その後月島基は今尾形百之助と暮らしている。
経緯は今思い出しても理解できない。月島の職場での部下である尾形がみるみる不健康に痩せているので声をかけたら「俺を餓死させたくなかったら、俺と一生一緒に飯を食って下さい」と言われたのだ。
仕事以外での接点は一度昼食を共にしたくらいでほとんど無かったから月島はその言葉の内容をすぐには理解できなかったのだが、余りに必死の形相で乞われたので思わず頷いてしまった。
最初月島は職場で毎日昼食を一緒にとればいいと思ってそうしていたが、それだと尾形は朝食と夕食、休日の3食をとらないらしく不健康さがさほど改善しなかったので業務時間外でもなるべく食事を共にするようにした。
そうしてしばらくするとどちらともなく「もう一緒に暮らした方が早いのではないか」と思うようになり現在に至る。
ちなみにどちらも思っていたのは事実だが、それを口にしたのは月島の方で、実行に移したのは尾形である。週末に口にしたらその2週間後には同居が始まるようなスピードで。
月島は尾形に「どうしてそんなに俺と飯を食いたいんだ」と聞いたが尾形本人もよくわかっていないようで「何故かはわからんのですが月島さんがいないと飯の味がせんのです。」と心底不思議そうに言っていた。
それだけを聞けば「それは恋なのでは?」と思うところだが、尾形が本当に不思議で理解できないと言う風に言うので元来面倒が嫌いな月島も「不思議だな」で思考を終わらせて過ごしていた。
そうやって1ヶ月程一緒に暮らしていると月島は「やっぱり尾形は俺の事が好きなのでは?」と思うようになっていた。
尾形は、自炊はほとんどしない、と言っていたので食材費を多めに出させる代わりに月島が料理をしていた。月島も特段料理が得意ではなく節約の一環で料理をしていただけなので時々失敗もした。
だが尾形は「月島さんの作る飯は全部美味いです」と言っていつも残さず食べた。作り過ぎた時は心底悔しそうに「ラップして明日食べます」と冷蔵庫に残り物をしまっていた。
食材費を多めに出している関係で買い物は尾形が多かったが、自分の好物を買ってくることは少なく「これ、月島さんが好きだって言ってたから」と月島の好物ばかり買ってくる。
そしてだんだん「月島さんが好きそうなレシピを見つけたので」と言って尾形も料理をするようになり、元々手先が器用なのかセンスがあったのか、あっという間に料理の腕は上達して月島よりも上手くなったのだが「月島さんが作る方が美味い」と言い張る。
食事の時は決まって月島が食べるのを見ていて「お前も早く食べろ」と促されてから食べ始める。「月島さんが美味そうに食べてるとどうしても見てしまうんです。」と言っていた。
ある日尾形が他の上司と話しているところを見て月島は驚いた。月島の知っている尾形と表情や声色が全く違ったのだ。基本的に無表情ではあるのだが、違った。月島自身もどう違うかまでは上手く説明できなかったが月島に対しては好意が込められているようにかんじられた。
だが、月島は尾形からそう言った接触を求められることは一切無かった。それどころか指一本触れた事は無い。
それでも友情と言うにはいつもいつも月島を見ていて視線が鬱陶しいくらいだった。
色恋について尾形に聞いてみると「は、あんなのは動物の発情期と一緒です。人間のくせにあんなのに振り回されるなんて俺はごめんだ」と吐き捨てるように言うので月島も「そうか」とだけ答えてそれ以上は訊かなかった。
『ただなぁ・・・』と月島は思う。『近いんだよ、顔が。いつも。』
職場では自制しているのかそんな事は無いのだが、家での尾形は月島への距離が近かった。
触れはしないものの一般的なパーソナルスペースは優に超えていて、いつ触れてもおかしくない距離だった。
月島自身それを嫌だと思った事が無かったので自分は尾形に好意的なんだろうと自認していた。
それでつい「尾形、それ以上近づくとキスしちまうぞ」と冗談で言ってしまった。
別に本当にしても良かったが、するつもりは全く無かったので月島は気軽に言ったつもりだった。
だが尾形は見たことないくらい目を見開いて、数秒固まると今度はみるみる赤面して部屋から出て行ってしまった。洗面所の方からバシャバシャと音がしたので物理的に頭を冷やしているのかもしれない。
30分程していつも後ろに撫でつけている髪が濡れて顔にかかっている尾形が戻ってきた。
そして「月島さん、自分をもっと大事にしてください」と世界中で一番尾形に似合わないセリフを真剣な顔をして月島に言った。
月島が「別に自分を蔑ろにしたつもりは無いし、俺は尾形とそういう事してもかまわんぞ」と言うと尾形の表情が変わった。
いつもは好奇心丸出しの飼い猫のような目をして月島を見つめていた尾形の目が、獲物を捕らえた大型肉食獣のような眼光を宿した目に変わったのだ。
その目で「あんた、どうなってもいいんだな?」と尾形に問われると月島は背中にビリビリと電流が走ったような感覚になった。
ゾクゾクと脳内にドーパミンが溢れるのを感じながら月島は「あぁ」と答えて自分から尾形にキスをした。
次の日、飢えた獣が本能のまま獲物を貪り尽すように抱かれた月島に飼い猫に戻った尾形が土下座をしていたが、2人はその後もずっと一緒に暮らした。