カルタゴのリンゴ(柘榴)Side:M
in vino veritas(酒に真理あり)
「俺、ココにずっと居たいかも〜」
血中アルコール濃度が0.1%を上回ったのだろうか、ほろ酔いのミスタは上気して薄桃色に染まった頬で、ゲラゲラと笑いながらこの酒肴の提供主に語りかけた。
テーブルには、缶チューハイと言うカラフルで、美味しい日本のカクテルに、塩分の濃い目の適度なツマミ。
「おやおや。狐様は何時にも増して上機嫌だな。」
同じ様に白い肌を染めながらも呆れた様に皮肉を返す、黒髪の友人の口元は嬉しそうに笑みの形をしていて、矢張りこの空間を樂しんで居てくれているようだと安心する。
1人で飲むのも嫌いじゃ無い。じっくり考えを整理して、深く沈み込む静かな時間も大事だけど、酌み交わす楽しさを知ってしまった。
俺は、独りの寂しさを知ってしまった。
「ミスタが泊まるたびに持ち込むもので、一部屋占拠しているから、半分住んでいる様なモノだろう。ほら、寝るなら部屋に行け」
「やだ。俺の部屋にはヴォックスが居ないじゃん!」
「言質取るぞ。この酔っ払い」
笑いながら俺を肩に担いでベッドに放り込んで、子供にするみたいに額にキスをひとつ落とし、去っていったアイツの低い声が、耳に残った。
Side:V
Les vignes et les jolies femmes sont difficiles a garder.(ぶどう畑と美人は手がかかる。)
テーブルの上を大まかに片付けながら鼻唄を歌う鬼は、嬉しそうに囁く。
「下心も無しに、もてなす訳無かろう」
それにしても、首尾は怖いくらい上々で、本当は感の鋭い探偵殿は全てお見通しの上なのかと何度も逡巡した。
いや、あえてコチラに乗ってくれているのなら、それはそれで嬉しい限りだ。
人の生命活動時間は短くて、自分がその儚い一瞬を手にして良いものか、初めて悩んだ。悩んで、ミスタから望むならコチラ側に引き込もうと決めた。
招いて提供する食事には、いつも一品だけ、混ぜる。例えば本日はホロホロと崩れるまで煮込んだ牛肉に柘榴の甘酸っぱいソースを。
アルコールと言う名の少しだけ理性を剥がすスパイスを。
「古今東西、人外から饗された食事を食べた者の末路は皆同じなんだよ」
くすくすと含み笑いをしながら、灯りを落としたダイニングには、満月のような穏やかな金色の光が2つ。軽やかな足音と共に遠ざかって行った。