夏の終わりのかき氷 七海はその話を虎杖悠二から聞いたのだった。
「この間、五条先生がかき氷食べたいって言うから、伏黒と釘崎と俺でお店に連れてったんだよね」
けど頼んだのがテーブルに来てから、これじゃない、もっとこうシロップが違うのに味が同じやつがいいって、駄々こねるから釘崎がオッサン面倒くさいわねって。
口を尖らせた五条の顔が、目はいつものとおり隠されていたものの、何となく悲しそうで、虎杖は気になったのだった。
「まあ、でも、全部食べてたけどね、五条先生。食べるんなら文句言うなって伏黒が言ってさ」
様子を思い出したのか虎杖は楽しそうに笑った。
「そうですか」
「これこれ。このかき氷」
虎杖は携帯を取り出して、釘崎お薦めのかき氷の写真を見せてくる。
「メッチャ美味かった」
ひとしきり話した後、じゃあねナナミンと手を振る虎杖を七海は見送った。
その日、七海は恋人の五条と公園を歩いていた。会うこともままならなかった繁忙期も過ぎ、昨日は久しぶりに七海の部屋で五条との時間を堪能することができた。遅いブランチを外で取り、そのまま足を伸ばして都会のオアシス的なこの公園を散歩している。
「あっつい…」
木陰のベンチに座り五条が言う。
「歩き回るとやっぱりまだ暑いね~」
緩いティーシャツの襟をパタパタさせる五条を見下ろして
「ちょっと待っていてください」
七海は公園の何処かへ消えた。程なくして、両手に何かを持ち戻ってくる。
「どうぞ」
五条は目を見開いた。紙カップに入ったかき氷だった。先がスプーンになったストローが刺さっている。
「こういうのが食べたかったんでしょう」
「あ、うん」
差し出されるままに五条はそれを受け取った。五条のはブルーハワイ、七海のはレモンだった。
「冷たい…」
二人はベンチに座ってザクザクシャクシャクとかき氷を食べた。
「ね、そっち食べさせて」
「…どうぞ」
五条は七海のかき氷を小さなスプーンで掬って口に入れ
「うん、同じ味だ」
楽しそうに笑う。
「…こういうのは屋台で買えますよ。屋台は祭り以外でもこうした家族連れの多い公園にも出ています」
あと、フードコートにもありますね、七海が言うと
「ふ~ん、最近はそうなんだ」
「昔もそうでしたよ」
昔。あれはどこで買ったんだったか、灰原とかき氷を食べていたら、髪の白い背のデカい先輩に絡まれたことがある。
「お前ら知ってる? かき氷は全部同じ味なんだぜ」
何故か勝ち誇ったように言うその顔がウザくて、七海は黙っていたが灰原は、そうなんですか?? と素直に反応していた。原料がどうの香料がどうのと蘊蓄を垂れる五条に「え~でも…」灰原は反論した。
「レモンはやっぱりレモンの味がすると思うけどなあ」
「だからそれ、騙されてんだよ。脳が視覚に」
そうかなぁ…灰原は横にいる七海のかき氷を掬って食べ
「うん、七海のかき氷はレモンの味ですよ」
「そんなわけないだろ! 七海、俺にもよこせよ」
「嫌ですよ」
「五条さん、宇治金時は? 宇治金時は明らかに宇治金時ですよね?」
「は?」
しばし絶句した五条は「待ってろ、買ってくる!」と駆け出し、「悟、授業始まるよ!」夏油が追った。家入はゲラゲラ笑っていた。
「ね、舌見せて」
振り返ると、かき氷を食べ終えた五条が七海を見つめている。
「…嫌ですよ、恥ずかしい」
いいじゃんほら! と五条は先にベッと舌を出す。ブルーハワイの色に染まった舌と五条の顔を見ながら、可愛いと、思う自分がいるなんて、あの頃の自分が知ったらどう思うだろう。
七海は仕方なく、舌は出さずに軽く口を開けた。
「あはは、黄色い」
五条は無邪気に笑っていた。
「味は野薔薇お薦めの店の方が美味しかったかなぁ」
ゴミを捨て、公園を出ながら五条が言う。
「フルーツがたくさん乗ってるんだよ。あとね、氷がね、フワフワ」
「そうですか」
「あれはもう、別モノだね~」
少しだけ遠い目をする。しかし口元は楽しそうに、笑んでいた。
「今度、食べに行こうよ」
「ええ」
釘崎お薦めのそのかき氷を、自分は全部食べきれるだろうか、七海は思う。でもまあ、残したら残したで、隣にいるこの人が食べるだろう。
「夏が終わる前に食べられて良かったですね。かき氷がまだ売っていて」
「うん」
見上げると空は青く、あの頃の空もこんな色だったろうか。それとも夏が終わろうとしている今よりもっと強い青だったろうか。
「また食べましょう」
七海は言った。