nameless...(💛side)ある日の夏期講習。別に約束していたわけでもないが、タイミングよく落ち合えたのでおれはアイクと下校することにした。
とりとめのない話をしながら、ふと隣を見る。
彼の青がかったグレーの髪の毛と同色の長いまつ毛は、夏の日差しを受けキラキラと透き通って見える。
綺麗だな……ずっと見ていられる。
一緒に下校できるだけで、心が跳ねるようだ。
―――よそ見をしていた自分が悪いとはいえ、足元にセミが暴れているとは思わなかった。
うわっ、と反射的に一歩下がる。アイクと目が合ってしまった。彼はなんの抵抗もなくそれをひょいと捕まえ、草むらへ逃した。
「ルカって、虫が苦手だよね」
彼はそう言ってふふっと笑った。
……流石に普段はセミに驚くことはない。
でも、彼を横目で追っていて足元への注意が疎かだったなんてとてもじゃないが言えない。
ここは虫のせいにしておいて、事なきを得る。
「この夏だけの儚い命が無数に存在してると思うと、なんか、苦しくなるよ」
彼の口は、ぽつりと細い言葉を紡いだ。
そこには色々な感情がこもっていて、すぐに全ての情報を拾うことはできない。
あぁ、もっと彼のことを理解していれば、気の利いた返答もできるのにと宙を見つめた。
「でも、あのセミの子供がまた来年鳴くんでしょ?変わらないよなにも。おれたちにはいつもの夏がまたくるだけ」
自分が考え込んでも仕方がないので、兎にも角にもアイクの顔をしっかりと見て笑いかける。
呼応するように柔和な顔をする彼を見て、おれもまた安心した。
―――いつからだろう、気がつけばアイクのことを目で追っている。
その自覚はある、あるんだけど、なんでこんな気持ちになるのかが分からない。
男同士だから、色恋なんてものじゃないはずなんだけど……それに近いわだかまりを感じる。
もしもそうだったら、どれだけ彼を傷つけてしまうだろうか。
その想像をするだけで心が張り裂けそうになる。
さながら、本能のままの獰猛な心を、理性のちいさな檻に押し込めているようだ。
あぁ、どうか、彼を傷つけないように、おれの心からこの牙と爪をなくしてくれ。
そのかわりに、次の夏も彼と一緒に居させて欲しい―――
神なんて信じてすらいないのに、今ならどこまでも人間くさく、何にでも縋れるような気がした。
名前のわからない気持ちを抑えながら、彼の歩みに寄り添った。