「もー、ルークったら、昨日もここで寝てたでしょ」
ダイニングの机に突っ伏して寝ているルークを見つけた。もう深夜と言って差し支えのない時間だ。
開かれたまま置かれた業務報告書には八割方埋まっている。今日の調査内容がびっしりと。空振りであった旨を伝える文字がしょんぼりしているようだ。
蓋の上にフォークを置いたまま冷めたカップめんとが見える。完成を待つ間に寝落ちしたのか、完成に気付かず作業していたのか。
時折聞こえる寝言から見るとあまり良い夢は見てないようだ。悪夢から起きて食べるのが伸びて冷たいカップめんじゃ忍びない。せめて温かいものを食わしてやりたいもんだ。
テイクアウトの焼き鳥をレンジにつっこむ。
冷蔵庫に残ってた冷や飯と卵、カップめんを深めのフライパンにぶち込んで、ヘラで麺を切りつつ炒めて塩胡椒を投入。
そばめしの端に焼き鳥の串を乗せて完成。
皿を運びつつ、ダイニングへ戻る。
「ルーク」
「んぅ… っ…、……?」
肩に軽く触れて揺らすと跳ね起きた。
辺りに視線を巡らせてる。まだ夢現のようだ。
「ルーク、おはよ」
「………あ…、モクマさん…。おはようございます」
「おじさん焼き鳥買ってきたんだけど、付き合わない?」
「ありがとうございます。あ、でも僕たしかこの辺に…」
テーブルの上、元々カップめんを置いていた辺りを見て首を傾げた。
「ごめんな、探し物はこれ作るのに使っちった。」
業務報告書や山と積まれた資料をテーブルの端に追いやり、ルークの前とその隣の席にそばめしとスープにスプーンを置く。ついでに、自分の席には箸と酒瓶とおちょこを。
「え、これ、僕のラーメン使ったってことですか?すごい。なんか豪華になってる…!」
「急拵えのやつだからそんな期待しないでね」
「いえ、さっきからすごいおいしそうな匂いがしてるので期待しない訳には!」
元気が出てきたようで何よりだ。
「「いただきます」」
すっかりミカグラ式の食前の挨拶に慣れたもんだ。
自分の生活様式が浸透していくのは少しくすぐったい。
「…あったかい…。」
最初に出てきたのは、いつものハイテンションの食レポじゃなくて、しみじみと漏れ出した言葉。疲れてる時ってあったかいのが沁みるんだよねぇ。
その後、食べ進める間に元気が戻ってきたのか食レポももらった。ほんと、食わせ甲斐のあるやつだ。
あらかた食べ終わったところで、端に避けた資料に目線を送った。
「明日はお休みにしよっか」
「そういう訳には…」
「ルークはマジメだねぇ。いくらリーダーっちゅうてもひとりで全部やらんでもいいのに。」
「はは、アーロンも書いてくれたらいいんですけど。」
「…たしかに書くとこ全然想像つかんな…。でも時間使ってるのは報告書だけじゃないだろ。」
「BONDの仕事はこれだけですよ。」
BONDの仕事は、ね。
「そう? でもこっちは次に調査する場所の検討資料じゃない?BOND関連だと思うけど。
こっちは…スイちゃんの身辺警護のためのものかな。
ついでにダンスの教本、か。」
ACE本社のパンフレットやブロッサム周辺の詳細地図、観光案内。一見するとただの趣味の一環とも言えなくもないが、蛍光マーカーや貼られた付箋紙が踊るのは甘味のうまい店を指す印じゃなく、治安について。DISCARDのアジトと言うより、その他の犯罪組織について危惧しているように見える。
「…それは僕が勝手に調べてることですから」
「そう? なんか良い情報、得られた?」
「あははは…。」
「そうやって息詰まってるなら尚更。食事も忘れて睡眠削ってやるのは良くないよ。」
「でも、何もしないで取り返しのつかないことが起こってしまったらと考えると…。」
気が急くのは仕方がないが、張り詰めていると見えないものもある。
「明日は俺と一緒に行ってくれる? 今日、ちょっとした情報が手に入ったんだよね。」
「はい、もちろんです。」
「ここは片しとくから、たまにはゆっくり寝てちょーだい。」
「ありがとうございます。報告書の残りを書いたらすぐ休みますね。」
「ん?さては全然俺の話伝わってないね?」
「え、そんなことないですよ。ちょっとキリが悪いだけで…」
「……ふむ。 んじゃ、皿は洗っとくから、その間に書き上げてもらおっかな。部屋戻るとこまで監視しないとお前さん絶対作業進めるだろ。」
翌日。
「到着ーっと。」
「ここは、…マッサージ屋…ですか?」
「そ。整体とか足ツボの店。……ここの足ツボ、めちゃくちゃ痛いらしいんだ。」
「なるほど…? それが事件にどう関わるんでしょうか」
「ここの店長がね。最近、首に痣がある奴をよく見るって話をしていたらしいんだけど。」
「!!」
「詳しいこと、おじさんにゃ話してくれんのよ。同業者はお断りだって。」
「え、モクマさん、マッサージ師なんですか?」
「まあそれはそれとして。…反応の良いお客さん連れてきたら話聞いてやるって言われてさ。お客さんの悲鳴が聞きたくてやってるのに金もらうと手加減しなきゃいけないのが面白くないとかなんとか。」
「それは、なんというか…。…趣味は人それぞれですよね…。」
遠い目をして答えた後、しばらく考え込む素振りを見せて。
そして気付いてしまったのだろう。思い切り眉をひそめた。
「……僕を連れてきたと言うことは、つまり」
「おじさんはルークを足ツボ地獄の生贄にしました。てへ。」
ぺろ、と舌を出してかわいこぶってみた。
ルークは思い切り肩を落としている。
「ひどい…」
「いやでも、お疲れモードのルークは健康になって、情報も貰えて、万々歳ってやつよ。」
「それは…そうかもしれませんが。…いや、背に腹は変えられませんね。頑張ります。」
「さすがルーク。その潔さ、好き! …ちなみに足ツボマッサージのご経験は?」
「初めてです…。」
「そっかぁ。初めてかぁ。ひとつオトナになっちゃうね。」
ルークの準備の間に知り合いの店長と打ち合わせを済ませる。ひとつ提案したことは呆気なく承認されたことに安堵した。
ハーフパンツへの着替えと足湯を済ませたルークがマッサージ用の大きめの椅子に腰掛けて、オットマンへ足を乗せた。
その前の椅子に腰掛け、足に触れる。
「じゃ、できるだけ力抜いて楽にしてね」
「はい…。…え?」
施術を開始する前に後ろを振り返ると店長がとても良い笑顔でこっちを見ていた。ペンとノートを構えて準備万端と言った感じだ。
店長自身による施術の代わりにマイカの忍の技を織り交ぜた手技を見せることで代わりにならないか、と。
しっかり悲鳴を上げさせるなら良し、とされたのでルークのお相手を仕った訳だ。ついでに言葉でもいじめてくれと言われたんだが、本当この人の癖は歪んでるが、害にならないなら良しとしよう。
まずは右足の形を確かめるように手を滑らせる。色んな所が疲れてるのが分かる。これは大体どこ触っても痛いんじゃなかろうか。
優しく施術してやりたい気もするが、今日の目的の半分はルークの悲鳴であるからして。
土踏まずに置いた親指にぐ、と力を込めた。
「っった」
思わず足を引っ込めたのをぐい、と引き戻す。
「ほら、ちゃんと座って。力籠もると怪我するから」
「ちょっと待っ、うぅぅぅっっ、ひっ、や」
制止の声に手を止めることはせず、ルークの右足をいたぶる。アームレストを必死に掴んでいる様のなんと健気なことか。
「てか、なん…、でっ、モクマさっ、…が…?」
「すまんな、ルーク。店長さんは新鮮な悲鳴に集中したいから俺がやってって。だから、ルークの初めて、俺に頂戴」
「……なに言っ……っ、ひ、ん、んぅ…ッ…、」
こんな時に冗談を言うな、だろうか。声は出ても言葉にならない状態でこっちを睨んでくる。
目尻に涙が滲んで、痛みを堪えながら視線を向けてくるんだ、可愛くて仕方がない。こちらまで妙な癖に目覚めたらどうしてくれようか。
「や、まっ、…っっん、むりです。モクマさ、も、むり」
「ごめんな、多分そろそろ気持ち良くなるからもう少し我慢して」
「こんな、の、……いたっ、、だけでっ、ん」
ちょっとばかり楽しくなってそれっぽい会話を仕掛けているのは確かなんだが、ルークの反応が良すぎて困る。
ショートコースを一通りこなして、一度店長へと声をかける。にっこり笑顔で許可が出て、ぐったりしているルークの元に戻る。
「モクマさん…、まだするんですか…?」
「ん。今度はちゃんと気持ちよくなってもらおうと思って」
さっきまで痛めつけてたせいで、足に触れるだけで身体が強張る。
「いっ、……ん、……?」
どこまで力を込めれば痛いのかは把握した。なら、その手前の気持ちいい程度を攻めるくらい簡単なことで。
悲鳴の代わりにはぁ、と息を吐く音が聞こえた。
「これくらいなら気持ち良くない?」
こくん、と頷いた。
「ルークに下手くそって思われたくないからさ。俺の本気、じっくり体験してって。」
施術が終わって施術用の椅子でうとうとしているルークをさておいて、店長さんに話を聞いた。
なんだかイキイキ、ツヤツヤしている店長さんから得た情報は、ネズミの痣を見始めた時期や頻度。普通の客との違いの有無に、今でも痣のある客達は来ているか。
…歌姫スイのスペシャルショーの後の予約をしていたのに来なかった客もいるってのは、なかなか堪えるものがあるね。
ショー以降にも来店した常連客が明日予約しているとも教えてもらい、アポを取ってもらった。
施術後のサービスのお茶を飲んでたルークと合流して店を出た。
しかし、店長が書いてたすごい量のスケッチ、何故施術の技術周りじゃなくルークの顔ばかりなんだか。……どう活用するのか深いことは考えない方が良さそうだ。
息も絶え絶えだったルークがずいぶんしゃっきりしている。足ツボは随分と身体に合ったようだ。
その日の夜。日報をぱぱっと片付けて二人で軽く飲みながら夕食を食べた。
「すっごく身体が軽くなりました。ありがとうございます。」
「こっちこそ。情報のために身体張らせてすまんね。」
「いえ。それにしても、やっぱりニンジャはすごいですね!」
「…うん?」
「あの、あれ本当に出来るんですか? ヒコウを突いて一発で倒すってやつ!」
「え?」
「押すだけであんなに痛く出来るんですからね!そういうのありますよね?」
「……あー、…すまんなルーク。そういうのは教えちゃいかんことになっとるんだ」
「…ってことはやっぱり。うわぁ、ニンジャジャンアニメ版の71話のやつは本当だったんですね…!」
実際はツボじゃなくて脳を揺らして気絶させるとか、そういう技になっちまうが夢を壊さないでいられたようだ。
「…モクマさん、今日のマッサージって、僕が疲れてたからって気を使ってくれたんですよね」
「おじさんだけじゃ情報取れなかったってのが理由だがね」
「もし僕がひとりで行ったなら店長さんの施術を受けてたんですよね。そうするとさっきのモクマさんのものより酷い目に遭ってたんじゃないでしょうか」
「さて。俺も楽しんじまったし」
「そうですかね。耐えきれないくらい痛いところはすぐ外してくれましたし。…認めないなら僕の勘違いでもいいですけど。でも、なにかお礼できることありませんか?」
「お礼…ねぇ。ふむ。」
「まあ、お金はあんまりないんですけど…」
ミカグラに来る前に色々あって、ナデシコちゃんから給料もらわなきゃすっからかんだったとは聞いてはいるが。
「そしたら身体で払うってこと?そうね、今日色々あって溜まっちまったし一発抜くのに手でも貸してくれたら」
昼間のあれを思い出したところで会話してたからって、酒飲み過ぎたらしい。あまりに口が軽い。
「なぁんて、冗談じょ」「いいですよ」
「…へ? …ルーク? 意味わかってる?」
「その、自分のしか触ったことないので、ちゃんと気持ちいいか自信ないですけど」
この据え膳食べると大怪盗と詐欺師からどえらい対価を請求されるとは分かっちゃいるのに。
最高のご馳走を我慢するなんて出来そうになかった。