春告鳥 鳥の囀る声は求愛のためのアプローチだなんて話を、いつかずっと昔に聞いた憶えがある。こうして微睡みながら耳にする澄んだ歌声は自分たちと同じように、大切な相手へ愛の言葉を伝えるために紡がれているのだと思えば、ただそれだけで、胸の内には幾重にも折り重なったあたたかな色が宿る。
「ねえ日和、春告鳥が鳴いてるよ」
聞こえる? 少し低めのやわらかくくぐもった声が、そっと耳朶を湿らせるかのようにやさしく響き渡る。
ふたりぶんの体温ですっかり温められたシーツの上、心地よい繭の中に身を預けながらそっと足と足とを絡めあい、ぬるい息を吐き出す。
あたたかな掌はそっと髪をかき回し、少し重たげな瞼はうんとゆっくりの瞬きを溢しながら、じいっとこちらを捉える。切れ長の瞳を縁取る長い睫毛、とろりと甘く潤んだ、眩い光を放つ少し色の薄い虹彩――明け方のベッドの中で見つめる恋人の姿は穏やかに縁が滲んで、どこかあやふやで、まるでこの時間すべてが夢の続きのように思える。
「……うん、」
くぐもった声でぽつりと答えながら、なだらかな頬をそっと指先でなぞる。少しばかりの気恥ずかしさと誇らしさ、その両方を混ぜ合わせたかのようにやわらかく瞼を細めた優しい笑顔にじわりと心地よく胸を締め付けられるのにただ身を任せる。
「そんな季節なんだね、もう」
ゆっくりと瞬きを落としながら、離れがたいような気持ちでぎゅっと身を寄せて、深く息を吐く。
ぼんやりとピントの合わない世界はまだ半分夢の中の世界の続きにいるようで、ひどく曖昧で――それでも、触れ合った肌と肌の境目を緩やかに溶かし合うかのようなこの熱は、その存在の確かさをありありとこうして教えてくれるから、離れ難い気持ちをますます高めていく。
鶯の別名は春告鳥――その名のとおり、春の訪れを教えてくれる歌声を、長い冬が明けることを待ち侘びた人たちが軽やかなその囀りに焦がれてそう呼ぶようになったから――そんな逸話を教わったのもまた、いつかのおなじ季節の、こんなあやふやな時間だったことをぼんやりと思い返す。
「……きすみ、」
「うん」
くしゃくしゃになったやわらかな髪をそっとかき回しながら、くぐもったあやふやな囁き声を肩口へとそっと落とす。
「こうしてていい? もうちょっとだけ……」
「いいよ、そんなの」
ひどく不器用な愛の囀りは、どうやらちゃんと受け取ってもらえたらしい。いつもよりも少しトーンを落とし気味の囁き混じりのやわらかくくぐもった返答の言葉はじわりと鼓膜を伝って、心の奥までひたひたと湿らせていく。
「好きだよ……、すごく」
「うん」
どちらともなくそっと告げ合う愛の囀りは、朝の光の中に包まれるようにしながら、音も立てず、ただたおやかに溶けていく。