パプニカには、大魔王を打ち倒した勇者とその仲間達の冒険にまつわる品を収めた博物館が建てられていた。
そこにこの度、異色の展示物が追加されることになり話題を呼んでいた。
服だ。それも旅装や防具ではなく、婚礼衣装であった。
立ち入り禁止の綱が引かれた向こう、一段高い所に二体のマネキンの立ち姿がある。
「どうかしら?」
展示品の除幕の朝に呼ばれたポップは、鼻息荒く胸を張るレオナに、どっと疲れた顔をした。
「あー。こう来たか」
マネキンはいずれも首や手の無いタイプで、衣のシルエットを形作るだけの型だった。
「そりゃなあ、あいつらの顔を似せて作るよりは、服だけ立ってる方が雰囲気あるわ」
「でしょでしょっ」
遡ること一ヶ月前。
二人旅を続けているラーハルトとヒュンケルが、ふらりとパプニカに現れた。驚いたことに結婚の報告だと言う。
告げるだけ告げて去ろうとする二人を引き留め、レオナは式を挙げさせた。
列席者は身内のみの小さな式であったが、新郎の二人は王族も斯くやというそれは豪奢な衣装を誂えられた。しかし、衣装の主たちは家も持たず、旅の途中であるので、余計な荷物は持ち歩けんとしてレオナに預けて行ったのだ。
──もったいないし、みんなの見られる所に飾って良いかしら?
──好きにしろ。
すかさず言質を取ったのはお手柄だった。おかげで今日の彼女は得意満面である。
耳を澄ますと、遠くから人々の喧噪が聞こえてくる。本日公開の衣装を一目見ようと国内外からやってきて、博物館の外で門が開く時刻を待っている来館者たちだ。ポップが館内に居るのは関係者ゆえだった。
「いーのかよ。パプニカ復興のダシにしちまって」
「いいのよ。この服を置いていったのは、あの二人の盛大な惚気みたいなものだもの」
「そんなモンかあ?」
「ええ。……じゃ、時間までに幕を掛け直しておいてね! 開館後の除幕式では私達からの挨拶もあるから、頼んだわよ!」
コツコツコツと靴音を響かせて、レオナは忙しく館長との打ち合わせに戻って行った。
一人取り残されて、シンと静まる高い天井の空間に佇む。
ポップはこれらを着ていた者たちの、式での様子を思い返していた。
仲間以外からの祝いを拒み、バルコニーに出て姿を見せることも断った二人だが、当然のように誓いますと言い合って熱烈なチューまでかましてくれていた。
大っぴらに祝福されたがらないのは本人達の気質もあろうが、きっと、歓迎されるとは限らない立場を弁えてのことだったのだろう。
「盛大な惚気、か」
幸せであることを知らしめたい。自分たちが民の前に立てずとも、代わりにこの晴れの日の衣装だけでも。
「……足、なっげーなチクショー」
根負けのように悪態をついてポップは展示を見上げる。そこには婚礼衣装が二着、寄り添っている。
服だけなのに、それはどことなく笑って見えた。
2023.08.27. 15:45~16:40 +10分 =通算65分 SKR