風が吹くとき 風が吹く。その風は木々を揺らす。踊る木の枝には高く跳ね上がったボールが触れそうになる。背の低い芝生は小さく震え、所々に広がるブランケットや新聞がめくれ上がる。
「ね、外に出て良かったでしょ?」
仰向けで寝転んだ恋人は本を開いたまま、文字を追いながら返事をする。
「公園でゆっくりしようって提案したのは僕だよ」
それからふっ、と息を漏らして笑う。
よく晴れた休日。太陽の光に誘われた人々が、芝生の上で俺たちと同じように自由気ままに過ごしている。
「じゃあ、マーヴの名案ってことにしといてあげる」
隣を見下ろすと、整髪料のついていないブルネットの髪が風に吹かれてふわりと揺れる。柔らかいその髪に触れると、彼は開いた本を胸に置いた。それから空いた手を俺の方へ伸ばし、俺の口元にそっと触れた。俺は彼の手を取りその指先にキスをした。
遠くの噴水が日光を反射し、水しぶきが光の粒になって舞い上がる。本の影の下から現れた宝石みたいな彼の両目が、眩しい光の下で閉じられた。
また風が吹く。恋人のTシャツの裾がはためく。青い空を見上げ、真っ直ぐ伸びる飛行機雲の途切れた先で、ゆっくりと目を閉じた。
広い公園を駆け抜ける春の風。その風は大きな木の上で葉が擦れ合う音を鳴らす。遠くで噴水の水音が聞こえる。風は時折、子どもたちのはしゃぐ声を連れてくる。
「気持ちいい天気だね」
心地良い掠れた声が降ってくる。目を閉じると広がる真っ暗な視界を、明るい日光がまぶたを透かして白く塗り替える。
「……マーヴ、聞いてる?」
いじらしい恋人の声。彼はもう一度同じ質問を繰り返す。
「うん、いい天気だね」
微かにギターの音が聞こえる。その音の持ち主がどこにいるのかはわからない。聞き覚えのあるメロディーに、穏やかで甘い歌声が加わる。この声にも聞き覚えがある。毎日家で聞いている。
「君は本当に歌が上手だね。このままぐっすり眠れそうだ」
歌が途切れて、笑い声が僕の額に降りかかった。その後すぐに、口髭の感触と可愛らしいキスの音が同時に伝わった。
「そのまま目を閉じてて。俺の歌でゆっくり休んでよ」
言われるまでもなく、彼の歌声の中へと意識が溶けていきそうだ。だけどなんだか眠るのがもったいなくて、目を閉じながらも彼の声に耳を傾ける。彼が時々歌詞を間違えて歌い直すたび、僕は吹き出してしまう。
「マーヴ、正しい歌詞知らない?」
「うーん、知らないなあ」
彼は歌うのをやめて、鼻歌に変えた。
もう一度風が吹く。子どもたちの声がいつの間にか増えている。ギターは今度は知らない曲を奏で始める。風は芝生の隙間をすり抜け、僕たちの元へとやってくる。
「……この時間がずっと続けばいいのに。ね、マーヴ」
「大丈夫、ずっと続くよ」
風が止むことなんてないのだから。