金色の靄 ルカを護るために自分の能力を使う――そう心に決めていた。日の当たらない社会で危険を顧みず独走する獅子を、愛してしまったから。
だがつい先日、ルカへの想いが募るほど呪力にブレが生じていることを自覚し、やっとの思いでルカに打ち明けた。それも、すべて伝えるまでとんでもない時間をかけて。
「大変だね、おれは呪術師じゃないからさっぱりだけど」
柔らかな同意とともに、肩を抱き寄せてをして安心させてくれる。ひたすらに普通を演じていればよかったが、もはや隠し通せない状態になった時の無力感と絶望感。それを、非難するでも憐れむでもなく、全て受け止めてくれたのもルカだった。
「動物と触れ合うのは、ヒーリング効果があるんだって」と、ルカが少し前に家に連れ帰ったブロンドの仔犬は、部屋の隅で丸くなってまどろんでいる。
微笑ましい光景を、ルカと眺めていた――
◆◇◆◇
――走り去る数名の足音と、怒号のような声が遠くに聞こえる。煙のような焦げた匂い。これは……硝煙?
深夜に走り抜いて辿り着いた路地裏で、蹴り飛ばした空薬莢の金属音と同時にシュウは息を呑んだ。
「……ルカ!!」
見知った男が倒れている。ジャケットも脱いだ軽装で、その手元には刻印入りのコルト・ガバメントの銃身が月明かりを受けて鈍く光っており、否応無しにその人だという事実を突きつけられる。
……どうしよう。何度呼びかけても反応しない。呪力を振り絞って夜目を利かせてよく見ても、彼の魂がここにないことを示す証拠のみがありありと見えてくる。
「……っ、嘘でしょ……?」
自分の声が喉元に引っかかり、上がった息とともにかろうじて吐き出される。手も脚もまるで自分の意志とは別に打ち震え、恐怖が体を支配する。
おそるおそる近づき、ルカの手にそっと触れる。まだ温もりはあるが、全く脈が触れない。黒のシャツの胸部分は、よく見ると別のどす黒い色で濡れていた。
……これはなんだ?どういうことだ?死んでいる?嘘だ。そんなはずない。ルカが、あのルカが、死ぬなんて、そんな訳は……
――キャン、という声が聞こえた気がした。
ルカの傍らに跪き呆然としていたシュウはハッと顔を上げ、少し離れた位置で白いものが動いているのを見つけた。
それはルカの白いジャケットで、はみ出していたのは毛足の長い尻尾。そして、そこからはルカと同じような毛色の仔犬が出てきた。舌をちょこんと出していわゆる笑顔でシュウを見つめている。気がつけば、その犬をジャケットで包んでそっと抱きかかえていた。
「ルカ、ルカ……お願いだよ……」
眼の前の冷酷な真実を受け止められないまま、柔らかな温もりを抱いて立ちすくむ。とめどなく流れる涙を、腕の中の仔犬が舐め取り、クンクンと甘えた声を出していた。
◆◇◆◇
「キューン、」というなにかの音がした。重たい瞼を開けると涙で濡れた頬を仔犬に舐められている。
ここは自宅のソファで……僕は……
「ルカ!!」
寝起きで出せるだけの声量を出し、つられたのかその仔犬もワン!と大きく吠えた。
明らかに、悪い夢を見ていた。だけど覚醒しきっていない今の頭では、ルカの所在を確認しないと動悸が治まりそうにない。
別の部屋から、ジムウェアに首掛けのスポーツタオルで汗を拭きながらやって来た彼は「おはよ、シュウ。お水持ってきてあげるね」とにこやかに言ってキッチンへ向かおうとした。
生きている、やっぱり夢だったんだと思うより早く身体が動き、シュウはルカの背後からがっしりとしがみついていた。
「シュウ、今おれ汗臭いよ!」と慌てるルカをよそに、彼の普段通りの体温と、大好きなにおいを全身で味わった。ルカも観念したのか、おいでという一言とともに向き合い直し、ハグをしてくれた。
◇◆◇◆
寄り添いながらソファに並ぶルカは、ぽつりぽつりと溢す僕の話に静かに相槌を打ってくれている。悪夢の詳細は話していないが、多分お見通しなのだろう。
結局のところ護られているのは自分であるという不甲斐なさと、この上なく大きくなるルカへの気持ちと、色んなものがひしめき合ってたまに押しつぶされそうになる。一番最悪な形で夢を見てしまった。
「Hey, listen」
そう言うとルカは厚い胸板に僕の耳を押し当てるようにした。彼の力強い心臓の鼓動は、ざわついた頭の中すべてを満たすような心地よさだった。
「……シュウのことを想うと、こんなにドキドキするんだ。だからおれは、シュウに生かされてるんだよ」
はにかみながらも思いを伝えてくるルカに抱きつき、どちらからともなくキスを交わした。
「よし、気分転換に散歩に行こう!」
ルカのその言葉を聞いて一番に反応したのはうたた寝をしていた彼で、一目散に走ってきては二人の足元でぴょんぴょんと飛び跳ねた。