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    raixxx_3am

    @raixxx_3am

    一次/二次ごっちゃ混ぜ。ひとまず書いたら置いておく保管庫

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    raixxx_3am

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    ひよちゃんのおうちでうっかり酔っぱらったひよちゃんとふたりきりになってしまい、あらあらまぁまぁ大変ねというお話。たまには軽いラブコメが書きたかった。
    (2025/04/08)

    #きすひよ

    Sip, Don't Sink「ごめんね、ちょっとお手洗い借りるね?」
    「いいけど、黙って帰らないでね。やだよ、そんなの」
     いつもよりも舌っ足らずでおぼろげな声色にとろりと潤んだ瞳――ひどく無防備で甘えたそんな態度を前に、思わずちくりと胸が痛む。
     困ったなぁ本当に、どうしてこんなふうになっちゃったんだろう? これじゃあ心臓がちっとも持たないんだけれど。
     後ろ髪を引かれるような思いで居住空間を後にし、短い廊下に出たところでポケットに押し込んだスマートフォンをそっと取り出す。
     うまくタイミングが合えばいいのだけれど――あまりスマホの通知ばかり気にするのは、目の前にいてくれる相手に失礼だから。
     ふぅと小さく息を吐き、もどかしく震える指先で画面をタップしてトークルームを開くと、ひとまずは、と手短にメッセージを打ち込む。
     ――「いまって大丈夫? 遠野くんの部屋で呑んでたんだけどさ、そろそろ帰らなきゃいけない時間で……遠野くんいつもよりも酔っちゃってさ。ひとりにすると心配だから、ちょっと見に来てくれない?」
     猫が深々とお辞儀するスタンプを添えてメッセージを送れば、すぐさま既読がつくのとほぼ同時にメッセージが届く。
     ――「うちに居るからすぐ出られるよ、10分もしないで着くと思う」
     あぁ、ちょうど良かったみたいだ。それにしたって、本当に近くに住んでるんだな。行き来だってしょっちゅうしてるみたいだし。
     いまさらみたいにチクリと湧き上がる嫉妬の気持ちを前に、思わず小さくため息をこぼす。わかりきってるのにな、そんなこと。やれやれ、と肩をすくめ、ひとまずの気分転換に冷たい水で手を洗うことでその場をやり過ごす。
     大丈夫、あともう少し待てば救世主様が来てくれる――騎士にすらなれない不出来な僕の役目はそれで終わり。
    「たすけて……」
     思わず小さな声でそう呟き、覚悟を決めるかのように深く息を呑む。
      

     旭と三人でゆっくりお酒を囲みながらおしゃべりをしよう。無事に仲間内全員が飲酒デビューを終えてしばらく経った頃、そう提案してくれたのは遠野くん自らだった。
    「鴫野くんとは最近あんまり会えずじまいだったでしょ? 来てくれたら嬉しいな」
     当人直々にそうお願いをされてしまえば、断ることなどできるはずもなかった。
    「ごめんね、遅くなっちゃって。ただいま」
     ……新婚さんみたいだよな、なんか。妙な照れくささに襲われながらぎこちなく答えれば、いつもよりもうんと上機嫌に綻んだ笑顔に迎え入れられる。
    「おかえりなさぁい」
     かっちりとしたセルフレームの眼鏡のレンズの奥で、ほんのりと潤んだまなじりがやわらかに下がる。
     赤らんで上気した頬、いつもよりも無防備な幼い笑顔、少し舌ったらずな甘い声色――どこかアンバランスなのにふわりと漂う色気を前に、ぐらりとのぼせてしまいそうになるのをぐっと堪える。
     どうしよう、いつもだって充分過ぎるほどかわいいのに、これじゃあ。いびつに震えた指先をぐっと握りしめながらぎこちなく笑いかけながら、ひとまずは、と空になった空き缶をひとまとめにする。
    「遠野くん、お水ちゃんと飲んでる? あったかいお茶でも入れたほうがいい?」
    「だぁいじょうぶだって。鴫野くんのほうこそ、もっと呑みなよぉ。まだお酒あるでしょ? なんなら買ってくるしさ。きょうはさ、朝までずうっといっしょにいよ? ね?」
     無邪気に笑いかけられると、裏腹にちくりと胸は痛む。
     いや、そうしたいのはヤマヤマだけれど……今日ばかりはそんなわけにはいかない。期せずしてこんなふうにふたりきりになっちゃったわけだし、いつもと違ってやけに距離は近いし。
     不自然にならないように、となけなしの理性で距離を保とうとするこちらをよそに、いつ見たってしなやかで綺麗な指先がふわり、と優しく目の前へと差し伸ばされる。
    「鴫野くんの髪ってふわふわしてるよねえ。いいなぁ。ねえ、触ってもいい?」
     とろりと蜜を帯びたようにあまく潤んだ瞳で見つめられると、思わず息が止まりそうな心地にさせられてしまう、
    「だめだよ……ワックスだってついてるしさ、汚れちゃうよ」
    「洗えばいいでしょう? しぎのくんのけち」
     ぷうっとわざとらしく頬を膨らませながらどこか遠慮がちな手つきで髪をなぞられると、途端にぞわりといびつな胸の内が軋む。
    「すごいねえ、ふかふかだぁ。きもちいいや。ねえ?」
     満足気に笑いかけられると、ぞわぞわと甘く痺れるような心地に襲われて身動きが取れなくなる。夢みたい、うれしい、気持ちいい。脳裏に浮かぶ言葉は全部嘘偽りない本音で、だからこそこんなにももどかしくて苦しい。
    「遠野くん、ちょっと……」
     あんまり煽らないでよ、僕だって触りたくなっちゃうんだけど。
     決して口に出せない本音を飲み込み、視界の端でだけちらりと、インターホンのパネルへと目をやる。
     お願いだから早く来て、郁弥。この際旭でも夏也先輩でも誰でもいいから。「ついうっかり」が起きないようにときつく指先を握りしめながら、どうにか目の前の現実から目を逸らすことに必死になる。
      
     ほんの数時間前までは、こんなことなかったのに。
     僕と遠野くんの間には旭がいてくれたおかげで物理的な障壁にもなってくれたし、遠野くんだってもっとしゃんとして、旭に甘えてるみたいな態度で――まあ多少はやきもきはしたけれど、すっかり打ち解けたようすのふたりを見るのは悪い気分じゃ無かったし。
     そう――本当に〝平和〟としか言いようが無かった。

     きょうも半日はみっちり練習だったという二人と駅前で合流した後は行きつけのスーパーで買い出しをして、遠野くんのアパートに着いてからは料理上手な遠野くんのお手製のおつまみに舌鼓を打ちながら旭の最近のお気に入りだというバンドのライブ映像をぼんやりと眺め、今日の練習の振り返りやお互いの近況報告に花が咲いて。旭がつい水泳の話に夢中になりかければ、「鴫野くんもわかる話にしようよ」だなんて気を利かせた遠野くんのフォローが入る場面も度々あって、ひどくさりげないそんな気遣いが僕にはたまらなくうれしくって、それでも、殊更に大げさに喜んで見せるのは却って迷惑な気がしたから、「さすが遠野くんだよね、旭とは大違いだなぁ」だなんて冗談で誤魔化すようにして――ふたりきりで過ごす時間はもちろん特別だけれど、面倒見のいい旭にすっかり気をゆるした様子で軽口を叩き合ったり、時に白熱した様子で水泳談義に明け暮れるふたりのようすを見ているのはひどく快かった。ずっとこんなふうにいられたらいいのにな、だなんて子どもじみた思いに駆られるくらいには。
    「あぁ悪ぃ、姉ちゃんからだわ」
     すっかり上機嫌な様子だった旭の顔つきが、スマートフォンの通知を見た瞬間にさっと変わる――仕事の都合上、何かと家を空けることの多いお義兄さんの代わりにと、男手として重宝されている旭に茜さんからの緊急のお呼び出しが掛かることは、もう早日常茶飯事だった。
    「きょうばっかりは勘弁してくれよって言ってたのによぉ。まあ、しゃあねえわな。姉ちゃんも苦労してんだし。ごめんな遠野、そろそろ帰るわ」
     宴もたけなわ、と言わんばかりのタイミングでの急な打ち切りの知らせを前に、いつもに増して上機嫌だった遠野くんの瞳にはあからさまな落胆の色が宿る。
    「……もう帰っちゃうの? まだ話し足りないんだけどなぁ」
     いつもならこんなわがまま、滅多に言わないはずなのに――よっぽど楽しかったのだろう。いじけたような口ぶりや表情に、きゅっと胸の奥をやわく締め付けられる。
    「だからごめんって、またじきに練習の時にでも会えんだろ? 続きはそん時な。おまえんとこのチームメイトにもくれぐれもよろしくな」
     ぽんぽん、と、(僕にはやすやすと触れない)肩を叩き、ソファの片隅に置いたままだったショルダーバッグに手を掛ける――流れるようなその仕草に追従するかのように「じゃあ僕もそろそろ、」だなんて立ちあがろうとすれば、たちまちにとろりと潤んだまなざしがこちらを捉える。
    「……鴫野くんはいいでしょう」
     いつもとは打って変わって、じんわりと熱を帯びてやわらかに滲んだ瞳と、わずかにほつれた言葉尻がいやに艶かしい――と感じてしまうのは、こちらの心持ちの問題なのだろうか。
    「いや、遠野くんに悪いし……」
     遠慮がちにそう答えれば、すぐさま「そんなことないよ」だなんてきっぱりとした返答が被せられる。
    「まだ早いでしょ、もうちょっとくらい付き合ってくれたってよくない?」
    「まぁ……」
     そんな目で見られてしまえば、まぁこちらとしても――ひどく困った心地で脱出準備を試みる約一名の方へと視線を注げば、こちらの心持ちなんてちっとも気に留めない様子の気安い笑顔が向けられる――そりゃあそうだよな、まだ話してないわけだから。はぁ、と気づかれないようにちいさく息を吐き、中腰の状態からぺたん、と腰をおろして僕は答える。
    「わかったよ。まだ終電まではしばらくあるし、せっかく呼んでくれた遠野くんに悪いもんね」
    「おう、じゃあな。貴澄、遠野のことくれぐれもよろしくな?」
    「椎名くん、それってどういう意味?」
     ぼんやりと火照った頬を膨らませてわざとらしく不機嫌を装うような文句を投げかける態度に、ざわりと胸の内が震える。
    「どういうも何もないだろ、言葉通りだよ。貴澄も遠野もそれ以上呑みすぎんなよ、なにかあっても知らねえからな」
     強気な口ぶりで投げかけられる言葉を前に、ふざまなまでに甘く心は揺れる。
    「旭……、」
    (分かってるんなら行かないでよ、お願いだからさあ)
     口に出すことなど許されるはずのない本音は、ただ虚しく宙に溶けるばかりで。


     適度なアルコールはリラックス効果を高め、気分を高揚させてくれるとはよく言ったものだけれど……いつもに増しての饒舌で素直な態度や、ぼうっと熱を帯びたまなざしの色っぽさは、こうして一対一で目の当たりにさせられてしまえば、堪らない破壊力をもたらしてくれるものだった。
     気をつけてたのになぁ、ちゃんと……どうしてこうなったかなぁ。
     やれやれ、とため息のひとつも吐きたくなるのを必死に堪えながら、小皿に残った鶏ハムとズッキーニの和え物をそっと口に運ぶ。うん、やっぱりすごく美味しい。こんどレシピを教えてもらおう――じゃなくて。
     もそもそと咀嚼に励んでいれば、傍からはうんと満足げな笑顔が注がれる。
    「しぎのくん、美味しい?」
     少しばかり呂律の回らない舌ったらずな言葉と上目遣いでそう尋ねられれば、途端にぎゅん、と心臓はぶざまに跳ね上がる。
     ……本当にかわいいよね。とっくに知ってたけど。
     努めて冷静に――どうにか必死にそう言い聞かせながら、ぎこちない笑顔で僕は答える。
    「あぁ、うん。すごく。遠野くんってほんと料理上手だよね。こういうのもささっと作ってくれるしさ、ちゃんとヘルシーなのに満足感もあって」
     偏食がちな上に料理も苦手だという郁弥はさぞかし恩恵を受けているのに違いない――まあ、いまさら嫉妬したって仕方ない話だけれど。
     にへっ、と満足気に瞼を緩めた優しい笑顔を浮かべながら遠野くんは答える。
    「しぎのくんはさぁ、『すごく美味しい』って顔してくれるよねえ。僕、好きだなぁ。しぎのくんの美味しい顔」
    「あぁ、ありがとう……」
     そんなに気軽に言わないでよ、「好き」だなんて言葉。他意なんてないことくらいわかっていたって、ぶざまなまでに心はやわく軋む。
    「しぎのくんってさぁ、なんていうか、いい顔してるよね。整ってるとかそういうのも勿論あるけどさ、なんていうのかなぁ、いっつもふわって自然な感じで笑ってくれるでしょ? そういうのがさ、みてるとなんか嬉しくなるんだよね」
     まじまじとこちらを見つめるようにしながら掛けられる言葉に、心臓が途端に跳ね上がる。
     お願いだからそんなに見ないでよ。気づいてないでしょ? いつもに増してかわいいってこと。身勝手なモヤモヤに駆られるままにぼうっと(まぁまぁ見慣れた)天井へと視線を逸すうちに、待ち侘びたインターフォンの音が鳴り響く。
    「遠野くんほら、お客さんみたいだよ」
     代わりに出る――だなんてわけにはいかないので。促すように声を掛ければ、こてん、とこれまたかわいく首を傾げた仕草が返ってくるのだから、ますますたまらない気持ちにさせられてしまう。
    「うん、誰だろうねえ?」
     よろり、と少しばかりおぼつかない足取りでインターフォンへと近づけば、すっかり聞き慣れた、いつもに増して不機嫌なようすの声が響き渡る。
    『遅くにごめん、急に。日和、大丈夫?』
    「うん、いくや? 待ってね、すぐ開けるからね」
     途端に広がる、ひどくリラックスしたようすの受け答えに、ぶざなまでに心は軋む。
     ようやく救世主様のお出ましで、こうなるのだって初めからわかりきっていて、それなのに……どうしてだろう、こんなにもざわざわするのは。
     いそいそと玄関へと向かう背中をぼうっと見送れば、ドアの向こうからはすっかり耳慣れた親しげなやり取りが聞こえてくる。
    「どしたのいくや、夏也くんは?」
     たしか当初は郁弥にも二人から声を掛けていて、先約があるからと断られたのだとは聞いていたけれど……なるほど、夏也先輩とだったのか。どこか所在なさげな気持ちのままちびちびとぬるくなったお茶を飲んでいれば、いつも通りの――いや、いつもに増しての切れ味の増した冷ややかな眼差しがこちらへと注がれる。
    「お待たせ、貴澄。ごめんね、日和が迷惑かけたみたいで」
     わざとらしく棘のある言い方にはもう慣れたつもりだけれど――今日ばかりは仕方あるまい、監督不行届だったのは紛れようもない事実なわけだし。
    「そんな、別に……僕がつい長居しちゃっただけだしさ。ごめんね、遠野くん。ほら、もう郁弥も来てくれたし安心でしょ。僕そろそろ帰らないとだからさ、明日ちょっと用があったの思い出しちゃって」
     取り繕うように笑いながらその場を立ちあがろうとすれば、郁弥の隣に寄り添うように立っていた遠野くんからは途端に不満そうな声が洩らされる。
    「しぎのくん、帰っちゃうの……?」
     ぼうっと滲んだ瞳や舌っ足らずの甘えた声はアルコールのもたらしたものにすぎないはずだとそう分かっているのに――どうしようもなく後ろ髪を引かれて、ちくりと胸が痛む。
    「日和、わがまま言わないの」
     子供を宥めるみたいな口ぶりで答えながらぎゅっと袖を引っ張って見せる仕草がひどく眩しい。わかりきっているのに、このふたりが積み重ねてきた時間がどれだけ特別で、僕の立ち入る隙なんていまさらない事くらい。
    「ごめんね、遅くまでお邪魔しちゃって。ありがとう――遠野くん、あんまり呑みすぎちゃだめだよ。郁弥も忙しいのにありがとう。今度またよかったらさ、みんなで集まろ? ごめんね、郁弥の来られる日にすればよかったのにね」
    「しぎのくん……、」
     ひどく寂しげな子どもみたいなまっすぐな瞳に見つめられると、途端にざわりと胸の内がざわめく。うんと素直で無防備で、柔らかくて――丁重に覆い隠されていたのであろう「ほんとうの」遠野くんの片鱗を前に、ぐんとかさを増した愛おしさはますます募って、暴れ出しそうなほどになる。
    「ごめんね、じゃあ僕、そろそろ……遠野くん、またこんどゆっくりね? 郁弥もありがとう、また連絡するから」
     ソファの隅に置かせてもらっていた上着を羽織り、ボディバッグをその上に背負えば、ぱちり、とぎこちないアイコンタクトが注がれる。
    「日和は疲れてるでしょ、もうベッドで休んでて。片付けは僕がするから。ちょっと貴澄と話してくるけどいいよね?」
     有無を言わさず、とでも言わんばかりの言葉を前に、ただ頷くことくらいしか出来ない。
    「貴澄、」
    「ああ、うん」
     促されるままに視線を注げば、ひどく複雑そうな色を宿した眼差しがじろりとこちらを睨みつける。
     ……そうなるよね、まぁ。
     覚悟を決めるような心地で、わざとらしく家主からは視線を逸らすようにしたまま居室を後にすれば、ちくりと鈍く胸は痛む。
    「ごめんね、ほんと……ありがとう」
     短い廊下に出てすぐ、気まずい心地のままにひとまずはそう答えれば、目を合わせようとはしないまま、「僕はいいよ」だなんて投げやりな口ぶりでの返答が返される。
    「日和、随分酔ってたね。どうせバカ旭のせいでしょ?」
     声を潜めながら掛けられる言葉を前に、曖昧にな苦笑いでやり過ごすように僕は答える。
    「きょうさ、遠野くん、すごく楽しかったみたいで……ちゃんと気をつけてたんだよ。お酒と同じ量だけお水も飲まなきゃダメだよ、お腹が空いた状態で呑んじゃダメだよ、っていうのは旭からもちゃんと言ってて……あんまり怒らないであげてね? 遠野くんは悪くないし、僕のせいだから」
    「怒ってないよ、別に」
     ぽつりぽつりとぎこちなく答えれば、言葉とは裏腹のひどくこわばった口ぶりでの返答が続く。
    「賢明な判断だったんじゃないの。僕のこと呼んだっていうのはさ、要は何もしてないってことでしょ? まだ」
     案外不器用だったんだね、貴澄って。
     一際声を潜めるようにして告げられる言葉に、胸の奥が歪に震える。
     いやまぁ、その……言葉通りではあるのだけれど。思わず口ごもるこちらを前に、絶対零度の言葉は続く。
    「安心したよ、貴澄がそんな最低な奴じゃないってことくらい信じてたけどさ」
    「あぁ……うん。ーーありがとう」
     果たしてこれで〝正解〟なのはかちっともわからないのだけれど。ぎこちなく答えれば、少しだけ和らいだ笑顔がそれを受け止めてくれる。
    「安心して、バカ旭にはちゃんと僕からも言っておくから、僕のいないところではもう日和にお酒呑ませないでって。それと、日和にもね」
     ぎこちなく身をこわばらせる前に、ひそやかにトーンを落とした言葉は続く。
    「お酒が入ってないと素直になれないなんて、それじゃ貴澄に信用してもらえないよって」
     淡々とした口ぶりで告げられる言葉の奥に潜むあたたかな色が、胸の奥に深く刻まれる。
     どう受け止めたらいいんだろう、こんな時は。言葉に詰まるこちらの背に、少し滲んで綻んだ声が優しく届く。
    「……しぎのくん?」
    「とお、」
    「日和……、」
     遠慮がちなこちらの声に被せるように、一際よく通る声が狭い玄関に響き渡る。
    「寝てなよって言ったでしょ、大丈夫なの?」
     制するようなきっぱりとした口ぶりでの郁弥の呼びかけを前に、どこか遠慮がちに震えた声で遠野くんは答える。
    「だって、しぎのくん帰っちゃうんでしょ?ちゃんと言ってなかったからさ、ありがとうと、またねって」
    「遠野くん……」
     もどかしく言葉を探すこちらを前に、にいっと優しく笑いながら、すこしほつれた言葉が続く。
    「きょうさ、僕、すごく楽しかったよ。しぎのくん、またご飯食べにきてね」
     少し照れくさそうに笑う顔に滲む無防備な幼さに、ぎゅっと胸を締め付けられる。
     何考えてたんだろう、ほんとうに。身勝手なのにも程がある。言い知れようのない罪悪感と愛おしさとの両方が渦を描いていくのを感じながら、ぎゅっと唇を噛み締める。
    「……あぁ、うん。ありがとう。今度は郁弥も一緒の時にしようね、その方が遠野くんも安心出来るでしょ?」
     ぎこちない目配せを遠野くんではなく、〝当人〟の方へと送れば、すこしばかり複雑そうな苦笑いがそっとそれを受け取ってくれる。
    「長々お邪魔しちゃってごめんね、ありがとう。郁弥もね。じゃあ、僕、帰るから……おやすみなさいまた今度ね」
     くるりとふたりに背を向けると、横着をするように、立ったままぎゅうぎゅうとスニーカーの中へと足を押し込む。とにかくいまはもう、一秒でも早くここから立ち去りたくて堪らないから。
    「しぎのくん……、」
    「貴澄、ありがとう」
     背中越しにかけられる言葉の温かさが、いまはただもどかしい。
    「……ありがとう、またね」
     重い鉄扉に手を掛け、どうにか脱出に成功する。







     カーテンの隙間からこぼれる一筋の光が、朝の訪れを否応なしに伝えてくれる。
     あれ、もうそんな時間なんだ? いつの間に眠っていたんだろう。それになんだか妙に頭が痛い、ぐるぐるする。体が妙にぼんやり火照っているような感覚がするし、あちこちがぎしぎしする。すごく楽しかったことは覚えているんだけれど、一体なんなんだろう?
     ぐるぐると頭の奥で渦を巻く感情に飲み込まれそうになるのを感じながら気だるい身体を起こすと、すっかり耳慣れた声がそっと届く。
    「おはよう、日和」
    「郁弥……?」
     いつの間に来ていたのだろう。たしか昨日は椎名くんと鴫野くんが家に来てくれることになっていて、郁弥だって勿論誘ったのだけれど、折悪く先約があると断られて、それで――途切れ途切れの記憶の断片を繋ぎ直そうにも、ズキズキと痛む頭が邪魔をしてうまく働いてくれやしない。
    「憶えてないの? 昨日のこと」
    「……あぁ、うん。まぁ」
     すごく楽しかった、だなんてことだけはぼんやりとわかるのだけれど。
    「たしか……その、椎名くんと鴫野くんが家に来てくれて、みんなでおしゃべりして……椎名くんは途中で帰らないといけなくて、それで」
     しどろもどろに語りだすこちらを前に、はぁ、と大袈裟に息を吐き、ひどく呆れたようすの言葉が続く。
    「バカ旭のせいで日和が呑みすぎちゃったんだよ。旭が茜さんに呼び出されて帰った後も、貴澄はまだ日和と居たいからって残ってたんだって。でもさ、日和がだいぶ酔っちゃったもんだから貴澄も手に負えなくなって、僕に連絡してきたってわけ」

     一通りの〝解説〟を受け、おぼろげな記憶が引き寄せられる。
     そう確か、昨日は……お酒の効果もあって、いつもよりも気が大きくなって。椎名くんと一緒に帰ろうとした鴫野くんを引き留めて。
     鴫野くんが居てくれるのが嬉しかった僕はますますお酒が進んで、普段なら口にしないようなことまでつい口走って……いつも通りならからかわれるのは僕の方なのに、いやに恥ずかしがったり戸惑って見せる鴫野くんのぎこちない態度がかわいくて、もっと困らせてみたい、だなんて厄介な気持ちになって、それで――。
     ぶん、といきおい任せにかぶりを振り、僕は答える。
    「そうじゃなくて……鴫野くんはさ、椎名くんが帰るって言ったタイミングで帰ろうとしてたんだよ。でもさ、僕が止めたんだよ。もっと一緒にいたいから帰らないでって。それで鴫野くんは『いいよ』って言ってくれて、僕もつい楽しくなって……」
     気が大きくなった僕は、いつもなら言わないようなことまでぽんぽん口に出して、『鴫野くんって僕に対してだけよそよそしくない?』『きょうだってさあ、椎名くんとはふざけてじゃれあってるのに僕にはちっとも触らないでしょ。僕のこと嫌いだから避けてるの?』だなんてやけに絡んで、それで――。
     ありありと脳裏に蘇る記憶を前に、気まずさとしか言いようのないものが浮かび上がる。どうしよう、どうしよう……鴫野くんがいくら優しいからって、甘えすぎてたのにも程がある。
     急激な気恥ずかしさに襲われるままに思わず顔を覆って堪えていれば、呆れと優しさとが絶妙に入り混じった言葉がそっと被せられる。
    「いいからさ、早く顔洗って歯磨きしてきなよ。旭と貴澄には僕から連絡しといてあげるから、反省会はそれからね?」
    「あぁ、その――うん」
     いまさらどうしようもない気恥ずかしさと罪悪感にまざまざと襲われるのを感じながら、よろりと軋む身体を起こす。これからどうすればいいんだろう……僕は。
      

    「日和は僕の居ないところでお酒を呑むのは金輪際禁止」
    「お酒が入らないと素直になれないのは日和の悪いところだから、重々反省するように」
     郁弥からの手厳しい〝お仕置き〟の言葉を前に、僕が改めて自分自身を見つめ直すことになっただなんていうのは、あともう少しだけ先のお話。
      
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    raixxx_3am

    DONEブックサンタ企画で書いたお話、恋愛未満。
    日和くんにとっての愛情や好意は相手に「都合のいい役割」をこなすことで得られる成果報酬のようなものとして捉えていたからこそ、貴澄くんが「当たり前のもの」として差し出してくれる好意に戸惑いながらも少しずつ心を開いていけるようになったんじゃないかと思っています。
    (2024.12.22)
     幼い頃からずっと、クリスマスの訪れを手放しで喜ぶことが出来ないままだった。
     片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
     ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
     仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
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    raixxx_3am

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     ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
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    raixxx_3am

    DOODLEDF8話エンディング後の個人的な妄想というか願望。あの後は貴澄くんがみんなの元へ一緒に案内してくれたことで打ち解けられたんじゃないかなぁと。正直あんなかかわり方になってしまったら罪悪感と気まずさで相当ぎくしゃくするだろうし、そんな中で水泳とは直接かかわりあいのない貴澄くんが人懐っこい笑顔で話しかけてくれることが日和くんにとっては随分と救いになったんじゃないかなと思っています。
    ゆうがたフレンド「遠野くんってさ、郁弥と知り合ったのはいつからなの?」
     くるくるとよく動くまばゆく光り輝く瞳はじいっとこちらを捉えながら、興味深げにそう投げかけてくる。
     大丈夫、〝ほんとう〟のことを尋ねられてるわけじゃないことくらいはわかりきっているから――至極平静なふうを装いながら、お得意の愛想笑い混じりに僕は答える。
    「中学のころだよ。アメリカに居た時に、同じチームで泳ぐことになって、それで」
    「へえ、そうなんだぁ」
     途端に、対峙する相手の瞳にはぱぁっと瞬くような鮮やかで優しい光が灯される。
    「遠野くんも水泳留学してたんだね、さすがだよね」
    「いや、僕は両親の仕事の都合でアメリカに行くことになっただけで。それで――」
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    raixxx_3am

    DONEすごくいまさらな日和くんのお誕生日ネタ。ふたりで公園に寄り道して一緒に帰るお話。恋愛未満、×ではなく+の距離感。貴澄くんのバスケ部での戦績などいろいろ捏造があります。(2023/05/05)
    帰り道の途中 不慣れでいたはずのものを、いつの間にか当たり前のように穏やかに受け止められるようになっていたことに気づく瞬間がいくつもある。
     いつだってごく自然にこちらへと飛び込んで来るまぶしいほどにまばゆく光輝くまなざしだとか、名前を呼んでくれる時の、すこし鼻にかかった穏やかでやわらかい響きをたたえた声だとか。
    「ねえ、遠野くん。もうすぐだよね、遠野くんの誕生日って」
     いつものように、くるくるとよく動くあざやかな光を宿した瞳でじいっとこちらを捉えるように見つめながら、やわらかに耳朶をくすぐるようなささやき声が落とされる。
     身長のほぼ変わらない鴫野くんとはこうして隣を歩いていても歩幅を合わせる必要がないだなんてことや、ごく自然に目の高さが合うからこそ、いつもまっすぐにあたたかなまなざしが届いて、その度にどこか照れくさいような気持ちになるだなんてことも、ふたりで過ごす時間ができてからすぐに気づいた、いままでにはなかった小さな変化のひとつだ。
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