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    raixxx_3am

    @raixxx_3am

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    raixxx_3am

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    テストがてらに2020年に出した「春の名前」から再録。あましのとハンドクリームのおはなし。

    #あましの
    linen
    #オリジナル
    original

    Sent of sweet. どこか懐かしさを滲ませるような、やわらかなあまい香りがふいにかすかに鼻腔をくすぐる。
     どこでだろう、たしかに知っている。そのはずなのに。
     記憶の糸の端をそっとなぞられるような心地に駆られながら、ひとまずは、と引き寄せられるように読み掛けの本をぱたりと閉じ、ソファの片側へと視線を動かす。まなざしのその先に写るのは、すっかり見慣れてしまったパジャマ姿の恋人のその姿だ。
    「……どしたの?」
     すこしだけくすぶった無防備な声と共に、まばゆい光を跳ね返すまあるい瞳はぱちぱち、と、ゆっくりのまばたきを繰り返す。
     すっかり見慣れてしまった、そのはずなのに――いつだってやわらかに心を縫いとめるかのような優しいその仕草に、心は音も立てずに静かに打ち震える。
    「いや、その。するなって思ったから、匂い」
     不器用にぽつりぽつりと答えれば、はにかんだような笑顔とともに、おだやかな言葉が返される。
    「ああ、苦手だった? だったらごめんね」
    「……ううん、」
     すぐさま打ち消すように頭を振って見せれば、途端に、見つめ合うまなざしにはあたたかな安堵の色が宿る。
     手の中には見慣れない銀色のチューブ、ラベルにはやわらかに滲んだ水彩で、近頃よくよく通りで目にするオレンジの花の絵が描かれている。
     ああそうか。意識したつもりなんてなくてもいつのまにか憶えていて――だからだ。
     にっこりと得意げに瞼を細めながら忍は答える。
    「駅前の本屋さんに雑貨とか化粧品とかがおいてんじゃん。いろいろ試せるようになっててさ、いー匂いだなって思って。いっぱいあったんだよ、柚子とか蜂蜜とかラベンダーとか」
    「そんなのあったんだな」
     なにか女性向けの化粧品やアロマ用品が並んでいるらしい、と横目に見た記憶はあるけれど、すこしも気に留めたことなんてなかった。
    「よかったでも、周が嫌いなのじゃなくて」
     嬉しそうにくしゃくしゃに笑う姿に、いとおしさとしか呼びようのない感情は否が応にもつのる。
    「やっぱ子どもん時から知ってんのって強いよね、ほかのもすごいいい匂いで迷ったんだけどさ、これがいちばんいいなって思って」
     ほんのりとやわらかに漂う甘い香りは、心ごと包みこんでくれるかのように穏やかで優しい、記憶の底に結びついているかのような安堵感を手渡してくれる。
    「ね、塗ってあげよっか?」
     悪戯めいた笑顔で尋ねられれば、いまさらみたいにかすかに頬が熱くなる。
    「…………い
     いよ」
    「遠慮しなくていいじゃん、ね」
     くすり、とどこかしら得意げにちいさく笑いながら声をかけられれば、たちまちに心はくしゃくしゃに包み込まれる。
    「ちょっと待ってね」
     しなやかな指先はチューブの中身をそっと取り出すと、手の甲へとくるくると丁寧に伸ばしていく。
     すこし硬めのテクスチャは体温によってみるみる溶けていき、かさついた肌の上にみるみる潤んだようにしっとりとやわらかなぬくもりを与えていく。
     手の甲から指先一本一本、爪の先まで。丁寧にマッサージするようにして刷り込み、一本一本の指を包み込むようにくるむ。
     体温を移すようにぎゅっときつく掌を重ね合わせたそのあとは、裏返した掌に丹念にクリームをなじませていく。
     重なり合った肌と肌はいつしか体温で溶けるクリームの滑らかな感触に包み込まれ、潤んだ膜の中でやわらかに溶け合うかのような錯覚をおぼえさせる。
    「はいできあがり」
     得意げに微笑んでみせる瞳の奥では、幾重にも乱反射するかのようなまばゆい光が瞬く。
     ふわり、と包み込むようなやわらかさで途端に漂うのは、懐かしい記憶を呼び起こすようなやさしい花の香りだ。
    「ごめんね、邪魔して。続き読んでいいからね」
    「…………い
     いよ」
     しおらしく答えてくれる姿があんまりかわいいので、宥めるように頭をそっと撫でることで応える。
     おだやかに立ち上るのは揃いのシャンプーにボディソープ、それに加えての、あまやかで懐かしい花の香りだ。
    「お揃いだね、匂い」
    「ん、」
     やわらかに頷き合いながら、しっとりと潤んだ掌をたやすくほどけてなんてしまわないようにときつく重ね合わせ合う。


     * * * * * *

    「あれ、なんかいい匂いする」
     通りすがりにかけられた声に、思わずぴたりと動きを止める。
    「なんだっけ、この匂い?」
    「金木犀です、これの」
     答えながら、火花を散らしたようなオレンジの花模様のラベルのチューブをそっとかざして見せる
    「仕事してると結構乾燥するじゃないですか、それで――」
     どことなく居心地の悪さを隠せないようすで答えれば、覆うように、屈託のない笑顔がそこにかぶせられる。
    「この時期だと必需品だもんね。俺もいまのやつ使い終わったらそういうのにしよっかな。あ、真似してるみたいでやだ?」
     冗談めかした口ぶりでの問いかけを前に、ぎこちなく笑みを浮かべるようにしながら答える。
    「いいですよ」
     教えてもらったんで、僕も。
     付け足すように小さくそう答えれば、どこかしら感慨深げな笑顔がそっと向けられる。

     いつかずっと昔、思い出せないほどの遠い記憶の中に滲んでいたその香りはいつしか、誰よりも大切な相手のかけがえのない笑顔と結びつくようになっていた。
     移ろいゆく日々の中にすこしずつ増えていくあたたかなその色彩は、この目に映るちいさな世界にいくつもの無数の輝きを灯してくれる。

     ほどけたままの掌はまだ、大切な相手の気配を憶えている。
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    raixxx_3am

    DONEブックサンタ企画で書いたお話、恋愛未満。
    日和くんにとっての愛情や好意は相手に「都合のいい役割」をこなすことで得られる成果報酬のようなものとして捉えていたからこそ、貴澄くんが「当たり前のもの」として差し出してくれる好意に戸惑いながらも少しずつ心を開いていけるようになったんじゃないかと思っています。
    (2024.12.22)
     幼い頃からずっと、クリスマスの訪れを手放しで喜ぶことが出来ないままだった。
     片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
     ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
     仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
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