東京奇譚.一時折アジトには複数枚もの心霊写真が持ち込まれることがある。しかし凛子もエドも「忙しい」と言ってそれらを無造作に段ボールへとひとまとめにしてそれっきり。
「チッ、片付ける身にもなれよ…」
そう言ってKKは、依頼終わりに件の段ボールをひっくり返しテーブルの上を心霊写真で埋め尽くした。
「なんで写真広げてるの?」
「たまにあるからだよ、いわゆる「ホンモノ」ってヤツが。ソレを適当に破って捨てたりなんかしてみろ──厄介なことになる」
「へぇ…」
「だから処分する前にこうして霊視して選別しとくんだよ。オマエも慣れてきたら教えてやる」
この世界に足を踏み入れたばかりの暁人には知らないことばかりだ。ソファに座るKKの横にちょこんと座り、写真の山を眺める。
…なかなかおぞましい光景だなぁコレ。
「これは…ナシだな。これもナシ。こっちは──アリ寄りのナシ」
たくさんの写真からKKは一枚一枚手に取っては一瞥し、空の段ボールへポイッと投げ捨てていく。
「雑すぎない?」
「おおかた加工品だ。お、でもこれなんて見てみろ。浮遊霊が通り過ぎたせいでコイツの頭消えちまってる」
「TVで良く見る感じのヤツだ!?」
でも害はねえよ、とKKはその写真もまた段ボールへと放った。見る限りではどれも結構本物っぽいと思うのに。…意外と真実はこんなものなのか。ちょっと寂しいようなガッカリしたような、なんてそんなことを思っていたら。
ふ、とテーブルの端にあった一枚に目がいった。
団地のような造りの一室…と言っても家具などはない。ベランダの窓にはカーテンもついていない、真昼間の明るさに照らされたそのがらんとした部屋の真ん中に。
──女の人が居た。
良くある白いワンピースなどではなく、髪を後ろで纏めていてワイシャツにカーディガンを羽織り膝丈のスカートを履いている。
不動産業者の女性、とか?小さく写っているからよくわからないや。
暁人がもっと良く見てみようとその写真に手を伸ばそうとした時。
「みるな」
KKの手が、暁人の目を覆った。
「け…KK……?」
「暁人。今の写真──"顔を見た"か?」
「え?」
顔?顔は…見ていない。服装と、部屋しか。
「見てない…」
「本当にか」
KKの気迫に暁人は目を塞がれたままコクコクと頷いた。するとKKの方から「ふぅ、」と大きく息を吐く気配がした。
「いいか暁人。絶対にだ、絶対目を閉じたままこの部屋から出ろ。そしたらなるべく下を向いて靴を履いてここから家に帰れ」
「な、なんで」
「なんでもだ。あと出来るなら俺から連絡があるまで、なるべく麻里と同じ部屋で過ごせ」
──…良いな。
そう言ってKKは暁人の腕を引いて立たせ、部屋から追い出したのだった。
KKがどんな顔をしていたのかはわからない。
……暁人はあの写真から何も感じなかったのだけれど。
結局、KKから連絡があったのは5日も過ぎた日のことだった。
変わりはなかったかと聞いてくるKKの目の下には明らかに濃いクマができている。
「何してたんだよ、連絡ないからすごく心配したんだぞ!」
「あー…頭に響くから大声やめろ。色々してたんだよ」
「凛子さん達からも当分アジトに来るなって言われたし…」
「それも今日までだ。これから俺も行くから一緒に来い、依頼が溜まってるとか言ってエドがうるさくてよ」
さも何も無かったのように振る舞うKKにもっと言ってやりたかったけれど、それより暁人には気になることがあった。
「ねぇ、KK」
「…あの写真ならもうねえぞ」
息を呑む。まだ何も言っていないけどKKには全て見透かされていたようだ。
煙草に火を点けて、KKは暁人に問い掛ける。
「お前はアレに何を見た?」
何を、なにって、それは。
…………がらんどうの部屋に立つ、ひとりの。
「──ったく。懸想されてんじゃねえよ」
「痛っ!?」
バシン、とKKの手が暁人の背を強く叩いた。その瞬間わずかにだが生ぬるい風が首元を撫でたような気が。
「あの写真にはな、空っぽの部屋以外何も写ってなかったぜ」
それ以来暁人は写真という媒体からしばらく遠ざけられた。KKは何も言わないし教えてくれない。
時たまそういうものがある。そしてそれは悪霊より厄介で──完全に祓えるものでは無かったりすると凛子がそっと教えてくれた。
アレは結局なんだったのか。アレは誰だったのか。
きっと知らない方が良いことがあるのだろう、と暁人は今日も不意に感じる視線のようなものに小さく肩をすくめた。
了.