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    まこつ

    文字書き。たま〜に絵。主にすけべを載せる予定。
    男女カプ、BLごちゃまぜ。
    小説全文はタップで続き見れます。

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    まこつ

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    要くん入院中のジュン要。
    あらすじ
    いつものように見舞いにいくとさざなみの歌が聞きたいと要にせがまれるジュン。そこから過去の思い出話になり、自分の気持ちを段々理解していく要。
    ある日ジュンにリハビリに付き合ってもらううちに想いが溢れてしまった要は…。

    これで付き合ってないの?という付き合う前のイチャイチャジュン要から実を結ぶまで。付き合った後のジュン要もいいけど告白が好きすぎて二作目です。

    #ジュン要
    junShaku
    ##ジュン要

    その手を離さない/ジュン要要が入院している病室。オフの日の昼前、ジュンは差し入れのプリンをコンビニで買って病院を訪れた。
    今日は「さざなみの曲が聴きたいのです」というリクエストから、部屋で眠っていた未使用のイヤホンも持ってきた。この部屋にはテレビもCDプレイヤーもない。スマホも持っていないそうで、連絡はもっぱら兄のHiMERU伝い。そういったものを再生できるのはHiMERUがいる時だけだという。今日の曲を聞かせるのだって、一応HiMERUに聴かせてもいいかと許可を取ったくらいだ。
    本人は「前は思い出して混乱して、パニックになったりしましたけど、もう大丈夫なのです」と言っていたが。

    「これ、イヤホン」
    「ありがとうございます。ふふ、楽しみですね」
    「プレッシャーかけるな…」
    「えっと、さざなみは今、Eve…Eden?というユニットに所属しているのですよね」
    「ああ」

    スマホでEveとEdenの違いをメンバーの写真を見せながら再度説明する。

    「この黄緑の髪の人が、さざなみがいつも言っている『おひいさん』ですか」
    「そう。とりあえずEveの曲から流すけど、このおひいさんと歌ってるやつな」
    「さざなみ、早く再生してください!」
    「わかった、わかったから」

    イヤホンをして準備をする要の顔はわくわくが隠しきれていなくて気恥ずかしい。
    Eveに、Edenになってから出会った人に曲を聞いてもらうのとは心持ちが全然違う。燻っていたあの頃を知られている所謂友人に、それも立場が逆転した相手に成功している自分を見せる後ろめたさもあった。
    いいのかと念を押して、それでも嬉々として首を縦に振る様子にこちらも折れて今日を迎えた。
    再生ボタンを押して、聞こえているか確認した後はベッド脇のパイプ椅子に座って曲を聞いている要の姿をぼんやりと見つめていたが、だんだん気まずくなってなんとなくスマホを取り出してみる。
    意味もなく既読のメッセージを見返したり、覚えているのに明日の予定を再度確認したりして、どうも落ち着かない。
    もう一曲目は終わっただろうか。連続再生になっているためそのまま曲を聴き続ける要をチラリと覗き見ると、途中で目を見開いて、笑いが堪えきれなかったようにふっと噴き出した。

    「なっ、なんだよその顔」
    「だって、『おいで』なんてキャラじゃなさすぎて驚いています」
    「なっ…そういう曲なんだっての!自分でも慣れないことしてるなとは思ってるけど、これが…今のアイドルとしてのオレ、なんで」

    ライブ映像を見せたらどんな顔をするんだろう。顔を赤くしそうな気がする。それにあのパフォーマンスを見せるのも少しだけ躊躇っている自分がいる。あれはそういう魅せ方だと言って納得してもらえるかどうか。
    そっとイヤホンを外した要は意地悪そうな顔でこちらを見つめてくる。

    「…じゃあ、今言ってみてください」
    「は?何を」
    「さっきのセリフです」
    「な…っわ、わがまま言うな、あれは舞台仕様だから素でやるもんじゃねえの」
    「言ってくれないと今日のハグタイムはなしです」
    「べ、別にオレは構いませんけどお〜?あんたがどうしてもってんなら…別だけど」
    「……どうしてもと言ったら?」

    まるで誘うように、切長の目で見つめられて一瞬息が詰まる。要がアイドルをしていた時、色っぽさを売りにしていると聞いた時はそんなことないだろ、と思っていたが不意に見せる憂いのある目元はドキリとするほど美しくて。無意識に心臓が高鳴ってしまう。

    「〜〜っ あーもう…じゃあちょっと目瞑って」
    「? 変なことしないでくださいよ」
    「わかってるって」

    目を閉じたのを確認して、ギッと音を立ててパイプ椅子から立ち上がる。ベッドの柵に手を掛けてそっと耳元に顔を寄せた。

    「…『おいで』」
    「…っ!」

    要相手には絶対使わないだろう声色で囁いた。
    ビクリと肩が震えたと同時にこちらを向いて見開かれた蜂蜜色の瞳。
    顔を寄せていたため至近距離で目が合って、驚かせたつもりがこっちもドキッとしてしまった。

    「…とうじょ…」
    「ふふ、よく言えました」
    「うお…っ」

    そう言うとガバッと首に抱きついてきて、体勢を崩して思わずベッドに手をついた。

    「…十条?…この体勢、キツい」
    「…うるさいです。今顔を見られたくないのでこのままなのです」
    「は?」

    そう言われてどんな顔をしているか気にならない奴はいないだろう。がら空きの細い腰を指先でツンツンすると、変な声を上げたと同時に首に巻き付いている腕が緩んだ。
    その隙をついて顔を隠せないように細腕を掴んで引き剥がす。

    「な」
    「へえ〜」

    照明の下に晒された顔は真っ赤で、口元はわなわなと震えている。
    余裕そうなことを言っていたが、実際こんな顔をしてくれたことについ厭らしい笑みが溢れてしまう。

    「照れてんじゃん」
    「違います!!」
    「違わねー」
    「らしくなくてこっちが恥ずかしくなっただけなのです!!」
    「らしくなくてドキッとしましたってことだろ?」
    「〜〜〜っ」

    耳まで真っ赤にする姿が可愛くて、ぐいっと腰を引き寄せて今度は自分から抱き締めた。

    「そういう反応、嬉しい」
    「…ぼくは心臓が持たなくて嫌なのです」

    ベッドに上がっていいと許可をもらい、胡座をかいた上にちょこんと十条が座る。身長もあまり変わらないし、ちょこん、というのはイメージに過ぎない。ほんとに軽いな、こいつ。と細い胴に腕を回しつつ思った。
    要が言っていた「ハグタイム」は、以前少しパニックになった時に落ち着かせるために抱き締めたことがあり、それ以降「落ち着くから」と催促され、今では呼称を付けられ毎回その時間を設けることになった。

    「…さざなみの歌声、とても久しぶりに聴きました」
    「…そうかよ。まあ、あんたが在学中も歌を披露する機会なんてなかったっすからねえ。下働きばっかやってたんで」
    「いつだったか、練習室でもなく校舎裏で自主練習しているところを見かけて、声を掛けたんですよね」
    「あ〜その時か、聴いたの」
    「…とても綺麗な声だったので、どの特待生が練習室も借りずこんなところでレッスンしてるのだろうと思ったのですよ。…勿体ないからぼくの仕事を分けてあげると言ったのに、さざなみは必要ないの一点張りでしたよね」
    「よく覚えてんな」

    要の話から当時のことが走馬灯のように頭に浮かんでくる。特待生に返り咲いて、ふんぞり返って自慢げにそう言われてムカついたのを思い出す。結局、あんたもそっち側だったのかと。「あいつだけは」なんて変に期待した自分にも嫌気がさした。
    あの頃のモヤモヤした感情がよみがえってきて、自然に眉間に皺が寄る。

    「…覚えています。…覚えていますよ、全部」

    適当にお腹あたりに置いている手に手を添えられて、思わずビクリとしてしまう。

    「…オレの存在は覚える価値のない取るに足らないモンじゃなかったのかよ」

    「…あれは建前です。他の特待生の目があったから。…さざなみがいてくれて良かったと、思っていましたよ。きみは僕を特異な存在として見ない、きみがぼくを見つめる瞳は、いつも同じでしたから」
    「…あんたもそんなに変わんなかっただろ。ずっと上から目線だったし」
    「む。そんなことはないのですが。あの短い間でぼくは一回りも二回りも成長したのですよ」
    「ま、あんたはそう思ってるかもしれないっすけどね〜」
    「……でも、さざなみはさざなみのままで良かったです。あの時ぼくの仕事を受け入れていたら、さざなみもあの事件でぼくを糾弾していたかもしれませんし」
    「だからずっとあの集まりには近寄りたくないって言ってただろ。…まあ実際、あんたを傷つけなくてすんで良かったと思ってる。……助けてもやれなかったけどな」
    「さざなみが悔やむことは何もないです。きみは、きみの信念を貫いただけでしょう。…羨ましいです。ぼくは、誰かに導いてもらわないと、先に進めない、何も出来ない、子どもです」
    「……」

    添えられた手に少し力が篭る。見えないが、声色から表情を曇らせていることはわかる。
    すり、と横顔に頭を擦り寄せると身動ぎされた。

    「な、なんですか、くすぐったいんですけど」
    「…ほんと、放っておけねえなと思って」

    たとえそうでも、支えると決めた。一人で進めないのなら、手を取って導いてやる。
    昔、暗闇の中手を引いてカタコンベに行った時のように。

    「…歌声、あの時校舎裏で聞いた時よりも甘い気がします。…これがアイドルのさざなみなのですね」

    おひいさんに拾われて、Eveになって、Edenになって。
    こいつを置き去りにして、一筋垂らされた蜘蛛の糸に縋って、一人地獄から抜け出した。
    『アイドルになる』その夢のためなら、何にだって縋ろうと思った。だから、あの日差し出された手を取った。
    巽先輩とこいつを救えなかった後悔を残して。

    「……ああ」

    こいつの知らない、オレの顔。アイドルとしての漣ジュン。
    今人付き合いのあるESの人たちは、ほとんどアイドルになってから出会った人たちだ。
    日和でさえも一緒にいる時は背筋を伸ばしていないと、と少し気を張るから、ありのままで力を抜いて側にいられるこいつのような存在は貴重だ。だからこそ、一緒にいて安心するのだと思う。

    「アイドルになった。なった、けどさ。たまにこうやって自分がアイドルなんだってこと気にしないであんたと会うことが出来るの、なんつーか…ほっとする」
    「……」
    「Edenのメンバーって、すごくてさ。ついていくのに必死で…ボロが出ないように出ないようにってすげー気張ってるとこもあって。あんたにはボロボロだった時代のオレを見られてるから、今更隠す必要もねえなあって」
    「…ぼくも、さざなみが来てくれると、嬉しい、のです」
    「!」
    「さざなみとの思い出は、いつも温かいのです。さざなみのことを思い出すと、一緒につらいことも思い出してしまいますけど、それでも。胸の奥に温かいものがずっと残ってくれるのです。だからこうやってさざなみに会うとドキドキして……ドキドキ…し、て」

    あの頃はこうだったと嫌味を言われるかと思ったら、返って来た以外な言葉にドキリとする。
    言葉尻が弱くなった要の耳が視界に入ると、だんだんと赤くなってきてこっちの体温まで上がってくる。

    「…なあ、それって」
    「なっなんでもないのです!ぼくはいつも平常心なのですから!忘れてください!」
    「どのへんがいつも平常心なんだよ、喜怒哀楽の化身みたいなもんだろあんた。ま、そこが可愛いとこだけど」

    急にバタバタと腕を振る要を逃がさないように抑えながら、顔が緩むのが止められない。

    「〜〜っ!あ、さざなみのソロ曲もあるんですよね!それも聴きたいです!」
    「や、あれはまた変な顔されるというか…小っ恥ずかしいからオレが帰ってからーー」

    バタバタとしているとコンコン、とドアがノックされる音がして、二人してビクリと動きを止めてしまう。

    「要、入るぞ」

    聞き覚えのある低音がドアの向こうから聞こえて、静止の言葉を言う前にガラリと引き戸が開けられた。

    「あ」
    「お兄ちゃん」

    腕の中の存在と同じ髪色、同じ瞳の色とバチッと目が合う。

    「…!?どういうことなのです、これは」
    「い、いやどうもしてないっすけど、なんか、流れで…?」

    今のHiMERUーーの正体は実の兄らしいこの人に睨まれると、同じ顔なのにどうしても怯んでしまう。
    まして病室という場所が場所だけに、この密着具合を人に見られるのはさすがに罪悪感があった。
    気まずさに目を逸らし、ゆっくりとベッドの上から降りる。

    「…十条、お兄さんと話しろよ。オレはもう帰るからさ」
    「か、帰ってしまうのですか?別にさざなみがいて困ることはないのです」

    つい、と袖口を引っ張られ、先ほどの余韻でまだ赤い頬に上目遣いで見つめられ帰りたくない気持ちを抑えながらくしゃくしゃと頭を撫でる。

    「いっぱい話したからお兄さんと話す体力残しとかないとだろ。…また来るから」
    「…っ絶対、ですよ」
    「ああ」

    帰り際、相変わらず鋭い目線を投げかけてくるHiMERUに苦笑いをして病室を出た。
    病院を出たところで指で頬をポリポリとかく。抱きしめた熱がまだ残っている気がして、要の言葉を反芻してまたニヤけそうになる。

    (…期待、してもいいんすかね)


    .


    ジュンが帰った後の要の病室。
    HiMERUはベッド脇のパイプ椅子に腰掛けると、来る途中で買って来ていたコーヒーに口をつけた。

    「お兄ちゃん。さざなみがプリンを買って来てくれたんです。2個あるのでひとつ食べませんか?」
    「それ、漣が食べる分じゃなかったのか?」
    「どうでしょう。あまり食べる素振りはなかったですが…」
    「…じゃあ、せっかくだからもらうよ」
    「はい!」

    そうしてプリンも食べ終わった頃、HiMERUはひとつ咳払いをして普段の余裕のある喋り方とは違い気まずそうに喋りかけた。

    「…要。漣とは、その…どうなんだ」
    「どうって…」

    先ほどのことを言っているのは安易に想像できた。少し考えて、布団を手で弄びながらぽつりと呟くように答えた。

    「ぼくは、友達でありたい、んですけど…」
    「友達とあの距離感なのか?」
    「わ、わかりません。だって、友達なんてさざなみしか、いないので…わからないんです。最近さざなみと会うとドキドキしてまともに顔が見れないのも、ぎゅっとされると嬉しいことも、帰ってほしくないと思うのも、友達だからではないのですか?」

    (ぎゅっとされると…?)

    すでに友達の距離感から逸脱しているような言葉にHiMERUは頭を抱える。

    「…それは…」
    「前は、こんなことなかったのです。学校で会っている時は全然だったのに…」
    「……漣のこと、好きなんだろ」
    「…好き…?」

    HiMERUの言葉を聞いた要はぽかんとした顔をする。そこまで思っていて無自覚なのか、とHiMERUは心の中でため息をつくが、まともな交友関係がなかった要にこの感情が何かを説くのは難しいだろう。それに、これが初めてのことなら尚更。

    「恋愛感情、ってやつなんじゃないのか」
    「恋、愛…」
    「まあ、ゆっくり考えればいいさ。漣は逃げたりしないと思うしな」
    「…今日会ったばかりなのに、また来てほしいと思うのはわがままでしょうか」
    「ははっ要は寂しがりやさんだな。でも、別に悪いことじゃない」
    「…あの、お兄ちゃん」
    「ん?」
    「さざなみに…手紙を書きたいのです。ダメですか…?」
    「…いや。ダメじゃない。封筒と便箋、買ってくるな。書けたら渡すから俺に預けてくれ」

    恋文でもしたためるのだろうか。もう口を挟むような段階ではないと思い、言われたまま協力することにした。



    .



    早めに仕事が終わって、せっかくだからとジュンは病院に足を向けた。
    一般病棟の奥、人払いがされた廊下を進んで、いつものように病室をノックする。が、大体すぐに返ってくる返事がない。時々寝ていて返事がないことがあるため、目を瞑って寝息を立てている顔を思い浮かべながらそっとドアを開けた。

    「とうじょ…、っ!?」

    けれどそこにあると思っていた寝姿はなく、ベッドはもぬけの殻だった。半分に捲れた布団。もちろんスリッパもない。
    ドクンと心臓が鳴って悪寒が走る。足を踏み入れたばかりの病室を飛び出して廊下を見渡したが、その姿はない。嫌な予感で頭がいっぱいになる。

    「どこ行ったんだよ…!」

    今はなくなったそうだが、以前は無断で病院内を徘徊したこともあったとHiMERUから聞いたことがある。もしかしたらまた勝手に抜け出したのかもしれないと思うと途端に心配になってきて、廊下を走ってはいけないことは百も承知だが、そんなことを考えていられないくらいに足が逸って駆け出してしまっていた。
    要の病室はあまり人目に付かない場所にある。来たばかりの人気のない廊下を走りぬけて、エレベーターホールに出た。
    そこにも人はまばらにしかおらず、探している似姿はない。
    どうすれば、と息を切らしているところに、後ろから名前を呼ぶ声がしてバッと振り向いた。

    「さざなみ?」
    「…っ!とう、じょ…」
    「何をしているのですか?廊下は走ってはいけないのですよ」

    病院着の立ち姿はなんともいえず儚く思えて、思わずじっと見つめ返してしまう。

    「……ほんとに、十条?」
    「なんですかおばけを見るような顔をして。お兄ちゃんではありませんよ。僕に決まってるじゃないですか」
    「お前…病室にいないから…はあ、焦った…」
    「? ぼくはリハビリで病院内を散歩していただけですが」

    ほっと胸を撫で下ろしたのを横目に、要はなんでもないように言い放つ。

    「リハビリ?」
    「言っていませんでしたっけ?この病棟は人が少ないので、そんなに人目を気にせず歩けるのですよ。外に出たり違う病棟へは行けないのが残念なんですけど」
    「散歩って、毎日?」
    「ほぼ毎日ですね。おかげで筋力がついてきたとお医者様にも言われたのですよ。今日は来ると聞いていなかったので不在にしていました、すみません」
    「…なんだ…リハビリ、か…」
    「さざなみこそなんで廊下を走っていたのですか?ぼくがいなかったから、探して…?」
    「…早とちりだから気にすんな。お前、もう散歩はいいのかよ?」
    「…帰ろうと思っていたのですが…さざなみ、少し付き合ってもらえませんか」

    エレベーターホールの近くにある扉を開けると、階段のある場所に着く。
    後ろでバタンと重めのドアが閉まる音がすると、きゅっと上着の裾を握られる。

    「階段?」
    「…上がることは、出来るのです。でも、どうしても一人で降りることが出来なくて」
    「降りるのだけ?まだ足腰不安定なのか?」
    「……いいえ、心象的な問題です。…もし転げ落ちてしまったら、と思うと一歩が踏み出せなくて。…怖いのです。あの日を思い出すようで」
    「……」
    「だからいつもは、エレベーターで降りて、階段を上がって、というようにしています。…呆れますよね。自分でも情けないと思っています」
    「…呆れてもないし、情けねえとも思ってねえよ」

    上着を掴んでいた手を取って、ぎゅっと握ってやる。

    「手、繋いでてやるから。ゆっくり降りようぜ」

    要より数段下を先に行き、手すりを持たない方の手を繋ぐ。ゆっくりと一段を降りるため、後ろ向きに階段を降りても問題なさそうだった。

    「っ!」
    「お…っと…大丈夫か?」

    数段降りたところでつんのめった要の体を抱きとめて支える。

    「…っありがとう、ございます…」
    「あんたの体支える筋力くらいあるんで、お安い御用っすよ」
    「すみません、少し、このまま…」
    「…十条?ほんとに大丈夫か?なんだったらおぶってやるけど」

    要が上の段にいる関係で、鎖骨から肩あたりに自分の顔がくる。いつもは逆の立ち位置が多いが、薄い病院着越しの骨張った体がよりリアルに感じられて、密着しているのも相まって自然と心拍数が上がる。

    「…さざ、なみ…」
    「ん?」

    耳元で囁かれる艶のある声にまたドキッとすると、するりと首に腕が回る。密着度合いが増して、どうしたと言う前に放たれた言葉に、思わず思考が停止する。

    「…すき、です」
    「…え?」

    こんなに近くで言われたのだから、聞き逃すはずはない。ただ、あまりに予想外な言葉を頭が認識してくれなくて聞き返してしまった。

    「さざなみのことが、好きです」
    「!」

    病院で再会してから時々聞くようになった少しだけ震えている声。
    その声に、何かを堪えている表情に惹かれて、守ってやらなければと思った。

    「だから…放さないで、離れないで、そばに…いてください。ぼくは、こんな風にきみの支えがないと、ダメなのです」
    「とうじょ…」
    「返事はなくてもいいです。ただ、これからも変わらず会いに来てください。…いえ、来てほしいのです」
    「……誰が返事しないなんて言ったよ」
    「え?」
    「オレもあんたのこと……す、好きだし、放っておけねえし、離れるつもりなんてねえし」
    「……」

    首から腕が離れて、少しだけ高い位置で要は瞬きを繰り返している。

    「なんだよ意外そうな顔して」
    「…さざなみも…ぼくのことが好きなのですか?」
    「そうだって言ってんでしょーが」
    「…そばにいると安心して、ぎゅっとするとドキドキして、離れたくなくなりますか?」
    「…なんだそれ可愛すぎるだろ……。ああ、そうだよ。今だって、突拍子もないこと言われて心臓バクバクだよ」

    言うと要は自分の胸に触れてくる。やめろと制したかったが止める暇もなかった。

    「…うわ、本当にうるさいですね」
    「自分から聞いといて引くなよ」

    短い沈黙のあと、ひとつ息を吐く。

    「…ちょっとここ座らねえ?」
    「…はい」

    このまま散歩を続けても良かったが、お互いこの心持ちでは足も落ち着かない。二人して階段から落ちたら元も子もないと休憩することにした。
    ただでさえ人がまばらなエリアの階段。滅多に人は通らないだろうとその場に腰掛ける。
    何を話そうか、と考えてふと肩から下げていた鞄の存在を思い出した。

    「手紙、読んだよ」
    「!」
    「返すより早く会いにこれそうだったから、HiMERU…お兄さんには預けなかったけど。…これ、一応返事書いてきた」
    「え、書いてくれたのですか?」
    「読むのオレが帰ってからにしろよ。…小っ恥ずかしいし」
    「ふふ、わかりました。ありがとうございます、お返事がもらえると思ってなかったので」

    手紙の内容は、学校で過ごした日の思い出話と、曲を聞かせてくれたこと、いつも病院に来てくれる感謝の言葉。告白こそ書いていなかったが、さざなみと会えると嬉しい、また会いたいと綴られた文章に好意を感じないはずはなく、正直直接的なラブレターよりもドキドキしたのではないかと思う。
    返事に悩んで、けれど次に会う時には渡そうとなるべく早く返事を書いて鞄に忍ばせておいた。

    「…漣って漢字、ちゃんと書けるようにしとけよ」
    「えっ」
    「書こうと頑張ったけど諦めただろ。修正してあったもんな」
    「い、言わないでください!次からはちゃんと書きますので!」
    「ま、別にいいけどな。『さざなみ』で」
    「どっちなのですか」
    「オレ宛はいいけど。恋人の苗字くらいちゃんと書けるようにしといてくださいよって話」
    「こ…っ」

    顔を赤くしてわなわなと唇を震わせる姿に、気恥ずかしくなって頭をかく。

    「あんた、スマホも持ってねえからいつでも呼べとは言えねえけどさ。…寂しくなったら会いにくるから、待ってろよ」
    「…はい。ありがとうございます、さざなみ」

    階段に置いていた手を、要の手がぐいっと引っ張る。立ち上がった要につられて腰を上げると、両手を繋いだまま要は一段下に降り、いつもの強気そうな表情で見上げてくる。

    「さざなみ。ちょっと踏ん張ってくださいね」
    「?」

    言われるがまま体に力を入れると、要はそのまま後ろに体重をかけていく。

    「…うわっバカお前…っ」

    慌てて繋がれた手にぐっと力を入れて、こちらも落ちないように後ろに体重をかける。

    「大丈夫です。さざなみが支えてくれるので。…今なら空だって飛べそうな気がします」
    「……っ」

    絶対的な信頼。先ほどまで怖いと服を掴んで震えていた瞳とは違う。わがままで、強気で、けれどどこかあどけない。
    こんな風に身を委ねられて、もう手放すなんて出来ない。似たような蜂蜜色の瞳に映る自分の姿に、ぐいっと力を込めて握った手を手前へ引っ張った。

    「わ…っ」

    ぽすっと腕の中に収まる水色の頭。くしゃりと指に髪を絡めて抱きしめる。
    日和に抱く敬愛とも違う、これが愛しいという感情なのだと、ふわりと香る優しい匂いにそう思う。

    「…行くなよ、どこにも。ここにいろよ…」
    「…ふふ、きみが望むなら」

    今度こそは、きっと。この手を離さないと誓う。道を逸れそうなら、見ないふりをしないでその腕を引っ張ってやる。どうしても譲れないというのなら、一緒に堕ちてやることだって出来る。
    自分の隣で。肩を並べて。
    差し伸べられた手を、今度こそ拒んだりしない。


    .

    あとがき→




    あらすじを書いている時が一番むずがゆい、まことです。読んでくださってありがとうございます。

    書きたかったところ
    ・Eveの曲聞いて普段のジュンくんとイメージが違って面白がる要くん
    ・ジュンくんに囁いてほしい
    ・過去にジュンくんの歌を聞いて「美しい」と思った要くん(日和オマージュ)
    ・手を差し伸べる要くん、その手を取らなかったジュンくん(Eve、巽要対比)
    ・ボロを出してもいいジュンくん
    ・要くんに思い出話という贖罪をしてほしいな〜
    ・ジュンくんを信じて身を預ける要くん
    ・絶対的な信頼を向けられるジュンくん

    ジュン要書く時は初々しい可愛いを目指してます。
    でも要くんはちゃんと達観してるので大人っぽいところも残しつつ。
    恋バナの相談受けるお兄ちゃんが何気に愛おしいです。お兄ちゃんは昔から色々経験しててアレソレのいろはもあると思うので(100%妄想)、初々しい要くんにどう教えていったらいいのか戸惑う。

    告白シーン、要くんの心情書かなかったのですがやっぱりさざなみに抱きしめられると安心する、好き好き感情が溢れてしまって口から出た、みたいなイメージです。

    書きたかったところ書けて満足しました。


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    Replies from the creator

    まこつ

    DONEHiMERU誕のジュン要。大遅刻すみません。
    要の希望で誕生日にテーマパークに行くことになったジュンと要。兄の粋な計らいもあり、テーマパークデートを楽しむ二人の少しドタバタで甘い一日。
    要くん元気時空。付き合っていてキスは何回か。それ以上はまだ模索中。十条兄弟はES近くのマンションで同居中。
    オブリガート読了推奨です。
    precious/ジュン要「…これを」

    要の誕生日の1週間前。寮の談話室にいる時、瓜二つの兄からなにやら長細い封筒を手渡された。

    「何すか?」
    「まあ、紙で渡すようなものでもないのですが…開けてみてください」

    言われるがまま開封すると、出てきたのは三つ折りにされたコピー用紙。
    何かの書類かと折りを開き、書かれている内容を見てぎょっとした。

    「予約確認…7月7日◯◯ホテル……って、え!?な、なんすかこれ」

    誕生日当日、要の希望で某テーマパークへ行くことになっていた。
    行ったことがないというのはお互い様で、少し不安もあったがアプリもあるしなんとかなると経験者から聞いて安堵していたところだった。
    暑い時期。まだ病み上がりな要を長時間炎天下には置けないと出発は午後からのんびり行く予定になっている。要の体力を見て、もちろん当日中に帰る予定だった。
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    DONEサンタクロースを知らない要と、そんなことも知らねぇのか……と思いつつ自分にも来たことがないから「いい子にしてるといいらしいっすよ」と曖昧で語気が弱まっていくさざなみのクリスマス話。
     はいはい。あんたはいい子だよ。オレが保証する。
     未来軸。さざなみ、要両方とも19。退院してふたりで過ごしている。Merry Xmas
    過去も想い出も一緒に食っちまおうぜ「さざなみ、この赤いひとよく見るのですけどクリスマスと何か関係あるんですか」

     これを言われたとき、オレは古典的にずっこけそうになった。

     季節はすっかり冬で、気温は一桁台が日常化していき、吐いた息がすっかり白くなった12月。
     リハビリがてら散歩というか。気取った、少しの期待を込めた言い方を許してもらえるのなら、デートしていたときのことだった。
     
     街中はいつのまにか赤や白、または緑に彩られ、あたりには軽快なクリスマスソングのイントロが流れている。夢みたいに平和そのものの世界だった。
     
     そんななか、デフォルメされたサンタクロースを指しながら要は不思議そうな顔をしていた。
     
    「嘘だろ……」
    「今すごく失礼なこと考えましたね。さざなみの考えることくらいぼくにはお見通しなのですよ」
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