桜花、巡り逢ひて『次の春、桜が咲く頃、必ずお前を迎えに来る。だからもう少しだけ辛抱してくれ』
『……絶対だよ、約束』
『ああ、約束だ。何があっても、だ。だからほら__』
どこからか、懐かしいような声が聞こえる。あれ、俺、大事なこと、忘れてる気がする。なんだっけ。
「あ……、行かなきゃ」
◈___
宵の帳が降り、赤い提灯が華やかに灯った花街に、今夜も賑わいが訪れた。
「ちょいとそこの黒髪のお兄さん、うちのところへいらっしゃいな」
「綺麗なお顔を見せて頂戴よ」
煌びやかな着物や簪を身に纏った花魁達が甘い声で誘う。そんな声を一瞥してにこり、と少し微笑みかけてやればそこらできゃあ、なんて歓声が上がる。
歓声を受けてもなお憂いを帯びたような表情の主、ヴォックスは、はぁ、と1つ大きなため息をついた。遊廓なんぞに来ていても、このところなんとも気分が晴れない。
随分前に一通りの遊びはしつくしてしまったし、たいして代わり映えのない百余年には飽き飽きとしてしまっていた。
あてもなく歩いていると、ふと閑静な場所まで来ていた事に気がついた。そういえばこの辺りには来ていなかったな、なんて思いながら格子の中を覗き込み、様子をうかがう。
しかし、小さな明かりは点いているものの特に人の気配がしない。
「この辺りは空きがあるのか」
仕方ない、と引き返そうとした時、中から今にも消えそうな声で
「誰かいるの……?」
と聞こえてきた。突然の反応に驚いて思わず大きな声が漏れる。よくよく目を凝らしてみると、暗がりに1人の少年が横たわっていた。
「急に大きな声を出してすまないね。君がいることに気がつかなかったから……。こちらへ来れるかい?」
そう優しく声をかけると、少し警戒しているのかゆっくりと格子の傍まで近づいてきた。暗くてはじめは気がつかなかったが、よく見ると月の光に透けるような白い肌、美しく艶のある茶色い髪に夕焼け空のような、力強い瞳が綺麗な、まだ幼くも見える、そんな様相で、強く惹き付けられるものがあった。
「お兄さん、こんな所でなにしてるの。普段あんまり人、来ないから」
「考え事をしながら歩いていて、気づいたらここにいたんだ。いつもはこの辺りまでは来ないから、ちょっとばかり覗いてみようと思ってね」
「ふぅん、でもここはお兄さんが楽しめる程の花魁はいないと思うよ」
「……どうしてそう思う?」
そう聞くと彼はどこか寂しそうに微笑んで、
「お兄さん、綺麗だから。俺と違って」
とだけ言った。