって呻く。痛みが去り、じんじんとした痺れだけが腕に残る。

    「よし。これでいいだろ。撃ってみろ」

    カインの頭にイヤーマフをセットし、満足げな顔をしたブラッドリーが離れていく。今自分は彼に何をされたのだろう。関節をいじられたのはわかる。それで何が変わるというのか。
    カインは半信半疑に思いながらも拳銃を構え、引き金を引いた。
    バァン! と派手な銃声が響く。カインは大きく目を見開いた。

    「あ、当たった……」

    カインの撃った弾は見事に的の中心にヒットしていた。わけがわからない。カインは動揺しながらブラッドリーを振り返る。

    「な、なんでなんだ……? あんた、さっき俺に何をした?」
    「敬語使え。肘の関節がずれてたから治してやったんだよ。肩脱臼したときに肘もやっちまってたのに気付かなかったんだろ」
    「あ、ああ、なるほどな……そういう、こと、だったのか……よかった……」

    本当によかった。だから撃っても撃っても的の中心に弾が当たらなかったのかとカインは唐突に理解する。
    そして適わないと思い知る。ブラッドリーは見ただけでカインの不調の原因を突き止め、解決した。その観察眼。洞察力。自分では足元にも及ばない。

    (いつか俺はボスよりも強くなる……誰よりも……強くなりたい。みんなを守るために)

    そしてブラッドリーと今よりもずっと打ち解けられたらいいとも思う。ただの上司と部下の関係ではなく。いい友人になれたら。先ほどのような気安い触れ合いができたら。そしたら、俺は、俺は……。

    (俺はなんだ? なんだっていうんだ?)

    わからない。肌が火照っている理由も。じくじくと下半身がうずく理由も。何もかもわからない。ただひとつはっきりしているのは嬉しいということだけだ。ブラッドリーがきちんと自分を見ていてくれたのが嬉しい。射撃訓練場に通い詰めている自分を気にかけて、ここまで来てくれたのが嬉しい。嬉しくてふわふわする。

    (あ、そうだ、お礼を……)

    まだ言っていなかった。カインは拳銃を置いてブラッドリーに向き直り、はちみつのように甘くとろけるような微笑みを浮かべてみせた。

    「ボス、その、なんというか、ありがとうございます……。あんたの部下になれて俺は本当に幸せ者だ」
    「……、……お前、それ、わざとか? 天然か?」
    「? 何がですか?」
    「…………っとにタチがわりぃな」

    顔をゆがめてチッとブラッドリーが舌を鳴らす。ブラッドリーが急に不機嫌になった理由がわからず、カインは首を傾げるのだった。
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