通訳 きいきい、という小さな声がした。足元を見れば、そこに立って、椅子に座る俺を見上げていたのはエビルだった。すみれ色の、ぽってりしたボディ。シロウが連れている子たちの中でも活発な方の子だと記憶している。主の心配もよそに積極的に前に出ては自分の気になるものをまじまじ観察したり、興味深そうに触ったりしている姿は記憶に新しい。時にはびっくりするようなことも起きて――道ばたにいたカマキリをつつきに行って鎌を振り上げられたり、つまずいて派手に転んだり――そのたびにシロウの元へ慌てて飛んでいっては、よしよしと頭を撫でてもらっていた。
そんなエビルは言葉を操れない代わり、つぶらな瞳でじいっと人を見つめる。何かを要求するみたいに、俺に向かって両手を伸ばした。
「抱き上げてもらいたいみたいだな」
さっそく通訳してくれたのはシロウだった。昼休み、俺の後ろの席を借りているシロウは、座ったまま体を伸ばして俺の足元を覗き込んでいる。
「君さえ良かったら、希望を聞いてやってくれないか」
「もちろん」
他ならぬシロウの、大事なエビルの願いだ。一も二もなく頷いて体を屈めた。
両手でそっと掴んだ体は、見た目通りにもっちりしている。なかなか重量もあるみたいだ。胸の前辺りまで抱き上げて、さてどうしようと考える。
「キィ!」
エビルはまた小さく鳴いて、今度は少し下を指差す。俺の膝だった。
「下りたいのかな」
分からないなりに膝へ下ろせば、それで正解だったらしい。別に面白い場所でもないだろうと思うのに、エビルは嬉々として俺の腿の上をとてとてと歩き回る。しばらくするうち、ぽてんと音を立てて横になった。
「あれ、寝ちゃうの?」
しっくり来る場所を探すかのようにもぞもぞと体をよじる。乗られているところが温かい。やがて落ち着いたのか、うつぶせになったエビルは目をつぶって静かになった。
指先で羽の付け根をくすぐってみる。キィ、と小さく響いた声は、なんだか笑っているみたいだった。
「その子は君のことが好きみたいだな」
「俺を?」
「お昼寝の場所に、君の膝を選ぶだなんて。よほど甘えている証拠だ」
手足を投げ出し、気持ち良さそうに目を閉じているエビル。俺はシロウほど、この子の気持ちは分からない。それでも確かに今の表情は満足げに見えた。
続いてシロウの様子を窺う。眠る使い魔に向けられる視線は嬉しそうで、エビルの気持ちが満たされているのを我が事のように喜んでいるみたいだった。でもその真摯な眼差しに含まれている感情はそれだけじゃないようにも見えて、俺は胸をつかまれてしまう。人を切なくさせる横顔だと思った。
ふと視線がぶつかる。シロウはふいと顔を背けてしまった。
「別にうらやましいだなんて思ってないぞ」
机の上、その手がぎゅっと拳の形を作る。
「……シロウ」
思わず手を伸ばし、シロウの小指をそろりと撫でた。
相変わらず俺の膝の上にはエビルがいて、天下泰平の寝顔を見せている。