第2回お題「手指」それは、2人が夕食の調理をしていた時の事だった。
「オレが狩ってきた獣の肉を捌いてる間に、野菜を切ってくれないか。」
ラーハルトに頼まれたヒュンケルは、旅の途中に立ち寄った村で分けてもらった野菜を切り刻んでゆく。夕日が射し込む森の中に包丁の小気味良い音が静かに響いていた。
ところが――
「痛っ!」
刃物の扱いに長けているはずのヒュンケルが誤って指を切ってしまった。真っ赤な血が白い指先に流れ出している。
「大丈夫か!ヒュンケル!!」
「平気だ。この程度の傷など舐めておけば治る。」
ヒュンケルが言い終わらないうちにラーハルトはヒュンケルの指を口に含み、傷口をペロリと舐め上げた。
「なっ……いきなり何をするんだ!」
「舐めておけば治る。そう言ったのはおまえだろう。」
ラーハルトがニヤリと笑った。
「おまえがこのようなヘマをするとは珍しい。」
「むう……面目ない。」
恥ずかしさのあまりヒュンケルは頬を赤らめてうつむき、傷の手当てをしに行った。
傷薬を塗って包帯を指に巻くヒュンケルの後ろ姿を横目で見ながら切った具材を鍋に投入していたラーハルトは、つい先程触れた彼の指の細さに戸惑っていた。初めて手を取ったあの日のヒュンケルの手は力強い戦士の手だった。しかし、それが今やすっかり別人のような痩せ細った指に変わってしまった事に。
…ワンライここまで。
(おまえの指…あんなに細かっただろうか。このまま旅を続けられるだろうか?だがしかし、逞しい戦士の手も今の繊細な手も美しい事に変わりはないな。)
「玉ねぎが焦げかけているぞ。」
「…あ…ヒュンケル。怪我は大丈夫か?」
考え事をしていたラーハルトは手当てを終えて戻ってきたヒュンケルに気づかなかった。
「ああ、大した事ない。平気だ。……ラーハルト?何だか様子がおかしいが、おまえの方こそ何かあったのか?」
「おまえの指が……」
「…は?オレの指がどうかしたのか……?」
「以前と比べて細くなったのではないかと思って。おまえが無理を重ねている気がしたから。もっと自分を大切にしろ。」
ラーハルトはヒュンケルの手をグイッと力強く握りしめた。
「ラーハルト……」
「だが、あの頃の力強い手も今の繊細な手もオレは好ましいと思っている。おまえの白く美しい手から作り出される料理は魔法がかかっているようだ。」
(そして、いつの日かおまえの薬指に揃いの指輪を――)
「オレは魔法なんて使えないぞ、ラーハルト。」
「それ位美味いという事だ。よし、丁度良い煮込み具合に仕上がったぞ。」
鍋を火から下ろし、食卓代わりの平らな岩の上に置いた。そしてラーハルトとヒュンケルの2人いっしょに皿を並べて料理を取り分けて
「いただきます!」
と声を揃えて手を合わせた。
※他者の血を舐める行為は感染症に罹患する危険性がありますので、絶対に真似をしないでください。