3章 第三話 モノじゃない二日後、桜夜と梓、奏夜の姿はとある遊園地にあった。
「うっわー! 俺初めて来たー!!」
「すごい人……迷子にならないように桜夜さんについていかなきゃ……」
「ええ、俺基準? とりあえず、何から乗る?」
保護者の桜夜は二人がアレ乗りたい、コレ乗りたいと話しているのをウンウンと頷きながら聞く。
「じゃ、まず優先権を取って……」
「優先権?」
「その時間になったら並んでいる人たちよりも先に乗り物に載せてくれる券だよ」
「へえ〜!」
「……ここのファストパスを取って、次にこっち。で、これが終わったらこれに乗ってご飯を食べながら次の乗りたいとこ行って……」
「広いなぁ……でも楽しみ!」
「だな!」
ワクワクが止まらない高校生たちに、桜夜は笑った。
ひとまず優先権をとりに向かい、途中で色んなものに目移りしつつ途中で見つけたマスコットキャラクターを捕まえて撮影をお願いしつつ、三人はゆっくりとアトラクションの方へと向かう。
「すげー! すげー!!」
あまり遊園地に来たことのない奏夜は、完全に小さな子どもに戻って梓の腕を引っ張っている。それを後ろから優しく見守る桜夜も、賑やかさに隠れている耳と尻尾が揺れ動いていた。
そんな中でも、後ろから着いてくる人物を桜夜は見逃さない。
金田 海──彼が、取り巻きを連れて歩いている。
「……なんでここに」
つい独り言を呟く桜夜。が、梓と奏夜を見失わない内に足早に移動した。
それからも、彼は妙なことに取り巻きを連れて自然に梓と奏夜の乗るアトラクションに載ってくる。
純粋に気持ち悪さを覚えた桜夜は、二人に次のアトラクションに乗っておくように伝えると、降り口で金田を待った。
「……君、梓と奏夜の同級生だよね」
「なっ……なんだテメェ!!」
「いきなり喧嘩腰……別に喧嘩したいわけじゃないから。売りたいのなら買うけど。それより、なんで着いてくるわけ?」
「俺たちが乗ろうとしてるヤツにアイツらが先に乗ってるだけだ!!」
「え、華月と佐波がいるんすか? 海さん」
「…………」
失言したのを見てニンマリ笑う桜夜に、金田は顔を真っ赤にする。
「知るか!! テメェらは俺の飲みもんでも買ってこい!!」
「は、はい!」
怒鳴り散らして取り巻きを行かせると、再び桜夜にむきなおった。
「……で、何か話があるからどっかやったんでしょ? 俺になんの用?」
腕を組み、冷静に対応する彼に金田はグッと拳を作る。
「テメーも、梓のことが好きなんだろ……」
「は?」
「テメーも梓のことが好きだから! 一緒にいるんだろ!! 梓は俺のモノだ!!」
「はぁ……?」
なんとも呆れた話だろうか、だがふと彼の瞳を見て桜夜は疑問を覚えた。
これは、本当に彼の本心だろうか──?
「俺がいないと……か弱いんだ、色んなヤツに……俺がいれば守ってやれる、俺が……」
「あの、勘違いしてるようだけど」
金田が頭を抱えて呟いている間に、サラッと否定した。
「別に俺は梓をどうしようとは思ってない。あと、その言い方」
「あ?」
「人をモノ扱いしないで。梓はモノじゃない」
「ッ……うるさい!!」
話しても無駄だと分かった桜夜は、二人が行ったアトラクションの方へ振り返ると歩いていく。
「後悔させてやる!! あの女……一度とならず二度までもっ……!!」
「………………」
意味深なことを叫ぶ彼を放って、桜夜は二人の待つジェットコースターへと向かった。
道中何やら叫んでいた気がするが取り巻きが戻っていくのが見えて、それからは静かになる。
着いた頃には彼らの姿も声もなく、着いてきていないことが分かった。
「……うん?」
見ると、アトラクションの入口で梓と奏夜が待っている。
「二人とも……まだ乗ってなかったの?」
「あ、うん……優先券あるし……それに、連れてきたの桜夜さんなのに先に載るのは申し訳ないなって思って」
「そうそう、3人で乗らないと意味ねーし」
そんな理由で待っていたことに、桜夜は嬉しそうに小さく笑って二人とアトラクションへと入った。
………………。
アトラクションからの帰り道、高校生の二人は既にヘロヘロになっている。
「体力ないなぁ〜」
「桜夜がありすぎるんだよ!! なんでそんなピンピンしてんだ!?」
「本当だね……」
「うーん、剣道してたし鍛えてるし……」
と、言う桜夜に二人は顔を合わせて首を横に振った。
「でも、楽しかったなあ」
「だな、また行こうぜ! 3人で!」
『3人で』……その願いは、もう叶えてあげられないかもしれないと思う桜夜は空を見上げる。
だが、妙だ。
「……なんだ、あの雲……」
「え? 雲……うわっ!?」
先程まで晴れていた空が、真っ黒な雲に覆われていた。
何か来る、矢先に雷が落ちてきて三人は変な空間に入れられる。
「な、なんだこれ……」
「で、出れないよ! 桜夜さん!」
「これは……」
「やっと、やっと捕まえた……」
外側から中に入ってくる人物。
「か、ねだ……?」
「ああ……やっと……見つけた。私の愛しいアズリカ」
「アズリカ……?」
桜夜が呟く。途端に、梓の魂に刻まれた記憶が桜夜へと流れ込んで来た。
それは、桜夜を介して梓と奏夜にも流れ込む。
それは、昔のある場面。
……………………。
領主の愛娘、アズリカ・カヅナハルは黒く長い髪と美しい青の瞳が特徴的な少女だった。
その彼女には幼馴染がおり、愛し合っている。
芸術をこよなく愛する子爵家サルバヤの一人息子ソーヤは、アズリカの二つ上だった。
二人は、喧嘩も絶えなかったが互いの両親が良好な関係だっただけあり、常に一緒の存在だ。
アズリカは、芸術においては天才的な能を持っている。
絵画に彫刻……特に音楽に関しては賞賛を貰うほどの、天才少女だ。
「……アズはなんでもできて凄いな」
「でしょ。私が婚約者でよかったって思った?」
「誰が言うかバーカ」
「誰がバカじゃい!!」
「そんな言葉遣いしていいのか〜?」
「うっ……またお母さまに怒られる……」
互いに愛し合い、いつだって共にいた。
だが、暗雲は立ち込める。
黒い雲が太陽を隠し暗い昼間、雷が鳴り大雨が降り始めた。
「……え? アズリカを……?」
「ま、待って! 私、ソーヤと婚約してて……」
「それは侯爵に逆らうと言うことですか?」
「っ……」
アズリカを、侯爵の一人息子と結婚させるという話は突然訪れた。
領主とは言っても、小さな領土の持ち主で男爵であるアズリカの父は震える。
その腕を持って彼女は必死に考えた。
もし、この領土に兵を送り込まれたら?
もし、この領土の人々に害をなすなら?
アズリカはグッと拳を作り、侯爵の顔を見て告げる。
「……お受け致します」
「アズリカ……!」
「だって、ここの村には小さい子がたくさんいるの! 私がっ……私が我慢すればっ……」
震える拳を、今にも目の前で自信満々にアズリカを見下ろしている侯爵にぶつけてやりたかったが、それをも耐えた。
それに、この領土へ関与しているソーヤの子爵家にも危害を加えられたくはなかった彼女の、精一杯だ。
「だからっ……」
「素晴らしいです、アズリカ嬢。それでは参りましょう」
「……ええ」
それからのアズリカの人生は悲惨なものだった。
齢15で婚約者を変えられた挙句、侯爵家に連れてかれる。
侯爵夫人には虐げられるが、婚約者はおろか誰も手を差し伸べて助けようとはしてくれなかった。
それでも、アズリカは涙を堪えて我慢してきた──全ては領土のため。
……ソーヤのため。
だが、ある夜にアズリカは侍女から「マナーがなっていない」と外に追い出された。
怒るアズリカはそのまま家出してやる、と敷地の外に出るため高い塀を登って降りた先で誰かを踏みつける。
「いってぇ……」
「えっ、ウソ……ソーヤ!? なんで……」
会いたかった恋人が、そこにいた。
「なんでって……お前こそ酷いだろ……何も言わずにいなくなるなんて」
「ご、ごめんなさい……」
「……まあカンパネルラ侯爵だ。横暴だしな、いつも。……元気そうでよかった」
ソーヤに抱きしめられ、ようやく心の落ち着いたアズリカは抱きついてわんわんと泣き始める。
小さい頃から、泣き虫だった彼女をいつも慰めていたのは彼だ。
頭を優しく撫でて、そっと「大丈夫」と囁くのは小さい頃と変わらなかった。
「にしても、痩せたなぁ」
「……食事マナーが悪いとすぐに抜かれるの」
「そうか……今度から何か食いもん持ってきてやるか」
「また来てくれるの?」
「おう、任せとけ。大事な妹が心配だし」
「妹って……」
「……愛してるよ、アズ」
そっと月光下で交わす口付けは、アズリカの心を温かくする。
それから、二人は決まった時間に日にちはバラバラで夜に逢っていた。
それを、アズリカの婚約者であるカイガ・カンパネルラが知るのは一年後のことである。
カイガは強い剣士と有名な人でもあり、アズリカに対する嫉妬や憎悪は凄いものだったようだ。
一年後、結婚適齢期になったアズリカは食事を取らずに部屋で寝転がっていた。
最近どうにも調子が悪い。
そして、食べ物を見ると酷い吐き気を感じて口にすることができなかった。
「……まさか、お母さまが言ってた……」
つわり、というものか。
自身のお腹に子どもがいる。
しかも父親は──。
「……ソーヤの子……」
アズリカは強く、この子を産みたいと思った。
だが、その日の晩にいつものように抜け出してソーヤの元へ行こうとした瞬間だ。
彼女は、後ろから剣で腹を刺された。
「いけないよ、アズリカ……ああ……私の愛おしいアズリカ……あんな男の元に行ってはダメだ」
「っ、な……ん……」
「あの男との間にできたコレも、私の剣で浄化してみせよう……」
「あっ、ぐ、ぅっ……!?」
何度も何度もアズリカは腹を刺される。
……しばらくして、いつもの通りに逢いに来たソーヤの目の前にあったものは──。
「……あ、ず……りか……」
見るも無惨なアズリカの死体だった。
「アズリカっ!! アズリカっ……」
それから、ソーヤは彼女の遺体を抱えて泣きながら自身の子爵邸へと走る。
何度名前を呼んでも、彼女は再び息を吹き返すことはない。
葬儀が終わり、カヅナハル男爵はアズリカの不当な扱いに抗議したが、逆に婚約者とは別の男と子を作ったと侯爵家に楯突いたという理由から破滅に追い込まれていた。
「……アズ……」
彼女の墓に背を預けてソーヤは、空をぼんやりと見上げる日々が続いている。
彼女を助けられれば……。
彼女を守る力さえあれば……。
彼女の手を離さないでいれば……。
色々な後悔や考えはソーヤの精神をどんどんと蝕んで行った。
だが、ある日ふと目に入った書物を見た時にソーヤは目を見開く。
魂による輪廻転生と結縁。
これさえできれば、もしかしたら……。
ソーヤは本に書いてあった儀式を試した。
生きていた人間の血を使う、という意味の分からない言葉があったが彼の認識は間違っていないようだ。
「……アズリカ……今度こそ、俺が助けてやるからな……」
それが、彼の最期の言葉だった。
……………………。
「なん、で…………」
全てを見終わった梓は、瞳から溢れ出る涙を堪えることができないでいる。
「梓……俺……」
「なんっ、で……こんな酷いこと……」
「私のモノが、勝手に他のところに行こうとしたからだ。殺して何が悪いのだ?」
金田が言う。
だが、喋り方から何もかも変わっていることに桜夜は睨みながら聞いた。
「お前がカイガ・カンパネルラだな」
「そうだ、神狐……よく気がついたな」
「ここ数日、俺を監視していたのもお前か」
「そうさ……ああ、可愛く美しい私のアズリカ……」
「……ふざけるな」
奏夜が怒ったような声で牽制する。その前に出て桜夜は姿を変えた。
「ふん、いいのか? 本来の姿を見られれば、お前を慕っていた二人は怯えるぞ?」
「なんだっていい。俺は、梓と奏夜の魂を守りに来た──魂の救済に」
銀色の光りが辺りを覆うと、桜夜には狐の耳と九尾がつく。
藍色の毛が、先に向かって銀にグラデーションされた美しい九尾だ。
「……狐……?」
「妖怪にいる……感じのだよな……でも……」
「凄くキレイ……落ち着く……なんでかな……」
桜夜の姿を見て、二人は怯えるどころか見惚れている。
梓の涙をも止まったのを見て、桜夜は振り返って小さく笑うと涙で濡れた顔を袴の袖で優しく拭いた。
「大丈夫、俺がなんとかしてみる」
「う、うん……」
「……私のモノに触れるな、神狐」
「……さっきも言っただろ」
低く唸るような声に、カイガは一瞬たじろぐ。
「梓はモノじゃない。魂が例えアズリカであったとしても、梓は梓だ。お前がどうこうできる問題じゃないんだぞ」
「……ふふっ、面白いことを言うな……ならば、こうするのみだ」
梓に向かって何かするカイガ。すると、梓の中から何かが引っ張り出される。
「……なっ……」
「……え?」
「どういう……」
梓の中からは、先程見た彼女と全く同じアズリカが出てきた。
「どうして……私は確かに眠っていたはず……」
「ああ、会いたかったよアズリカ」
「出たな、この変態め!! とっとと消え失せろバーカ!!」
色々と言いたい放題のアズリカと、その隣で放心している梓。
完全に何が起きてるのか理解できていない奏夜と、魂と眠るアズリカの意思が分離したと確信する桜夜。
この中で、戦うのはマズイかもしれないと思うが既にカイガは桜夜に向かい、剣を突き出していた。
「桜夜!!」
「桜夜さんっ!!」
だが、桜夜はアッサリと剣を受け止める。
「アズリカァ!! お前はっ、私のモノだァ!!」
「いい加減に、しろ……」
「梓……?」
奏夜が言う。俯いて、プルプル震える梓は拳をグッと握って泣きそうな顔で叫んだ。
「アズリカはモノじゃないっ!! 僕だって……モノじゃない、人間だっ!!」
それは、一つの奇跡を起こした。
続
3.モノじゃない 終