ベッドタイムルールベッドタイムルール(1,ルールはない)
よく分からない奴だと思っていた。何を考えているのか読めない目をしていた。
だから尾形とそういう関係になると決めて、いい感じに酔ってあいつの家にお邪魔して、玄関先で靴も脱がずにキスをされたときもなんとなく行為の最中も尾形百之助という部下はこんな感じでとらえどころのないままなのだろうと思っていたのだ。
しかし、違った。
「ねえ、月島さん、気持ち、い……気持ちいいです、月島さんは? 月島さんは気持ちいいですか? ここ? ここがイイんですか。ははぁッ、スケベですねあんた」
ははぁッ、じゃないだろう。
「だって先っぽこんなにヌルヌルですよ──先走りで、濡れてる。感じやすいんですね、かわいいです……入れて欲しくなったら言ってくださいね……、はっ、本当にかわいいなあんた、月島さんが欲しいタイミングで構いませんよ、いつ、でも──入れてあげますから……っ」
なぜに上から目線だ。それに今この状況で、いつ言えばいい? 気づいているかどうか分からんが、始まってからずっと喋りっぱなしだぞお前。喋っていないときは喘ぎっぱなしだ。
確実に俺より喘いでいる。
「月島、つきしまさん……ッ!」
抱きついてくると感極まった様子で俺の名前を呼び、いきなり上半身を起こした。
こちらを見下ろす尾形は髪を掻き上げる。
「我慢できません。入れていいですか」
俺の意志は。タイミングは。さっきの台詞はなんだったんだ。
気圧され気味にうなづくと、いそいそとスキンを装着し始める。黙ってうつむいて集中して時々まばたきをする顔に一筋髪がかかっていて汗ばんで貼りついていた。そんな尾形はやっぱり格好良かったのがくやしい。
勃ち上がったモノを仰向けで両足を抱え上げた俺の尻たぶにぴたりとつけて、
「ねえ、月島さん、俺のコレお好きですか」
「まだ分からん」
「ですよね。じゃあ確かめてくださいね。俺、がんばりますから……キ、ツ……っ、たくさん、悦くなってもらえるように、がんばり、ます……ッ、あ、あっ、あんたキツ過ぎ──痛く、ないですか?」
首を横に振った。
ゆっくりと挿入してくるのがもどかしかった。
事前にしっかり自分で準備をしたので痛くはないが、質量のあるものを押し込まれる違和感はあるので、気遣われるのは単純にうれしい。
「好きです、月島さん、好きです」
今夜だけで何回聞いたか分からない。
「つきしまさん──基、さん、好き……」
それは初めて聞いたな。
こめかみに口づけて首筋をなぞり軽く噛む。ゾクッとして奥が伸縮するのを感じた。
「あ、あ、イキそ、イキそうです、あんたのナカ、うねって、気持ちい、もう、擦れ、チ〇ポ、こすれ……てっ……!」
待て待て。嘘だろ? 早すぎる。オナ禁でもしてたのか。
「あんたのケツま○こ気持ちよすぎ──」
ひとの体の部位をいきなり淫語で呼ぶな。びっくりする。
「して欲しいことがあったら……くそ、イキ、そ、──遠慮せず、言ってくださいね、あんたのイイとこ……いっぱい、攻めてあげますから──好きです本ッ当愛してます、ちくしょう、出る」
待て。いったん止まれ。言っていることが短い中で矛盾してるぞ気づいてるか。
「尾形……ッ!」
状況は切迫していた。待て、の意味でかけた俺の声が合図になってしまったのか。
壊れるのではないかと心配になるほど腰を打ちつけられて、揺さぶられて、気がつくと恋人は俺の上で荒い息を吐きながら伸びていた。
「……すみませんでした」
「いや……」
「怒ってますか」
「お、こって──ない……っ」
「本当に?」
心配そうにのぞきこんでくるこいつの右手は俺の半勃ちになったモノをしごいている。せめてもの詫びらしい。
「いつもああなのか」
手を止めさせる。出したい気分でもなかった。尾形は俺を毛布で包みながら視線を合わせようとしない。
「うれしかったんで。舞い上がりました。それと今後、あんたが抱かせてくれるって保証はどこにもないでしょう。なので全部ぶつけてしまおうと」
「何を」
「思いの丈を」
「お前……案外情熱的なんだな」
「知りませんでした?」
ふふ、と笑う尾形はやっぱりかわいい。前髪がほとんど下りてくしゃくしゃになっているからかもしれない。
そして気づく。かわいい、好きだ、ちゃんと気持ちがいい。俺は全部伝えられなかった。
射精しなかったことより中イキしなかったことよりよほど悔いが残りそうだ。
「あのな。一回きりだったら最初からそう言う。だから、落ち着け」
割と切実に。
「はあ……しかし分からんでしょう。月島さんは俺と寝て嫌になりませんでしたか」
うるさいでしょう、俺。
「自覚はあるのか」
「こらえようと思ったのですが、できませんでした」
毛布をかけた上から俺の肩をさする。
「──だって、ずっと抱きたかった」
鼻先を合わせて、擦り合わせて、動物のご挨拶。
くしゃみをすると尾形が笑った。
「……次はこのよくしゃべる口を塞いでやる。覚悟しろよ、百之助」
あごを掴んでささやくと縫合跡のある頬に赤味が差した。傷跡が赤くなるのがエロい。気がする。
「かっこよすぎです。あんた、ズルい」
それも今日初めて聞いた。なんだ、まだまだ言われていない言葉があるんじゃないか。告げていないこともたくさんある。
次回からは実力行使で口を塞いでいこう。頭突きや関節技だとかいろいろある。大丈夫だ、一応手加減はするしこいつなら死にはしないだろう。
「がんばりますから」
がんばってくれ。俺だって恋人に怪我はさせたくないからな。
うれしそうに抱きついてくる尾形にやっと、今日最初の「かわいいな」「好きだ」「気持ちよかった」を伝え、またしようと告げることができたのだった。
ベッドタイムルール2(沈黙の性感帯)
おしゃべりな男はモテない。
月島を見ていると納得できる話だった。彼は軽々しく口を滑らせることがない。雄弁と軽薄なのは違う。言うべきことは言う、黙るべきところは己を殺してでもきちっと口をつぐむ。大人の男とはそういうものだと最近、よく考えるようになった。
きっかけは先日のセックスだった。
初めて想い人たる月島と裸で抱き合った尾形は自分でもちょっとびっくりするくらい喋った。
自分でも内心ドン引きするするほど、夢中で言葉を紡いだ。喋りすぎて途中発言が矛盾していることに気づいてはいたが、気持ちが溢れてきて止まらなかった。
恋をして好きな相手と抱き合うと、こんなにも馬鹿になってしまうのか。
そんな醜態を受け止めてもらえるのはどれほど幸せなことか。
知ってしまった今、なんだか怖いような気もしたが、月島がしっかりと抱き締めてよしよしと頭をなでてくれたので忘れていたのだ。
あれから一週間。
「今夜、空いてるか?」
「はい」
意中の相手に金曜夜の予定を聞かれて、勿体振る趣味はない。
「よし。会おう。うちでいいか?」
「月島さんの部屋、楽しみです」
「笑顔が固まっているようだが……どうした、大丈夫か?」
「ご心配なく」
準備は万全、今度こそ。
やさしく、いやらしく、余裕を持って。
月島を第一に考えたセックスをするのだ。
彼の部屋に入るのは緊張する。これからこの男とするのだと思うとなおさらだ。前回は勢いで乗り越えたが、今日はひたすら照れ臭さや恥ずかしさ、獣のように襲いかかりたい激情に耐えていた。
「尾形?」
耐えすぎて妙な表情になっていたかもしれない。仕方ない、あんたを俺から守るためですよ。
「こっちへ来い」
ジャケットを脱いでベッドに腰かけた尾形の好きな男は、魅惑の腰つきで手招きする。
なんでしょう、ご褒美ですか?
うれしくて駆け寄った。何も疑っていなかった。
「つきしまさ」
「──しっ」
上目遣いでにらみつけてくる。まず、二本の指で自らの両目を指した。首をかしげる尾形の目にも同じ行動をする。
ハンドサインだ。
あんたを見てろってことですね。
一気に緊張感が全身を包む。ここが戦場かと思うほどだった。
次に、まっすぐに伸ばした左腕を肘から四五度、倒す。わからなかったが、なんらかのサインには違いない。尾形は直立不動になって月島の一挙一動を注視していた。
これはこれで幸せな時間だった。
月島を見つめ、月島の本意を探り、月島の役に立つよう行動する。ただし意味はほとんど理解できなかったが。
──思うのだが、ハンドサインだけでなくありとあらゆる合図は双方が理解していないと役に立たないのではないだろうか。事前の打合せなしで本番にのぞめば、通じなくて当然だ。
そうだ、この人は妙なところが抜けているのだった。
しかし伝えられるはずもなく、無言の月島はベッドを指さす。尾形の胸の中心を指先で叩いた。仰向けに寝ろ、という指示らしい。尾形が大人しくそうすると、服を脱ぐようにジェスチャーで命令してきた。服……!? 驚いて上半身を起こすが、にらみつけられたので再びベッドに寝た。
天井が見える。
ああ、いや……そもそも俺と月島は、服を脱いでする行為をヤリに来たのだ。
だから当たり前──当たり前なのだろうか? はじまってからひとことも会話していないんだが?
新しいプレイに挑戦するにしても、こいつはかなり上級者向けじゃないですか、月島さん。
もそもそと脱いだ服を畳み、下着も脱いだ。尾形の百之助は少ししょんぼりしていた。すると、腕が伸びてきた。鍛えられた月島の腕だ。そっと、やさしく、しょんぼり之助をつつみこみ、やわやわと握って、上下にこする。
「ん、く……ッ!」
もどかしい。焦らされているのか。こんなの初めてだった。
早く、お願いだ、もっと、強くしてくれ。
沈黙がつらい。なんか言ってください。いや、思い出せ。
俺を見ていろ、という最初の合図を。
尾形は必死で想い人の顔を見た。彼は真っ赤になっていた。唇を噛み締め、こめかみには汗が浮いている。
あんたも感じてるのか……。
急に愛おしさが溢れてきた。俺も何か。なにか、したい。
月島の目の前で上下にこする動きをした。不思議そうな、今それは俺がお前にやってるだろ? という表情。尾形は一度うなづくと視線を彼の股間に落とした。すでに下着を押し上げている性器は窮屈そうだ。月島は眉をよせたが、親指を立てた。いいってことだ。
(いただきます)
心の中で手を合わせ、まずは下着の上から唇で形をなぞる。ピクッと太腿の内側が揺れた。感じている。あんたはなぜそう、いちいち反応がかわいいんですか。
下着をずらすとブルンっと勢いよく飛び出てくる。ははぁッ、ご立派ですな。お元気なことで。心のなかで思うだけにして、直接触った。
揉むように握った手をゆっくりと上下させる。もどかしさに焦れたのか月島の腰が動いた。ふっ、ふっ、と抑えた荒い息遣い。尾形のものを愛撫する手が早まる。
「あ、あ……ッ」
「しーっ、静かに。声を出してはいけないんでしょう?」
「ああ。お前に声を出させない方法を、考えたんだが……っあ、これじゃ、俺もしゃべれないんだな……」
「もっと早くに気づいて欲しかったです」
でもいいのだ。これでこそ月島なのだから。
それに尾形は無言でするというシチュエーションを愉しみはじめていた。
キツい愛撫をくわえても月島は声を上げない。これはどうです? こうされたら? 試していくうちに夢中になっていた。
月島が手を差し伸べる。どんなサインだろうか。
「……っ、おがた──」
何も言わなくてもわかった。
この人はただ、尾形と手をつなぎたかったのだ。
「思ったんだが……」
肩で息をしながら月島はため息をついた。
「なにごともやり過ぎはよくない」
「全くです。報連相も徹底しましょう」