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    ぐ@pn5xc

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    高専、まだ何も始まってない無自覚七と五です。ななご3days2023 にUP

    #七五
    seventy-five

    パンの話 きっかけは灰原だった。
     任務を終えた五条悟は、夕飯を求めて高専の食堂に入った。そこで一年後輩の灰原雄がおにぎりを作っていたのだった。
    「あ、五条さん、お疲れさまです!」
    「…何やってんの」
    「おにぎりを作ってます!」
    「や、それはわかるけどさ」
     灰原の作るおにぎりは、ソフトボールくらいの大きさで、海苔などは一切巻かれていない。それをいくつも…今あるだけで十個はあるだろうか…握っていた。
     
    「何? 定食食わねえの?」
     食堂が閉まる時間まではまだ間があった。灰原は一瞬きょとんとした顔をしたが、ああ、と頷いた。
    「僕はもう食べました! これ、七海のです」
     七海、今日、帰りが遅くなるみたいで、食堂閉まっちゃうからこうしておにぎりを握ってるんです。ニコニコしながら灰原は言う。
    「ほ~ん…」
     定食は、おばちゃんに言えばトレイごとラップして取っておくことができる。入学して間もない一年は知らないのか…五条は思った。
     教えてやるか、でももう作っちまってるしな…
    「ていうか、すごい量じゃん。アイツそんなに食うの?」
     七海の細っこい体を五条は思った。
    「七海はたくさん食べますよ」
     灰原はにっこりした。
    「本当はパンの方が好きなんですけどね」 

     七海はパンが好き。たくさん食べる。
     五条は頭の中でそれを反芻した。そういえばあいつ、高専のベンチでパン食ってたな。灰原と並んで灰原の話を聞きながら、モグモグと、パンを食ってた。いつもはシュッとした滑らかな頬を膨らませて、モグモグ咀嚼して、ごくりと飲み込んで。喉仏が少し動いて。それからいつもは澄ましているくせに大口を開けてまたパンに噛みついてた。
     灰原といるとき、七海は穏やかだ。時々笑ったりもする。俺と向かい合うといつも仏頂面で、発する言葉といえば「はぁ…」「はぁ?」「何ですかそれ」そんなんばっかなのに。
     
    「やあ、灰原。すごい量だね」
    「あ、夏油さん、お疲れさまです!」
    「おかずはないのかい?」
    「唐揚げをもらってあります!」
    「はは、ビニール袋に直か、豪快だね」
     全部、七海が食べるの? いえ、僕も一緒に食べようと思って。 いいね。そうだ、インスタントの味噌汁があるよ、後で私の部屋に取りにおいで。 わぁ! ありがとうございます!
     夏油とのやりとりを五条はぼんやり聞いていた。
    「悟?」
    「夕飯食べるんだろう? 行こう」
    「あ、うん」
    「唐揚げ定食だって」
    「うん…」
     夏油に促され、五条は定食のトレイを持った。頭の中ではまだ、パンにかぶりつく七海の顔が浮かんでいた。
     
     七海建人は困惑していた。
     最初はいつだったろう。確か一週間ほど前か。風呂から上がり廊下に出たところで、一年先輩の五条悟に捕まった。七海はこの先輩が苦手だ。最初に会ったとき、何て美しい顔をしているのだろうと見惚れた自分を叩き落とすように次々と繰り出された暴言暴挙。同学年の灰原にはそうでもないのに、自分には何故かいつもウザ絡みしてくる。
     黙っていれば綺麗なのに。黙っていれば、その柔らかそうな白い髪もサングラスから覗くこの世のものとは思えない碧い碧い目も、それを縁どる鬱陶しい程の白い睫毛も、憎たらしい赤い唇も…
     
     夏油や家入といるときに時々見せる素直な顔、稚く無垢なあの顔。こちらを見つけるとすぐに目が輝いて、獲物を見つけた猫みたいに、そう猫みたいだ。絡まれる自分はたまったものじゃない。
     
    「何ですか?」
     七海は口を開いた。会釈して通り過ぎようとしたのに、この先輩は行手を阻んだ。
    「部屋に帰るとこなんですけど」
    「これ」
     五条は持っていたコンビニ袋を押し付けてきた。
    「お前、パンが好きなんだろ? …コンビニ行って、買い過ぎたから…」
     袋を覗くと二色パンが入っていた。カスタードとチョコクリームの入ったあれだ。
    「…ありがとうございます」
     七海は戸惑った。どういう風の吹き回しなのだろう…。顔を上げて五条の顔を見たが、サングラスのせいで表情は測れない。
    「…ありがとうございます」
     七海はもう一度言った。
     そう、それが一週間前のことだ。
     
     それから五条は毎日のようにパンを届けに来た。最初は七海が一人でいるときを狙っていたようだったが、途中から慣れたのか灰原と一緒にいるときにも手渡してきた。いつもコンビニの袋で中にはごっそりパンが入っている。日に日に量が増えてきていた。
    「わぁ、すごいね」
     五条が去った後、袋を覗いて灰原が言う。
    「全部、甘いパンだ」
     そう、甘いパン。薄皮クリームパン六個入り、薄皮あんパン六個入り、ホイップクリーム&小倉あんのハーモニーパン、何たらデニッシュ砂糖がけ、さらに何たらデニッシュ、さらに…
    「……嫌がらせなのか?」
     七海は独りごちた。
     
     
    「悟」
     夏油傑は言った。
    「寝るんなら自分の部屋で寝な?」
     黙って部屋に入ってきて勝手にベッドの上に上がり、そこまではいつものことだったが、夏油の枕に顔を突っ伏して動かないこと三〇分は経つ。
    「何かあった?」
     返事はない。
     夏油は軽く息を吐いて、報告書の続きを書く。と、
    「パン…」
     くぐもった声がした。振り返ると突っ伏した格好のまま、五条が何か言っている。
    「…甘いパン…嫌いだって言われた…」
     夏油は首を捻った。
     すん。小さく鼻をすする音がした。
     
     夏油は自分の枕に顔を押し付けピクリとも動かない親友の白い頭を見た。
     そういえば……このところ悟は頻繁にコンビニに出かけていたっけ。任務の帰りには必ず寄っていたし、任務のない日はわざわざ出かけて、そのせいで午後の授業に遅れて夜蛾先生に怒られたりしていた。夏油と一緒に入ったときも今まではスイーツコーナーに真っ直ぐ向かっていたのに、最近はパンのコーナーに行っていた。買うのはやはり甘いパンだったので、まあそんな気分なのかなと、あまり気に留めなかったのだが…
     
     夏油は、五条がパンを選ぶとき、やけにキラキラした目でじっくり時間をかけていたのを思い出した。いつもだったらすぐに袋から買ったものを出し、食べながら帰ったりするのに最近はそれもなかった。やけに大切そうにコンビニの袋を抱えていたっけ…
     
     …ああ、夏油は合点した。
    「七海はさ、シンプルなパンが好きなんじゃない」
     五条の肩がピクリと動く。
    「甘いパンじゃなくて」
     少しの間があった。
    「……カレーパンとか?」
     うん、それもいいけどね、
    「コンビニをもう少し行ったところにパン屋さんがあっただろう? あそこのパンなんかがいいんじゃないかな」
     五条は黙って夏油と行ったことのあるそのパン専門店を思い出しているようだった。
    「ハムとチーズを挟んだバゲットとか」
    「…そんなんあったっけ」
    「君はいつも甘いパンしか見てないからね。ほら、コロッケパン、一緒に食べたじゃないか」
    「…コロッケパンは美味かった」
    「そうだろ? あとは…胡桃と無花果の入ったパンとか、いろいろあるよ」
    「いいよ、もう。迷惑って言われたし」
     すん…もう一度音が聞こえた。
     
     夏油は金髪の線の細い後輩のことを思い浮かべた。確かに神経質そうなところはあるけど、七海は礼儀正しい子だ。それでも気の強いところがあるから、悟と喧嘩でもしたのだろうか。売り言葉と買い言葉で……でも。
    「七海がそう言ったのかい? 悟からもらうのが迷惑って」
     
     五条はゆっくり七海とのやりとりを思い出しているようだった。
    「甘いパンはあんまりって…」
    「うん」
    「たくさんは食べられないから」
    「うん」
    「…毎日もらっても困るって」
     毎日渡していたのか? 夏油はもっと早く気づいてやれば良かったと思った。
    「ね、そういうことだよ」
    「何?」
    「七海は甘いパンが苦手、毎日は困る、ただそういうこと」
     君が嫌いなわけじゃない…それは言わなかったが、五条はやっとベッドの上で身じろぎした。
     
    「桃鉄やる?」
    「やる」
     五条は身を起こした。鼻の頭が赤くなっている。夏油は笑って
    「その前にそれ、片付けちゃおうか」
     五条が持ってきたコンビニの袋には菓子パンが十二個ほど入っていた。いや、多いな! 夏油は思ったが二人で黙々とそれを食べた。手がベタベタになるのでタオルを濡らしてお絞りにしたし、夏油は途中でインスタントのブラックコーヒーを二杯飲んだ。結局、ほとんどを五条が食べた。
     
     ◇  ◇  ◇
     
    「パンはもういいです」
     いつものようにコンビニの袋を渡そうとした五条に、七海はそう言ったのだ。
    「あんまりたくさんもらっても食べ切れませんし。わざわざ買ってくださったのに申し訳ありませんが」
    「は?」
     五条は狼狽えた。
    「べ、別にわざわざ買ってねーし」
     自分の顔が赤くなるのがわかってさらに狼狽えた。
    「自意識過剰なんじゃねーの?」
     七海を見ると七海もまた赤い顔をしていた。何か言いたげに口を開くが、クッと顔を歪め踵を返す。
    「とにかくそういうことですから」
     そのまま去ろうとした七海に小さな声が届く。
    「お前…パン、好きじゃなかったのかよ」
     振り返ると五条はやけに静かな様子で立っていた。何なんだ…。胸に何かわからない感情が湧いて七海は動揺した。動揺したまま
    「甘いパンはあまり…」
     五条は黙っている。
    「だから、毎日は食べられないので…」
    「わかった」
     七海はペコリと頭を下げ、今度こそその場を後にした。何なんだ、何なんだ…。いつもあの人は突拍子もなくて、こちらの都合も考えないで、関わると振り回されて、嫌なことを言われて、なのに、何で、何でこんな気持ちになるんだ。
     
     自分が泣かしたような
     
     七海は振り返った。五条はもういなかった。あり得ない。気のせいだ。サングラスで目は見えなかった。そう、見えなかった…
     七海は、自分が泣きそうな気持ちになっているのに気づいた。馬鹿な。こんなくだらないことで。
     あの人と関わるとくだらないことばかり起こる。
     それでも七海はしばらくその場に立ち止まって、風に揺れていた五条の白い髪のことを思い出していた。
     
     ◇  ◇  ◇
     
    「あいつ、すぐ赤くなるよな」
     夏油は首をまわして、チュッパチャプスを舐める親友を見た。五条の視線の先、すっかり緑になった桜の木の向こう、後輩の二人が歩いている。
    「色が白いからかな」
     …君もね。
     本人は隠せてるつもりの、横から見ればはっきりとわかる、サングラスの下の白い頬に差す朱を夏油は見ていた。
     この親友は後輩にまたパンを渡せるだろうか。
     
     それにしても…
     夏油は思った。
     五条悟、後輩に泣かされるか…
     
     言えば、「は? 泣いてねーし!!」と言うだろう。赤い顔で。
     硝子に言うのももう少し待ってみるか。だってね…
     
     七海は五条をよく見ていた。夏油らと笑い合う五条を少し離れたところで、灰原と歩きながらよく見ていた。時々赤い顔をしながら。
     
     まあ、静観してみるか。毎日はマズイだろうということは伝えた。あとは悟次第かな…いや、意外と七海の方から…
     ククッと夏油は笑った。
    「何だよ? 何笑ってんの?」
     五条が言う。
     
    「うん、ちょっとね」
     訝しげな親友に夏油は言った。
    「ほら、悟。新緑が綺麗だよ」






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