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    田崎ちぃ

    @tazaki_c

    読み物。暇つぶしにどうぞ。

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    田崎ちぃ

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    読切ドラロナ。
    猫にされたロをドが闇オークションで五億で買う話。
    まだ付き合ってない。

    #ドラロナ
    drarona

    相棒の吸血鬼に闇オークションで買われる退治人の話「五億!」
     そう叫んだ吸血鬼は暗闇に覆われていた客席から立ち上がったらしく、ぼんやりと黒マントに身を包んだ細長い姿が現れる。
     突然飛び出た巨額な金額に会場中が鎮まりかえる。
    「おや、聞こえなかったかな? その子に五億だ」
     先程の吸血鬼――ドラルクが鋭い牙を見せてうっそりと笑う。
     これだから吸血鬼は信用ならないんだ!
     ライトアップされて煌めく銀の毛並みの猫の姿を大衆に晒していたロナルドは小さく舌打ちして、この男を相棒にしたことを悔やんだ。

    *

     薄暗い倉庫の中で、ニャーニャーと複数の猫の鳴き声が響く。並べられた檻の中がどれも獣臭くないのは元人間だったからだろうとロナルドは推測していた。
     なぜ彼が檻に閉じ込められた猫の一匹になっているかといえば、早い話が潜入捜査に失敗したからだ。
     人間を動物に変えて、いわゆる血袋扱いをしてオークションで売り捌いる敵性吸血鬼がいるという眉唾の情報を元に足を向けたのが一昨夜。

     目を凝らして見渡せば、小さな仔猫が怯えて丸まっている様子も伺える。あれが人間なら恐らく未成年者だろう。どこから拐われたのか。考えただけで虫唾が走る。
    「ニャー」
     他の猫達を励まそうにも出てくるのは可愛らしい猫の鳴き声だけで、言語でのコミュニケーションを取るのは不可能らしい。団結して逃げられたら困るものな。
     吸血鬼退治人がまんまと罠にかかって捕まっているのだから、慰めようにも呆れられるのが関の山だ。

     檻の中で一日を過ごして色々試したものの、鍵穴も見当たらず、今の猫の姿ではブチ破ることもできない。
     ぐーと空腹を訴えてロナルドの白銀の毛に覆われた腹が鳴る。先日押しかけた城で食べたドラルクの温かい食事が既に恋しかった。
     敵も生き血を狙っているのだから、このまま餓死させるつもりも無いだろうと相手が動くのを待つ。
     どうやら日が暮れたのか、倉庫の入り口が騒がしくなった。
     複数の男達――恐らく吸血鬼だろう――が檻を運んでトラックに積んで行く。猫達は恐怖に見舞われて鳴き声を口々に上げた。ロナルドの入った檻も共に積まれ、暗闇の中をトラックに揺られながら目的地へと運ばれて行った。

    「八百!」
    「九百!」
    「一千万!」
    「一千万が出ました、他はどうですか? では一千万円で落札です」
     暗闇の中、ステージを照らすささやかなライトの薄明かりが逆光となって、ロナルドのいる舞台裏からはオークション会場の様子はよくわからなかった。
     次々と猫の入った檻がステージ上に置かれては落札されて行く。夜目が効く吸血鬼達にとって、この薄暗さは当たり前なのだろう。
     ロナルドの入った檻がぐらりと持ち上げられ、ついにステージに上げられた。

     辺りは暗闇でも会場中からの不躾な視線だけはビリビリと身体中に感じる。ロナルドは久しぶりに恐怖を味わいながら、それを誰にも悟られまいと気丈に振る舞った。檻から出られさえすれば、勝機の可能性など幾らでもある。
    「美しい白銀の毛に、昼の空を彷彿とさせる青い双眸。健康はお墨付きの、なんと元吸血鬼退治人の愛猫です」
     司会の紹介に、会場がざわつく。
    「では七百万円からのスタートです」
    「九百!」
    「一千万!」
    「二千五百!」
    「三千万!」
     今までのどの金額より高く開始されたそれは吊り上がるペースも速い。退治人というだけでそれほど価値が上がるものだろうか。飼い慣らしていたぶるには面白い玩具なのかもしれないが。
    「五億!」
     涼やかな男の声が会場に響く。先程までざわめいていた会場は桁違いの金額に息を呑んで静まり返っていた。
     声を上げた吸血鬼が立ち上がり、黒マントに身を包んだ細長い姿が現れる。ロナルドにとって見慣れたその姿に目を見開いた。
    「おや、聞こえなかったかな? その子に五億だ」
     彼を見間違えるはずがなかった。ロナルドの相棒である男、ドラルクが吸血鬼らしく牙を見せつけて嗤っている。
     なぜこいつがここにいるのか。ロナルドは困惑する。今日の仕事については何も話していない。
     それなのにドラルクがこんな物騒な場所に出入りしている理由なんて、一つしかなかった。
     こいつもここにいる吸血鬼連中と同じだったというわけか。人間を食事としか見ていない。相棒だなんて口先だけで、吸血の機会を狙っていたのだろう。
     ロナルドは乾いた笑いを漏らした。
     どうせいつか戦おうと思っていた相手だ。檻から出た暁には一思いに退治すればいい。
     それなのに、ロナルドは自分の内から溢れてくる悲しみに苛立ち、戸惑う。
     相手は吸血鬼だ。自分とは違う生き物で違う思考をしている。初めから信頼も何もない、はずだったのに。
     裏切られたと嘆く自分にも、平気で嘘をつくドラルクにも腹が立ち、こんな男を相棒にしたことを悔やんで舌打ちをした。


     静まり返った一室で、ロナルドは檻の隅で毛を逆立てて外の様子を伺っていた。殆ど暗くて何も見えないのは相変わらずだが、高さがあるのでテーブルか何かの上に置かれているのだろう。
     やがて誰かがドアを開けて入って来たかと思えば、パッと部屋が明るくなる。電気がつけられて急に眩しくて目を細めた。
    「ロナルド君、探したよ」
     間違いなく聞き覚えのある声がロナルドを呼んだ。この吸血鬼はせせら笑っていることだろう、まんまと罠に嵌った愚かな退治人だと。
    「フシャッー!」
     その首をかっ切って塵をトイレに流してやる!
     ロナルドはそう意気込んで、檻を覗き込んで来るドラルクに己の小さな牙と爪を剥き出しにした。
     しかし予想とは違い、猫の姿のロナルドを見下ろす吸血鬼の尖った耳と二本の角のような癖毛はへにゃりと垂れていた。その先からサラサラと塵が落ちて死にかけている。
    「よかった、生きていてくれて……」
     ドラルクは白い手袋を外すと、そっと指を自分の口に含んで噛み付いた。
     牙で傷つけて、プツリと微かに血が溢れた指先を檻に塗りつける。カチャンと金属が擦れ合う音がして、ついにロナルドの目の前の檻が開いた。鍵は吸血鬼の血だったらしい。
    「シャーッ! ニャーッ!」
     触るんじゃねえ、俺のことを食事だとしか思ってないくせにっ!
     手を伸ばして来るドラルクにロナルドは抵抗を見せる。
    「食事?! 誤解だよ、君を助けに来たんだ」
     ロナルドには自分の声もニャーと鳴いているだけにしか聞こえないのに、ドラルクには理解できるらしい。猫も吸血鬼の使い魔に多いから、猫語も習得しているというわけか。
    「ニャッ、ニャーッ」
     だったらどうして、俺がここにいることを知っていたんだ。
    「全然既読つかないし、半田君にロナルド君の行きそうな場所を聞いて、まさかと思ってここに来たんだ。私を信じて欲しい。お願いだよ、ロナルド君」
     泣いて充血している三白眼をロナルドは青い双眸で見つめ返す。やがてロナルドは観念したように自らドラルクの手に掴まれて、大人しく細い腕の中に収まった。
     ドラルクは安堵して、ポケットからスマートフォンを取り出して誰かに電話をかける。
    「半田君? ロナルド君、保護したよ。そう、猫。怪我は無さそう」
    「ニャー!」
     やめろ、半田に猫になったこと言うんじゃねえ!
    「わっ、ちょっと、やめたまえ、暴れると私死んじゃうから」
     抗議してスマートフォンに小さな白銀の手を伸ばすロナルドが腕から落ちそうになるのをドラルクは慌てて抱き直す。
    「吸対も来てるから、きっとすぐに突入してくるよ。主犯の吸血鬼に見つかる前に逃げないと」
    「ニャン、ニャー!」
     逃げるわけないだろ、俺達も退治しに行くぞ!
    「えー、ロナルド君も退治しに行きたいの? こんな姿にされたのに懲りないね」
    「ニャア、ニャニャ!」
     こんな美味しいネタを放って逃げ出すなんてできるかよ!
    「しかたない退治人君だな」
     呆れた声を出したドラルクの高い鼻がロナルドの小さなピンク色の猫の鼻にそっと触れた。
     ロナルドは無意識のうちにフンフンと嗅いで、穏やかな、いつも通りのサンダルウッドの香りを肺いっぱいに吸い込む。吸血鬼から敵意は全く感じられなかった。
     身体中が温かくなったかと思えば、みるみるうちにドラルクより大きくなる。
    「重っ!」
     腕に抱いた男の重みに耐え切れず、ドラルクはスナァと崩れて塵山になった。そのすぐそばに人間に戻ったロナルドは赤い衣装を翻して華麗に着地する。
     ここは新横浜ではないので全裸にはならない。あしからず。
    「家賃アップしただけで死ぬザコのくせに、五億って何だよ。見栄を張りすぎだろ」
     うごうごと塵から人型に戻るドラルクを見下ろしてロナルドはポツリと溢す。
    「いいんだよ、芝居なら大胆に大袈裟くらいの方が本物に見えるだろう」
    「……あんなにたくさんの猫がいたのに、何であれが俺だってわかった?」
    「吸血鬼なら自分のものがどれかくらい、簡単に見分けがつくよ」
     いつ俺がお前のものになったのか全く覚えがねえけど。これって脈アリというやつだろうか。
     ロナルドは首を傾げながら、廊下に敵がいないか確かめてさっさと部屋を出る。ドラルクはその後ろをマントを靡かせて追いかけた。
    「早く退治を終わらせて、城に帰って新作ゲームしよう。対戦で試したいことがあるんだ」
    「え、まさかそれだけために俺のこと探しに来たのか?」
    「きっかけはそうだけど、でもラッキーだったよね。君が攫われたことに早く気がつけて」
    「お前が来なくてもロナルド様は脱出くらい余裕だったけどな」
    「わかってるよ、君が強い退治人だってことくらい。ただ相棒として、私が心配でたまらなかっただけなんだ」
     これだからメンタルもザコな吸血鬼は。
     いつまでもぐすぐすと涙ぐむ男にロナルドは眉尻を下げ、たまには絆されてやるのも悪くないかと思ってしまう。危険を顧みず、助けに来てくれたのは事実なので。
    「ほら早く行くぞ、相棒」
    「待ってよ、置いて行かないでぇ」
     熱くなった顔を隠すように深く帽子を被り直したロナルドは己の心境のむず痒さに耐えられず駆け出した。
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