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    ラーヒュン ワンライ 「タンデム」 2024.05.12.

    #ラーヒュン
    rahun

     夢は断たれたとて、ラーハルトはバイクを愛していた。プロになる道を諦めざるを得なかったのは、事故によって片目の視力が著しく低下したため試験基準を満たせなくなってしまったためであって、今でも走れば誰より速いと自負している。 
     だというのに、大学への通学にバイクを使っていると見るや群がってきて、後ろに乗せてくれとほざいてくる女どもには辟易していた。恋愛をするとみな阿呆になるのだろうか。ずっと体が触れていれば気持ちも接近してゆくだろうという馬鹿な期待で、不届き者どもがラーハルトの大切にしているスピードの世界を甘く見て無遠慮に踏み込んでくる。
     そういう輩には口頭にて現実を突きつけてやるのが流儀だった。そうすれば聞いた女はそそくさと去る。
     最近では、アイツはただのオタクだとでも広まったのか、面倒な来訪者も減ってきた。
     と油断していた矢先に、今度は男が駐輪場に現れた。
    「そのバイク、後ろに乗せてくれないか」
     と。
     目の前にいる銀の髪をした色白の男は、偶に同じ講義を受けている程度の仲で、積極的に話すほど親しくもない。彼とのエピソードなど、隣に座った際にノックペンシルの芯を分けてやったくらいしかない。
    「ええと、ヒュンケル?」
    「なんだ?」
     辛うじて思い出した名を口にすると、彼はこてんと首を傾けた。名は合っていたようだ。
     では改めてコイツにも現実を突きつけてやらねばなるまい。
    「おまえ、バイクの後ろを四輪車の助手席と勘違いしてないか? 座っていれば目的地に着くと思ったら大間違いだぞ。中でもオレのバイクは速さを追求したレーサー仕様であり、快適性も操作性も遠出して海を見に行くような長時間走行にはまるで適していない。乗っている時間は常にスポーツとしての体力の消耗を強いられ、慣れていないと膝でグリップし続けているだけでもツラい。加えて言うとこのマシンは乾燥重量が140kg程度しかなく、おまけに後部座席の方が位置が高い。つまり、ただでも体重移動の影響を受けやすい軽い車体が、操縦者のオレよりもより重心の高い後部座席からの影響を大きく受けるのだ。相応の腕前が求められる。ずぶの素人など乗せるのはゴメンだ。頼むのならせめて練習して自分一人でも乗れるだけの操縦技術を身に付けてからこい」
     一気にたたみかけると相手は顔を強張らせる、それがいつものパターンだったのだが。
     ヒュンケルは、真剣な上目使いでラーハルトをみつめて。
    「……そうか」
     やがて踵を返して去って行った。
     ラーハルトはポカンと口を開けて男を見送った。無事に追い返すことには成功したのだが腑に落ちない。引き下がる者が果たしてあのようにギラギラと燃える目をしているものだろうか。



     一度きり見たその目が忘れられず、ラーハルトは周囲の人間にそれとなくヒュンケルの事を尋ねてまわった。
     そして彼の家庭事情を知るにつけ後ろめたくなった。
     あの日の駐輪場でのラーハルトの発言を要約すると、『せめて免許を取ってから来いよ』となるが、しかしヒュンケルは学内でも有名なほどに貧乏だったのだ。学費は貧困世帯の支援プログラムからの援助で賄われているらしく、バイト代もすべて生活費に消えているだろうとのことだった。それでは自動二輪の免許取得費用も、練習をするためのバイクを買う資金も、ある訳がない。
     彼が純粋に乗りたかっただけだったならば。
     何気なく話せるタイミングを探しても、彼はもう二度とラーハルトの隣の席には着かなかったし、視線も合いそうになると逸らされた。
     ラーハルトがバイト代を費やして愛車を手に入れられたのは、衣食住を両親に頼んでいるからであって自分だけの力ではない。なのに、そんな自分が無理難題を吹っかけてあの男を傷付けていたのだとしたら。
     すべては想像だ。わざわざ謝りにゆくのもおかしな状況ゆえ、胸のしこりを抱えたまま過ごした。そうして二年生の春を迎えたら、ヒュンケルは退学していた。



     四年生を終える卒業の日、駐輪場のラーハルトは相棒のマシンを見下ろしていた。このバイクを此処に停めるのも今日が最後となる。
     一回くらい乗せてやればよかった。
     もしも彼がただのバイク好きだったならば、得難い友人になりえたのではなかろうか。
     酷いことを言った。どうしてあの場で言い返してくれなかったのだ。いや、そうはしない男だったからこそ、内に秘めた闘志が目の中に燃えていたのだろう。
     卒業式を終えたストレッチスーツ姿でヘルメットを手に溜息をつく。
     時すでに遅しだ。と肩を落とした矢先、その男は駐輪場に現れた。
    「そのバイク、後ろに乗せてくれないか」
     銀の髪の彼は、以前と同じ台詞で近付いてきたが、しかし前回とは違って小脇にフルフェイスのヘルメットを抱えていた。
    「ヒュンケル……」
     呆然とした心地で忘れもしない名を呼んだら、彼はこてんと首を傾けた。
    「なんだ? 今度はちゃんと操縦技術を身に付けてきたぞ?」
    「なに!? ……どうやって」
    「オートレーサーになった。単車の教習代は無理だったが、学費なら支援プログラムから出るしな。原付免許だけ取ってプロの養成所に入った。おまえの出した条件が技術なのならクリアしたはずだ。乗せてくれ」
     あまりの破天荒ぶりに目眩がした。彼はこのバイクの後ろに乗るために人生を一変させたのか。
    「どうして、そこまでしたんだ」
     ラーハルトは呆れを通り越して尊敬をしてしまったが、ヒュンケルはまるで事も無げに。
    「一目惚れだったからな」
     と微笑んだ。ドキリと鼓動が跳ねた。
     ラーハルトが、オレも、と返す前に、しかしヒュンケルは。
    「そのマシンに」
     と言葉を継いだ。
     そちらなのか。
     気を取り直して咳払いをする。
     良い天気だ。春の暖かさと薄曇りは、まこと走るに相応しい。
     キーを差し込んで捻ると、甲高くも力強いエンジン音が駐輪場の屋根との間に響いた。
     乗れとも言っていないのに持参のヘルメットを被りだすヒュンケルに笑みを零し、ラーハルトもまたヘルメットを被った。
     スタンドを足で払って、陽光の下に車体を転がし出す。
     ヒュンケルがしみじみと感嘆する。
    「改めて見ても惚れ惚れするマシンだな」
     次はオレにも惚れろよ、という発言をぐっと飲み込んで、ラーハルトはバイクに跨がった。
    「そういえばおまえ、自分のマシンは?」
    「持ってない。だからヘルメットを持って電車に乗って来たんだぞ。恥ずかしかった」
     その光景を思い浮かべて吹き出しつつ、後ろ手に後部ステップを引き出してやる。この動作をするのも初めてだ。
    「安心しろ。帰りは送ってやる」
    「遠いぞ」
    「地の果てでも行ってやるさ」
     彼を口説き落とすための時間は十分にありそうだ。それに。
     ずっと体が触れていれば気持ちも接近してゆくに違いない。
     ラーハルトは、そんなことを思う程度にはすっかりもう阿呆だった。









    2024.05.12. 14:15~15:55


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