愛ジャス新刊②サンプル・ブラッドリー・ブラッドショー
コールサインは〝ルースター〟。
ノースアイランドでトップガンの教官をしている。
恋人のピート・ミッチェルと暮らしている。
恋人とはいつでも結婚する気でいる。
・ピート・ミッチェル
コールサインは〝マーヴェリック〟。(現在は退役)
趣味が高じて車とバイクの整備士免許を取得し、修理店で働いている。
恋人のブラッドリー・ブラッドショーと暮らしている。
恋人のことはいつでも小脇に抱えられる気でいる。
※連続した日々の記録ではなく、二人のある一日を気の向くままに集めたもの、という設定です。
※上記の二人の設定は筆者の趣味です。上記の設定がなくても読み進められるものになっていますので、あまり気にし過ぎずゆるくお楽しみいただければ幸いです。
↓以下本文↓
×月+日△曜日
マーヴのことで、ほんのちょっと嫌なことがある。それは朝、俺が寝ている間にマーヴが先に起きてジムへ行ってしまうこと。時々一緒に朝を迎えることはあるけど、大抵の場合、寝て起きたらベッドにマーヴはいない。それは俺にとって寂しいことだ。
どうせ俺も同じジムでワークアウトはするんだから、二人で一緒に家を出たい。かと言って、朝のマーヴは待ってくれない。基本あの人は出かける準備もあまり待てないタイプだけど、朝は特にやる気いっぱいで、先に走りに行ってしまう。そう、ジムで運動をするのに、そのジムへ行くにも走って行くのだ。だからもう俺はついて行けない。そもそも睡眠時間は最大限確保したい。もちろん、そんなわがままはマーヴに通用しない。
だから作った。我が家にジムを。使っていない部屋を改装し、いくつかマシンを置いた。マーヴは目を見張って驚いた。
「ブラッドリー、これって……!」
「俺、家にジムが欲しかったんだ」
マーヴが一番に気にしたのは費用のことだった。元同業者なんだから、金銭事情はわかるでしょ? それに今どき、個人用のマシンなんて一般家庭にも置いてあるよ。
「すごいな……いつの間に」
「これでもう二度と、誰もジムでマーヴをナンパできないよね」
……あっ、本音が出てしまった。
+月×日△曜日
様々な商品が並ぶ陳列棚。スーパーマーケットのロゴが描かれたカートが方々でガラガラと音を立てている。
目当てのスナック菓子コーナーに差しかかると、マーヴにカートを預けて先を歩いた。ようやく見慣れた色使いのパッケージが現れると、手前から両手に一箱ずつ取り出した。
「ブラッドリー、ストップ」
マーヴの制止があるまで、俺はお気に入りのクラッカーをすでに四箱カートに入れていた。
「なに?」
「買い占めないで、最低でも一箱は棚に残しておきなさい」
カートのハンドルを握るマーヴは優しく俺に注意した。好きなお菓子はストックしておきたいのだけど。マーヴはそんな俺の性格を理解していて、棚を空にする前に俺の手を止めさせた。
「誰かが僕たちの後に買うかもしれないよ」
マーヴがそう言った時、ちょうど他の客がマーヴの背後から近づいてきた。道を空けると、その客は俺が買い占めそうになっていたクラッカーの最後の一箱をカートに放り込んだ。
「ほらね」
客が通路を去り、マーヴは片目を閉じて自慢げに微笑んだ。
「マーヴって勘鋭いよね」
「全部買うのは気が引けるんだよ」
「ふふ、それもマーヴの優しさだよね」
マーヴは首を傾げてはにかんだ。そういう些細なところが、マーヴの温かさを作り出しているんだと思うよ。きっとマーヴは大袈裟だって言うんだろうけど。
「まあ、これだけ買えばしばらくは保ちそうだし」
「なくなったらまた君が買いに来たらいいよ」
〝君が〟って……。
「俺一人でってこと?」
それはちょっとおかしくない? あからさまに不満を見せる俺と目が合い、マーヴは軽く笑った。
「君ももう大人なんだろう?」
そんなことを言いながら、俺の肩を叩くマーヴの視線は大人に向けるものではない。慈しむような……いや、憐れんでいるような視線だ。なに、俺が一人で買い物に行くよりマーヴと行く方が好きなことは問題なの?
「また二人で買いに来たらいいでしょ?」
「僕は家で待ってるよ」
「どうしてそんな寂しいこと言うの」
するとマーヴは呆れたように小さく首を横に振りながら、カートを押して俺の横を通り過ぎた。
「君の独り立ちを待ってるんだよ、僕は」
俺の独り立ち? そんなのできるわけない。だって、ようやく四六時中一緒にいられるようになったのに、どうしてまたわざわざ離れないといけないの?
マーヴは俺の反論をすべて予想していたみたいに、余裕を見せて言葉を継いだ。
「大丈夫、ゆっくりでいいんだよ。僕は一生でも待てるから」
それって。
「……ん、わかった」
買い物は必ずマーヴと一緒。これからもずっと。
×月○日+曜日
くだらないとわかっていてもやってしまうこと。用途不明ながらくたを買うこと。コーヒーにいつもより多めに砂糖を入れて後悔すること。それから、ネットで見つけた心理テストを試すこと。
「マーヴ、心理テストやってみない?」
ラップトップから顔を上げると、マーヴは俺を見て苦い顔をしていた。
「そんな嫌そうな顔しないでよ」
「そのテストで何がわかるんだ?」
一応内容を知る気はあるらしい。
「それはね……俺のこと本当はどう思ってるか」
だけど内容を知る気があるだけでテストを試す気はないらしく、内容を教えるとマーヴはため息をついた。そんなに嫌なの?
「そんなの僕に直接聞けばいいじゃないか」
それなら俺だって、ノリが悪いマーヴへの不満を隠したりしないからね。
「マーヴが本音を教えてくれるとは限らないでしょ。まだ完全な信用があるわけじゃないんだよ」
「教えるよ。君と僕の仲だろう?」
それってどんな仲? 大袈裟にマーヴを睨んでも、マーヴは平気そうに俺と目を合わせている。
「……テストすれば面白いのに」
「信憑性がないよ」
それはわかるけど、面白半分でやってみてもいいじゃない。
「なに、マーヴは心理テストに痛い目に遭わされた過去でもあるわけ?」
そうじゃなきゃ、俺の誘いをこんなに拒否するなんておかしい。きっと、答え方を間違えて過去の恋人を怒らせたりでもしたんじゃないの。でもこれはただの遊びだよ。俺は怒ったりしないし。たぶん。見るとマーヴは言葉を詰まらせ、俺から目を逸らした。
「ほらやっぱり、教えてくれないじゃん」
「それは君が心理テストで知りたいこととは違うだろ」
「なら他に何か教えてくれる?」
会話の流れに乗って、悪いとは理解しつつマーヴに尋ねた。言葉尻を捕えるのは俺の得意技だから。マーヴは少し考え、はあ、と息を吐いた。
「じゃあ君が知るべきことを教えてあげるよ」
「なになに」
「君のそのTシャツ、トマトソースがついてるよ」
は? うわ、ほんとだ……っていやいや!
「俺が知りたいのはそんなことじゃないんだけど」
とはいえ白いTシャツにトマトソースを溢していたことは相当ショックで、マーヴにツッコんだ勢いそのままに、赤く汚れた裾を強く掴んだ。するとその時、マーヴが俺の手を制止し、俺の耳元に顔を近づけた。
「僕が君のことを本当はどう思っているかなんて、そんなテストじゃ到底わからないよ」
耳から離れたマーヴの顔には、挑発的な表情が浮かんでいた。
「は、え? マーヴ、」
「そう思わないか、ブラッドリー?」
マーヴは軽く笑って俺の手を離した。
「君が知るべきことはまだある。だけどそれは僕のタイミングで話す。テストで知るなんてダメだよ。わかった?」
言い終えたマーヴが首を傾げて俺の返事を伺う時にはもう、その表情はいつもの優しい微笑みに戻っていた。
「は、はい……」
「よし、いい子だ」
俺が知るべきマーヴの気持ちって? それってもしかして、将来の道を決めるほどのもの? 色々な疑問が湧き上がるのにどれ一つとしてマーヴに尋ねることは許されなくて、ただ湯気が出そうなほど顔が熱くなるのを感じていることしかできなかった。この勝負、俺の完敗だ。
+月○日×曜日
夜。リビングの時計がいつもより遅い時間を指し、僕たちに就寝を促している。配信系のドラマというものは、一話を観終わっても次の週を待たずして続きが観られる。困ったものだ、この家には誰も続きを求める手を止められる人間がいない。
「そろそろ寝ようか」
一大決心でテレビを消すと、ブラッドリーはあくびをして頭を掻いた。彼は立ち上がった僕に手を伸ばし、引っ張り上げてもらうのを待った。
「ほら、自分で立ちなさい」
なんだか小さな子を諭しているような気分だ。 ブラッドリーは渋々自力で立ち上がった。
「もうこんな時間か―」
ブラッドリーが時計を見てそう言いかけた時、どこからか物音が聞こえた。その瞬間、僕もブラッドリーも揃って辺りを見渡した。
「マーヴ、今の音聞いた……?」
「……聞いた」
「おばけ……?」
ブラッドリーは怯えた声で僕に尋ねた。
「泥棒だとは思わないんだね?」
「わかんないけど、マーヴ見てきてよ」
言いながらブラッドリーは僕の腕を強く掴んだ。僕一人に行かせるつもりか。ただ、物音が聞こえたのは一度だけ。何かが起きたような気配もない。
「まあ大丈夫じゃないか?」
「怖くないの」
ブラッドリーは声を潜めて必死で動揺を抑えた。全く怖くないことはないけれど、もし誰かいるならもっと何か聞こえるはずだ。せめて音で状況を把握するため、彼の精一杯の叫びは無視してしばらく耳を澄ませた。
「……ほら、何も起きないよ」
「ちゃんと確認してよ、ここにいてもわからないじゃん!」
まったく、全部僕に任せて……。本当なら僕がブラッドリーの巨体を盾にしたいくらいなのに。
「そんなに気になるなら君が見に行ったらどうだ、おばけも僕より君の方が怖いと思うはずだよ」
ブラッドリーは痛めそうなほど強く首を横に振って拒否した。彼はいつの間にか僕の腕を掴むのをやめて、僕に身体全体で抱きついていた。恐怖と驚きで震える全身がぴたりと僕にくっつく。
どうしたものか、この大きな怖がりさんを。眠りたがらない時の寝かしつけ方はあるけれど……。
「よし、おいで。ベッドまで一緒に行こう」
ブラッドリーに僕の肩を抱かせ、二人並んでベッドルームへ向かった。それから一緒にベッドに横たわった。
「ほら、僕にくっついて、シーツを被って寝れば怖くないよ」
「俺、子どもじゃないんだけど」
「君が怖がるからだろう?」
君が坊やだった頃はこうして寝かしつけていたんだぞ。今と同じように、おばけがいるかもしれないと疑った時。君が覚えていようといまいと、これは事実だ。
「いいから、このまま寝てしまえば大丈夫だよ」
ぶつぶつと不平をこぼすブラッドリーに肩までシーツをかけてやり、彼の腕を向かい合った僕の身体に回させた。それから目の前の彼の身体にTシャツ越しにキスすると、まもなく彼は穏やかな寝息を立てた。まるで魔法にかけられたように。
「まだ君にはこの方法が一番なんだね」
ブラッドリー坊やを安心させるには、頭以外の全身をシーツで包み、ぬいぐるみを抱かせること。今ならぬいぐるみの代わりに僕を抱かせても有効らしい。今やこの世界で僕だけが知る、素敵な魔法だ。
きっとこの先も、僕が君のすべての不安を忘れさせてあげよう。夜は怖くない。僕がいればね。