初夜暴発主肥「消せよ」
そう言われて、なんのことか全然分からなかった。
夜で、執務室の更に奥にある、俺の寝室で、ベッドの上で。押し倒されてくれた肥前が睨むように俺を見上げている状態だった。
なんのことか本当に分からなかったので、しばらく考えて、「気配……を?」と返したら舌打ちされた。ベッドの上でしていい顔じゃないんだよな。 そういうところも可愛いと思ってるから、別に今更傷ついたりしないけど。
「あかりだよ。……これか?」
「そうだよ~。2回押すと豆電球に、あっ」
枕元にあったリモコンを手に取った肥前は、俺が言い終わる前に手早くボタンを3回押した。あっという間に視界が真っ暗になる。どうしてそういうことするんだ。
「おーい。何も見えないんだけど」
「おれは見える」
「だろうね」
ふ、と鼻先で笑われたのが分かった。体は密着しているから、かろうじてどこにいるかは分かるけど。
「肥前」
「ん…」
体をかがめて顔を寄せれば、どうにか位置は違わずに唇を重ねられた。かさついた唇を舌先で舐めると、小さく息をつめる間があってから薄く口が開く。そのまま中に潜り込んで引っ込みかけた舌先を捉えると、くぐもった声が漏れた。
「……ぅ、ん……っ」
舌先を舐り、食むように吸い上げると、遠慮がちに伸びた手が俺の袖を掴んだ。手探りでパーカーの裾から手を突っ込む。だぼっとしたシルエットの中が、見た目よりずっと薄くて細いのは見えなくてもわかった。平らな腹に掌を当てて、するりと胸まで撫であげれば、袖を掴む力が強くなる。掌越しに、とっとっとっ、と早い心音が伝わってくる。唇を離して、まだ互いの吐息が届く距離で俺は尋ねた。
「…いや?」
「……」
肥前の手は、俺の袖を掴んだままだけど、振り払うことも押しのけることもしない。
「もうやめて欲しい?」
肥前は、本当に嫌なら嫌だと口で言うし、なんなら嫌という前に手が出るタイプなので、そういう意味ではとてもわかりやすい。真っ暗で何も見えないけど、肥前がまだ俺の体の下にいるのが答えだった。本人はふいとそっぽを向いてしまって、跳ねっ毛が俺の鼻先をくすぐったけど。
「じゃあ電気つけていい?」
「やめろ」
それは嫌か~。多少目が慣れてきたとは言え、この暗闇の中でことを進めるの、なかなか難易度が高い。だからといって、このまま健全に寝るつもりはもちろんなかったので、多分ここほっぺたかな?というところに口付けて、たくしあげたパーカーの下に顔を寄せる。
ちゅ、ちゅ、と音をたてながら胸元から腹の方へ降りていくと、これも抵抗はなかったものの、柔らかい皮膚を強く吸うと、ひゅっと喉が鳴る音が続いた。指先が髪に絡む感触があったけれど、気にせず腰骨の辺りをなぞる。嫌がられてたら俺の毛根が悲鳴をあげていただろう。しかし、下も脱がせようとしてはたと気付く。これ、どうやって脱がせるんだろう。そのまま下にずらすにはきつく、しかしチャック的なものが見当たらない。
「…っにしてんだよ……」
あちこち触っていたので、さすがに不審に思ったらしい肥前が身じろいだ。気が変わられては困る、と思うものの、正直に伝える。
「下、脱がせるの難しい」
少し間があって、はあ、と深いため息が聞こえたかと思うと、しゅる、と衣擦れの音がして、布地と腰の間に隙間ができた。手探りで引っ張ると、下着とまとめてするりと簡単に脱げる。スキニーだと思ってたけど、どうも違うっぽい。腰のとこでなんか結んでた……? 何も見えないから分かんなかったけど。っていうか今肥前が自分で脱いでくれた……!? なにそれえろいな……見えないのが重ね重ね惜しい。
「うるせえな」
「痛っ」
声に出てたらしくて、怒った声が降ってくると同時に、服から抜いたばかりの足が俺の脇腹を蹴った。本当にひどい。見えないから避けることもできないし。でも、蹴った足はそのまま俺の体を挟み込んでくるから、まだ全力の拒否ではないらしい。でも見えないのは本当に不便というか、困るというか。駄目元で、最後のひと押しをしてみる。
「ねえ、やっぱ電気さあ」
「嫌だ」
いやか~
即答されてしまい、俺は諦めて手探りでベッドサイドテーブルの引き出しを探った。自分の部屋なのでどこに何を入れてるかくらいは、まあ見えなくても分かる。こういう時のために色々入れておいてよかった!
「なんだそれ」
下から怪訝な声がしたけど、再び体を屈めて口づけを落とす。何せ真っ暗なので鼻先のあたりを掠めた気がするけど想定内だ。ちゅ、ちゅ、と何度も口付けて、鼻先から頬、頬から唇に辿り着く。唇を食みながら、俺の腰のあたりを挟み込んだままの足にそっと触れる。爪先から、膝裏、太腿に手を滑らせると、びく、と体が震えたけど蹴りが飛んでくる様子はない。
「ん、ッ」
宥めるように口づけを繰り返しながら足を広げさせ、その間に体を押し込む。触れた箇所から緊張が伝わってくるけど、今更止められるわけがない。足の付け根を辿ると、既に熱を持ち始めている中心がぬるりと俺の手を濡らす。俺だけじゃなかった、と安心する気持ち、好きな子に意地悪したい気持ちが拮抗した。
「すご、もうぬるぬるじゃん」
「だまれ…っ」
こわ。でも声は震えてるのでもう気にしないし、視界が暗いのはもういいか、と思った。さっき引き出しからとったチューブの中身を手の上から垂らしていく。
「ん……っ、ぁ……っ?」
戸惑うような声と同時に、俺の背中に回った手が、ぎゅっとシャツを強く掴む感触がした。ちゃんと掌とかで温めておけばよかったけど、残念ながらそんな余裕はない。用意していたローションをゆる勃ちあがった性器にぬちぬちと絡ませながら、その下の窄まりをに滑らせていく。
「っ、な、にして、」
「何って、ここ慣らさない、と……?」
「あ、ッ」
ぐちゅ、と音を立てて中指を埋め込むと、想像よりも抵抗なく飲み込まれていった。柔らかくて熱くて、狭いけれど、指を僅かに動かすだけでぐちゅぐちゅと粘着質な音が立つ。ローションをまとわせてるとは言え、あまりにも難なく指が飲み込まれていった。そっと人差し指も添えてみると、狭い入口さえ抜ければやはりぬるりとした感触だけで咥えこまれてしまう。
「ひぜ、ん? ここ、すごいんだけど……え、やわらか」
「あ、あっ、ま、て……んんっ」
荒い呼吸に合わせて、肉壁がきゅうきゅうと吸い付いてくる感覚がたまらない。体の中心に熱が集まるのがわかった。暗闇の中で、ごくりと息を飲む音がやけに大きく響く。
「指、やめろ……っぁ、」
もはや俺の首を絞める勢いで抱きこんでいる肥前の声は近い。でも掠れた声が出る度に腰が揺れて、その動きでさらに奥へと指が入っていくし、柔い内側を擦ってしまう。
「っは、やく、いれろよ……」
「はやくって、そんな」
「入るだろ、なぁ、」
肥前の言葉通り、二本の指で広げたところはもっと質量を求めて収縮しているけど、俺は慎重に、大事に肥前のこと抱きたいのに。でも、熱い吐息がかかるたびに理性が飛びそうになるし、股間が痛いくらいに膨張しているのも事実だ。
「じゃ、じゃあ、いい……? 本当に……」
指をそっと引き抜くと、名残惜しそうに内壁が絡みついてきて、ちゅぽ、と微かに音が鳴った。興奮でおぼつかない手で自分の下着をずらす。あ、ゴム、どこに置いたっけ、と思ったものの、ぐいと引き寄せられて、次の瞬間には熱くて柔らかいぬかるみに包まれていた。
「ぅあ、ちょ、待って……!」
「っるせぇ、な……ぁ」
しっかり腰を挟まれているし、蕩け切ったナカの、指で触れていた場所より奥に飲み込まれて、達してしまわないようにするので精いっぱいだ。先端も、太い幹の部分も熱い肉にきゅうきゅうと締め付けられている。
「あー……すご、きもちいい……」
「うぁ……ッ、んんっ……」
思考もとろりと蕩けそうになるけど、肥前の苦し気な吐息で我に返る。動きたいけど、動いたらもう我慢できない気がする。ふ、ふ、と息を整えながら、なんとか腰を動かさずにいたのに、息が整いきる前に、巻き付いた足がことさら強く俺の腰をぐいぐいと押した。
「ッ、だめだって、あ、」
俺の制止を無視して、ぬち、ぬち、と控えめな水音と共に屹立した性器が飲み込まれていく。あたたかくて、やわらかくて、時折きゅうきゅうと締め付けられながら、根元まで包み込まれてしまう。俺の腹にぴったりと密着した太腿は震えていて、はあはあと乱れた呼吸が耳元で聞こえる。
「は、いった……」
「っ、しゃ、べんな……っ」
俺の声は震えていたし、肥前が声を出す度、呼吸に合わせてナカがきゅうと締まるから余計に刺激されて苦しい。首をしっかり抱きこまれているせいもあるけど。
「肥前、肥前、手離して……」
むずがるように首を振る肥前の腕をそうっとほどき、ベッドの上に縫い付けるように下ろす。その顔を見降ろしたところで、やっぱり真っ暗なので何も見えないけど、だからこそ声とか音とか、根元まで納めた性器の脈打ちまで響いて聞こえるようだった。
「肥前、動くから……」
ゆっくり腰を引くと、離れたくないみたいに内壁が絡みついてくる。中ほどまで抜いてから再び押し込むと、ぐぷぐぷと空気を含んだ音が響いた。
「ん……んっ、あ」
「はあ……音すご、」
「う、るせ……っあ、あッ、んん、ぅ、う」
途中で口元を覆ったのか、声がくぐもる。聞きたいのに、と思うものの、一度動くともう止められなくて、また腰を引いて、押し込んでをゆっくり繰り返した。その度にじゅぶ、ぐちゅ、と結合部から音が漏れて、俺の荒い息と、肥前のくぐもった声に混ざる。けれど、もっと動いていいかな、と腰をぐいと押し付けると、ゴツ、と鈍い音がして、「いっ……て」と掠れた声が下から聞こえた。
「え、ごめん、もっとゆっくりがいい……?」
「っちげえよ、頭……」
あたま? そういえば今の音なんだろう、と身を屈め、肥前の頭あたりに手を伸ばすと、こつん、と硬いものに当たる。夢中になっている間に、体がずり上がっていたらしく、すぐそこにヘッドボードがあった。気付かなかったけど、見えないんだからしょうがない。もう少し後ろに下がった方がいいかな、とまた手探りで位置を確かめると、今度は別のものに手が当たった。ヘッドボードよりはるかに小さくて、なんだか覚えがある触り心地だ。
「あ、」
肥前に取り上げられてどこかにいったと思っていたリモコンだった。俺はほとんど無意識に、ボタンに手をかけた、が。
「ッ、おい」
汗ばんだ手が俺の腕を掴み、同時にぐいと引き寄せられる。油断していたせいでバランスを崩し、思いきり覆いかぶさってしまった。ぐちゅっ、と音を立てて、抜けかけていた性器が落ちるように狭い孔の奥を突く。
「っ!~~~っ、ん」
声にならない声はどっちだったか分からない。ただ、前触れなく激しく肉筒を扱かれて、倒れ込んだ先は汗ばんでしっとりとした肌で、肥前の吐息はすぐ近くで、それで、我慢できなかった。
「ぁっ、あ、」
「ん……っ!」
「ま、って、あ、あっ」
俺の情けない声と共に、腰が震え、脈打つ肉からどくどくと溢れていくのが分かる。その間にも柔らかな肉が蠢き、締め付けてきて、射精は長く続いた。頭の芯が痺れそうなほどに気持ち良くて、しっかり注ぎ込もうとするように腰を何度も押し付けるのを抑えられない。
「ぁ……ふ、ぁ……」
「はあ、は……はぁ……」
「ん、ぅ……」
体の下で、肥前がぶる、と身震いする。ようやく出し切ると、今度は脱力感と羞恥心に襲われた。中に出してしまった。しかも、びっくりするほど早く。
「ひ、ひぜん、ごめん……」
「ぁ……あ?」
あかりつけていい? と尋ねるものの、力なく「やめろ」と返される。そうっと腰を引くと、ぬぷ、と間抜けな音がした。
「はあ……」
肥前が深く息を吐き出す。怒っているような、呆れているような、どちらともつかないため息だったが、「風呂、借りるからな」と言い残して起き上がる気配がして、俺は一人、暗闇に残されたのだった。
***
風呂場の方からしばらくシャワーの音が聞こえてきていたけど、その間も俺はベッドから動けず、かろうじて下履きは履いたものの、すっかり身支度を整えた肥前が戻ってきて明かりをつけた時にはもうベッドの上でまんじゅうのように布団にくるまっていた。ぎし、とベッドが軋んで、肥前が布団に潜り込んでくる。
「……おい」
「そっとしておいて……すごいショック受けてるから今……」
もそもそと喋る俺を、肥前はまた鼻で笑う。それから少しだけ沈黙があって、次に口を開いたのもやっぱり肥前だった。
「気にするほどか?」
「気にするよ……俺、ほんとはあんな早漏じゃないから……」
「へぇ?」
早漏じゃないし、初めてだから俺が色々やってあげようと思ってたし、そもそも最初にあかり消されちゃうとは思わなかったし……と呟いているうちに、段々と恥ずかしくなってきた。俺はもう少しスマートにやれる男だと思っていたのに、肥前相手だとなんだか全部がめちゃくちゃで情けない。なのに、しっかり俺の懐に潜り込んできた肥前はなんだか機嫌がよさそうだった。
「それじゃ、次はせいぜい頑張れよ」
「またそんな面白がって……え?」
がばっ、と起き上がると、布団が持ち上がって途端に眉を顰められる。枕を引き寄せて、もうすっかり寝るつもりの肥前に、俺は恐る恐る言った。
「次がある…ってこと?」
「うるせぇ。寝ろ」
「っていうか、肥前自分でなんか……慣らしてきたよね?」
「寝ろ」
「抱かれる準備してきてくれた……ってこと? それってさあ」
「寝ろ」
肥前はそれ以上もう何も返してくれなかったし、翌朝目が覚めた時にはもう部屋に戻ってしまったから寂しかったけど、その日一日、妙に浮かれた気分で仕事をこなせたのだった。
おわり?