ぼくらはスクランブル交差点の真ん中で都会の入り組んだ高速道路のような、縦横無尽に行き来することの出来るスクランブル交差点のような、そんな在り方だと思った。
交わっているのに交わっていなかった道が、ある時悪戯に交わって。またそれぞれの道を行き、時々交差点でまた出会う。
伸ばした手は重なっているのに届いていない。交わした言葉は交わしただけで満足して、ぽつりと冷たい地面に落ちる。
あの日輝かしく始まるはずだった、もう手に入らない舞台を懐かしく想う。
不思議ともう一度やり直せるなら、という感情は湧いてこない。
あの頃の思い出は、温かいのに触れていてもいつまでも手が温まらないような、そんな感覚。
体の芯を冷やした記憶が、ずっと残っていて。
——ああ、この感情を どう名付けようか。
あの事件から数年が経った。
ひとまず退院も出来、今は兄が用意してくれていたマンションの一室で兄弟で暮らしている。
アイドル、HiMERUの名前は兄へ譲ったまま、ステージには戻らずに…いや、戻れずにここにいる。
当時は自分勝手にHiMERUの名を名乗り活動する兄に詰め寄って、喧嘩をすることもあった。(今思えばこちらが一方的に罵倒していただけだった)
それから言葉を交わし合って、段々と兄の事を理解して、和解して。
今は、夢を託し自分の分までステージで輝いている兄を誇らしく思うし、行けるライブにはお忍びで行っている。
戻れなかった、舞台の上。
退院してある程度動けるようになった頃、簡単なパフォーマンスの曲をレッスンして、10人程度、本当に身内だけの復帰ライブをする予定だった。
レッスンは出来た。パフォーマンスも頭に入ったし体も動いた。なのに。
いざステージに立つと動悸と激しい息切れで過呼吸になり、結局そのステージを披露することも出来なかった。
それ以降、ステージに立とうという気持ちも湧いて来なかった。
ここが、ぼくの限界。
未だ立ち直れていないけれど、旧友やCrazy:Bのメンバーと過ごす日々は楽しくて気が紛れる。
周りはまだゆっくり過ごせばいいと言うが、それでも次の道を探さなければと色々考えてはいる。
表立った仕事は出来ないし、出来ることも限られる。それでも。何か出来ることはあるはずだから。
ある日。
巽先輩がオフだというので一緒にお茶をすることにした。
どこかカフェへ行ってもいいのに、なぜか二人の時は一緒にお茶菓子を選んで家に帰ってティータイム、というのが恒常になっていた。
初めは巽先輩と二人きりになるなと兄に言われていたけれど、もうそんなことも言われなくなった。
「HiMERUさんはお仕事なのですな」
「ラジオの収録だそうです。それから…取材と打ち合わせもあると言っていましたね」
「お忙しいですな。俺も自主レッスンなどしようと思ったのですが…たまにはゆっくりしようと思いまして」
「その心、大切にしてくださいね。また倒れられても困ります」
「…あなたを誘おうと思い付いたから、というのもありますな」
「…そう、ですか。まあ、きみの過労を阻止出来たなら良かったです」
お茶菓子を買って帰る道すがら、そんな話をする。
違うアイドルとユニットを組んで、なんだか違う人になったような横顔を盗み見る。
あの頃の、肩までつくような長さの髪、制服姿を重ねてみる。変わっていない部分もあるけれど、やはりこの人も変わったのだろう。
それはきっと自分では出来なかったことで、もうなかったことには出来ないことで。
解散してぼくとやり直してくれ、なんて、この顔を見てとても言い出せなかったのはどれくらい前になるだろう。
恋、と呼べる時期が確かにあった。
玲明学園での二人だけのレッスン室、いつかの星空の下の天体観測。
見つめ合う視線が熱くて、お互いに好意があるのを確信した。
だけど、この人を独り占めすることも出来ず、巽先輩も誰かを特別扱いすることをしない。
彼の愛は万人に向けられているものだから。いつか彼が口にした「愛しています」も、その中のひとつだと思い込んでやり過ごし、胸に燻る想いを仕舞い込んでいた。
今は。
その恋心さえ懐かしく思う。
いつまでも特別な存在であることに変わりはない。けれどもう巽先輩は自分のものにはならないし、求める気もない。
きみはいつだって、ぼくより少し高いところにいた。
きみはしゃがんで目線を合わせたつもりだろうけど、足元の高さが決定的に違う。
その一段が、どうしたってぼくには届かない。はずだった。
ぼくが差し出した手を、きみが取るまでは。
あの一瞬だけ、ぼくときみは同じ足元の高さにいた。それが嬉しかった。
それが、アイドル風早巽と、アイドルHiMERUの在り方になるはずだった。
だから今、なんでもないぼくは、なんでもないオフのきみと肩を並べて歩けるだけで嬉しいのだ。
「足取りが軽いですな、要さん」
「ケーキの箱を巽先輩が持ってくれているので。ぼくがついステップを踏んでも大丈夫なのです」
「以前ありましたな、気分が乗った要さんがケーキの箱を振り回してしまったこと」
「でもそこまでひどいことにはならなかったでしょう!」
「確かに思っていたほど崩れてはいませんでしたが…用心することに越したことはないですから」
色とりどりのタイルで舗装された道の、アクセントになっているタイルだけを踏んで歩く。
今はこの距離感がちょうどいい。これはきっとあの頃、きみに追いつこうと必死だった頃にはとても抱かなかった感情だ。
「…巽先輩」
両足が並ぶ位置に色違いのタイルが来たところで振り返る。
瞬間背中から吹く風。
巽先輩はそれに目を細めて。
「———」
きみに追いつきたくて必死だった。
ただひとり、悠々と高速道路を走るきみ。
有象無象が渦巻くスクランブル交差点から、ぼくを見つけてほしくて。きみに近付きたくて。きみになりたくて。
気まぐれにスクランブル交差点にやってくる君と、挨拶を交わして、また見送って。
どれだけさよならを言っても、ぼくらはまたスクランブル交差点で出会うのだろう。
そこには、お兄ちゃんも、さざなみもいて。
みんなそれぞれの道を歩いているけど、時々交わって笑い合って。
「要さんすみません、よく聞こえなくて…」
「大したことではないので気にしないでください」
きみの言葉を借りて、きみを祝福しよう。
今はもう、一人きりでも、二人きりでもない。大切なものが、温かいものが、そばにあるから、進んでいける。
ぼくたちはもう、新しい未来へ歩き出したのだから。
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あとがき
オンリー開催おめでとうございます!
現地参加出来なかったのでwebだけでも…!参加できて嬉しいです。
オブリガートのこと、巽と要のことを思う時、いつも美しいな〜と思うので、今回も雰囲気優先で書きました。
回想から現在まで全て捏造。
誰もが幸せEND。事件のことを消化したEND。これは夢だ…
オブリガートってつらい面が美しいと思ってるのでみんな苦しんでいてほしいんですけど(鬼畜)、
それはそれとして美しい面だけを抽出したい時がある。のでこれを書きました。
重なる遊色(BGM)ってなんであんなに透明なんでしょうか…
最後の「」、好きに妄想してください。
巽側はあの舞台が終わったら本気で気持ちを伝えようと思っていて、今もまだちょっとその気があるけど要が吹っ切れてるので言わずに片想いしておこうと思ってる設定。
なので二人で会えることに内心ルンルンです。
そしてこう、要側には巽とのことを忘れたくらいにジュンくんにシュッと…シュッと入ってきてほしいですね…
友情からの……アレで…
新年度、公式から何かしらの動きがあるんでしょうか。ドキドキしながら、たのしみに過ごします。
裏話
以前書いた巽と兄と要とジュンの「alternative」に続くかもしれない話。
(R18です)(ジュン要のCP前提です)