コンプレックス・ストリップ服を脱げ、と少しぶっきらぼうに先生が呟く。怒ってるわけじゃない、これは先生が少し照れてる時の癖だ。
昨夜から続く雨で今日の作業場は蒸し風呂のような暑さだった。額から流れる汗もいつもの倍で道具を握る手も幾分力が入りづらい。こんな日は炉の調子もあまり良いとは言えないので少し早めに仕事を終えるかと先生が促した。
外で汗だくになった先生と二人分の汗を流すとほっと一息ついて部屋に戻る。さらりと乾いた服の感触が心地良い。先生はこの後昼寝でもするだろう。夕食の準備にはまだ少し早いので、ジャンクさんからお借りした読みかけの技術書でも目を通しておこうと本の背表紙を掴んだところで先のように声がかかった。
今服を着たばかりなんですけど、とか、また汗をかくんですか、とか野暮なことは言わない。話せば長くなるがボクたちは紆余曲折あって、ただの師匠と弟子からあまり人には大っぴらに言えない関係もプラスされた。強いて言えば普段なら今日はまだ少々日が高い時間なことか。外はまだ蕭々と雨が降っているが雲はそこまで厚く垂れこめておらず辺りは明るい。
これじゃあどうしたってお互いの姿は丸見えになってしまう。そんなセリフを口にすれば先生には何を今さらと笑われるだろうが当の本人からすればそこが割と重要なところなのだ。普段はあえて考えないようにしているのだが、改めて自分の姿を目にすればどうしたって気になってしまう。
先生は先の大戦で両腕に大怪我を負い未だ療養中の身だが、体の筋肉は全く衰え知らずでしっかりと閉まっている。ボクらとは違う碧く鮮やかな皮膚の下で映える腹筋も胸筋もそれはそれは羨ましいほど瑞々しく艶やかにハリがあって、筋肉で音が出せるなら今にもみちみちと鳴りそうだ。
件の両腕だって包帯の下は痛々しくはあるが会った時からそう細くなってるわけでもない、なんなら自分の腕の方が一回り細いくらいだ。種族の差や肉体年齢の差はあるかも知れないが自分と先生どちらが魅力的な体かと聞かれればおそらく殆どが先生と答えるだろう。
自分もつい数年前までは北の勇者を名乗っていたし、今だって鍛冶屋として鍛錬を怠っているわけでもない。だが体質のせいかあまり筋肉が付きづらいのはちょっとしたコンプレックスだ。かと言って女性のような細さや儚さがあるかと言えばそんなはずもなく、どう見たって凡庸な男子の体だ。
そんな体のボクが先生の前で服を脱ぐ。
数枚の布を一枚ずつ、ゆっくりと脱ぎ捨てる。やけに時間がかかるのはできたら脱ぎたくないなあという気持ちがない訳じゃないから。色気も何もあったもんじゃないこのみっともない体を晒すこと。それはもうどうしたって恥ずかしいし少しだけ自分が可哀想にもなる。わかっていても頬に血が集まってしまうのはどうぞ許してほしい。
だってそれでも触れてもらいたいのだ。何故ってボクが貴方に触れたいから。何ひとつ持ってないボクだからあなたに触れてもらいたい、ただそれだけでボクはこんな無様な体を精一杯貴方の前に曝け出すのだ。何かボクの中のキレイな、都合のいい感情だけ伝わってくれないかな、そう思いながら。我ながら勝手な考えだと思いつつ、次の一枚、下履きから足を抜く。
実にありがたいことに先生は、こんな貧相なボクの体でも少しは気に入ってくれてるみたいだ。(一応最後までできるし)まあこんな森の奥じゃあ確かに女の人に不自由してないかと言えばそれは嘘になるし、生活全てのお世話をしてるのはボクひとりだからボクみたいなのでも何かの代わりにはなるのかもしれない。
そんなことをつらつら考えていると、待ちきれなかったのか、先生が足で強引にボクの体をベットに引き倒してしまった。そのまま噛み付くようにキスをされる。びっくりして先生を見上げるとなんだかひどく傷ついた顔をしていた。
少しの沈黙の後、嫌か?とポツリと聞かれたのでそれこそ今度は違う意味で驚いたボクは、慌てて先生の頭をかき抱く。
余計なことばかり考えるな、と先生が言った。心なしか声に怯えの色が混じっているのは単なる気のせいか、それともボクのせいなのか。だがそれも彼の言う余計なことかと考えるのをやめにして、目の前の愛しい魔族にくちづけた。まだ明るい外からは雨の音だけが窓を静かに鳴らしていた。