lingering scent「あれ、桐島くん香水つけてる?」
いい匂いだね、どこのやつ? 挨拶がてらにかけられた言葉に、思わずぎこちなく身が強張る。
いや、そんな憶えは――あったな、今朝方に。ぎゅうぎゅう擦り寄って来られたもんな。(なんでもちょっと面倒な用事が控えているせいで気落ちしていたらしく、朝からひっついて来られた)(あまやかしたい気分だったのでこちらとしてもちょうど良かった)
犬か猫の子にでも構うみたいにわしわし撫でてやったら、いつもみたいなけろっと明るいようすになったからこちらとしても安心していたのだけれど――いやはや、想定外だ。
思わず斜め上の方角へとぎこちなく視線を逸らしながら、ぽつりとちいさな声で答える。
「聞いときます、こんど」
「……へぇ」
あ、しまったな。
気がついた時にはもう遅い。先輩の瞳の奥にはかすかな好奇の色が光るのが見えるから。
まいったな、ほんとうに――何よりも厄介なのは、こんなきまりの悪さを前に、それでもどこかしら浮き足だった気分を感じている自分自身だけれど。
「きょうも一日がんばろーね、ぼちぼちでいいからさ」
「はい」
気遣うように掛けられる言葉を受け止めながら、ポケットの中にしまった手をぎゅうっと握りしめる。
さて、きょうも一日、ぼちぼちがんばらないと。(だって、もうこんなにも会いたいから)