かえってきてね!!「ちょっと出るから……外から鍵かけるけど、戸締り気をつけてな。なんかいるもんある」
ドア越しにおそるおそる声をかければ、ぐずぐずにほつれてくすぶった不機嫌そうな声が返される。
「いーけど。ちゃんと帰ってくるよね」
「晩飯までに帰るって」
「二度と帰ってこないとか無しだからね」
いじけた子どもみたいな口ぶりに、思わず苦笑いのひとつも洩らしたくなる。いや、映画とかドラマの見過ぎだろ。週明けには仕事だってあんだぞ。
大げさに肩を落としながら、おそらく涙目になっているのであろう顔をぼんやりと想像してみる。
「……ごめんなほんと、ちょっと頭冷やしてくるだけだから心配すんな。てかきょうのめし当番俺だろ、なんか食いたいもんある?」
「なんでもいーって言ったらまた怒るでしょ。じゃあとんかつ」
「味噌汁は? なめこでいい?」
「てかケンカしてんのになんでそんなこと聞くの! 早く出たらいーじゃん」
おっしゃる通りでございますね。つい売り言葉に買い言葉で答えそうになるのをぐっと飲み込み、極力優しい口ぶりで答える。
「反省してんだよ、これでも」
「……いいけどさ、なら」
不満げに洩らされる声に、どうしようもなく胸の内を掻き乱されるのを堪えきれなくなる。
引っ込みがつかなくなってるだけだよな、たぶん。まあしょうがない、そういう時だってあるもんな。そっと胸に手を当てながら、諭すような口ぶりで声をかける。
「いいから戸締り気をつけろよ、買い物行ってくるから。さいきん何かと物騒だから、あやしいのが来ても出なくていいからな。宅急便とか、ほんとに来る予定あったか確認しろよ」
いや、小学生か。さすがにますます怒られてもおかしくないよな。
自分のことながら、どうにもあきれた心地のままずんずんと廊下を進めば、ぴったり閉め切ったドアの向こうから精一杯に張り上げた声が返される。
「周も車とか気をつけないとダメだよ、ちゃんと帰って来ないと怒るからね」
「おう」
「……いってらっしゃい」
涙まじりのぐずぐずの声に後ろ髪を引かれるような心地を味わいながら、履き潰したスニーカーに足を突っ込む。
誰かと生きていくのってめんどくさいな、ほんとうに。それでも、こんなにも愛おしくてしょうがないだなんて気持ちはかけらも目減りしないのだけれど。
「じゃあな、留守番頼んだからな」
重い鉄扉にゆっくりと手をかけながら、深く息を飲み込む。
帰ったらちゃんと顔くらい見せろよな、言うことたくさんあんだから。おまえだってそうだろ。
数えきれないもどかしさを胸に抱えたまま、ふたりを閉じ込めてくれるこのひどく小さな世界から足を踏み出す。