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    mctk2kamo10

    @mctk2kamo10

    道タケと牙崎漣
    ぴくしぶからの一時移行先として利用

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    1日1作再投稿
    お気に入りのセブクロ(道タケ)

    #腐向け
    Rot
    #エムマス【腐】
    #道タケ
    #セブクロ
    sevenSisters

    バースデープレゼント 3 years ago

    「お前たち、歳と誕生日は」
     運転席の男はそう聞いておきながら、ハンバーガーにかぶりついた。その間に返事があるかと思ったのだろうか。残念ながら僕は到底答える気にはならない。A-7は溢れたソースを親指の腹で拭い、ちらりと助手席の僕を見た。
    「食わないのか、それ。買ってやったのに」
    「……、そうだな。『そっちの味が食べたくなっちゃったな。食べかけでいいから交換してくれる?』」
    「ふ、俺に毒見をさせたな? 優秀で結構。A-30は」
    「もう食った」
     後部座席から丸めた包み紙が飛んできて、フロントガラスにぶち当たって落ちた。A-7は笑ってそれを拾い上げる。テイクアウトした時の紙袋に仕舞ってから、僕の手から未開封のハンバーガーを取り上げ、代わりに食べ掛けを。僕のものだったハンバーガーはほんの数口で食べきられた。
     A-30の様子に変化はない。A-7も。さっきの店は僕らの敵の息がかかっているわけではないようだし、内通している人間もいないだろう。完全に一般人の作ったものだと見て良い。他者の手が入るタイミングはなかった。色、におい、異常なし。A-7の大きな口跡に重ねて、小さめに一口。安肉の臭みをガーリックで上塗りした最悪な味。まあ、嫌いではない。よく咀嚼してから飲み下し、二口目。
     A-7はそんな僕を横目にエンジンを入れた。この時代にオートマチックではなくレトロなマニュアル。年代物ならば、稼働音もそれなりだ。だというのに彼は心地良さげに聴いている。
     出会ったのが、ちょうど三時間前。冷えた死神の目をした男だと思った。隣でA-30は唸るように警戒していたし、僕も未だ信用はしないつもりでいる。だがチームを組めと言われたのなら、従う他ない。顔合わせの後すぐ任務を下され、概要を頭に叩き込んでから本部を出て、さて段取りは、と僕が口を開く前に男は目を細めて微笑んだのだ。そして「腹ごしらえでもするか。俺の奢りだぞ」と軽く言い放った。死神の目をした男は、そのとき、どこにもいなかった。
     よくわからない人を、上司として宛てがわれたのかもしれない。動き出した車の中でちまちまとハンバーガーをかじりながら、A-7を伺う。視線に気づいた彼は僕を一目見て「口が小さいな」と笑った。
    「意図的に小さく食べてるんだろうが、それ以前の問題もありそうだな。全体的に小柄で目だけ大きく見える。A-30よりもかなり若いか?」
    「さあ? 自分たちの年齢とか、知らねえ。でも10年は生きてるな、ぱっと思い返せる範囲でもそれだけ冬を越してるから」
    「……A-30との差は?」
    「あっちの方が上。それは確かだ」
     ここでA-7が黙ってしまった。表情に罪悪感は見当たらない。ただ単に予想外の返答に困っているだけか。しばらく待つと、A-7は片手を一瞬僕に伸ばして、はっとひっこめた。
    「……最初の質問に戻るが。ふたりとも、歳も誕生日もわかってないから答えなかったのか?」
    「それもあるが、そもそも必要性を感じなかった。そんな一般人みたいな情報、僕らには要らないだろ」
     A-30は眠ったふりをしている。僕は食事を続けている。が、それももう最後の一口。安価な量産ハンバーガーひとつで腹は満たされない。包み紙をくしゃくしゃに握りつぶして、紙袋の口に向かって放る。上手く収まったそれを見てA-7は「ナイスシュート」と呟く。
    「そんなことで褒めなくていい」
    「俺が言いたいから言ったんだよ。歳も誕生日も、チームを組むなら知っておいて損はない。俺たちはドッグタグを持てないが、脳内に作ることはできる」
     言わんとしているところは、わからないでもない。だが「ドッグタグ」を作って、後悔するのは残される方。そういう世界なのだ。チームを組めと言われたのだって、ちょうどA-7はバディを失ったばかりで、僕らは教育係を失ったばかりだったから。
     そういう経緯だから、僕らの行き着く先のこともわかっている。車から降りた瞬間狙撃されるかもしれないし、そもそもこのひどい稼働音に紛れて時限爆弾が仕掛けられているかもしれない。最初に見たあの死神の目は本物だったと思うのだ。僕らはきっとこの死神に殺されるのだろうと直感した。
     なのに死神は人のふりをして楽しそうに笑っている。
    「歳はどうしよう、仮にA-30が17、A-31が15としておこうか。誕生日は、ふたりとも今日にしよう。俺たちが出会った日だ。来年の今日にはプレゼントをひとつずつ贈ろう」
     後ろで寝返りを打つような気配がして、ぼそぼそとA-30が問いかける。
    「アンタは」
    「俺はお前より10上で、誕生日は毎年開花した薔薇を初めて見た日にしている」
    「じゃあ、今日だな」
     スーツの胸元を指すと、A-7は視線を追って自分の胸に差された薔薇のブローチを見つめ、高らかに笑った。
    「そうだな! そうだ。では今年から、俺の誕生日は今日だ。お前たちと同じ」
     そうして笑ったA-7が車を適当な町中で停めると、僕らを下ろした。古臭くて丸っこい車体は爆発もせず僕らを運んでくれたようだ。フレームをするりと撫でていると「おいで」と声がかかる。20センチほど上に視線を向け、一歩だけ近寄る。
    「せっかくだ、任務は後回しにして、ちゃんとした美味い飯でも食いに行こう。どうせさっきのじゃ足りなかっただろう? こっちに良いところを知っている。山のように食えるぞ」
     道案内するようなA-7についていきながら、A-30と顔を見合わせる。彼は不機嫌そうに眉根を寄せて、首を傾げた。まだわかんねえ、みたいなポーズだ。まあ、いつ殺されるかわからないし、いつ殺すかわからない。この世に未練もないし、いつ死んだっていい。ならばどうにかなるだろう。
     ふたりで、死神を内包した男の後ろを歩く。

    --- * ---

    2 and a half years ago

     セーフハウスとして借りているこのマンションの一室は、月末には引き払う予定だ。つまり、暗殺決行日もまもなく。今回の依頼人のご要望は「事件性なく」。となれば事故か過失致死を装うかという話になって、確実性を優先してハニートラップを仕掛けることで落ち着いた。担当は僕で、ベッドに誘い込んで、ぶっトべるクスリをちょっと多めに盛って中毒死させる予定である。万が一毒殺に失敗しても首絞めプレイのふりなりなんなりでカバーできるだろう。なんていっても密室なのだから。そして僕は死んでしまった一夜のお相手を目の前に、恐れをなして逃げ出したふりをして、終わり。詳しい始末はA-7とA-30に任せてある。
     ベッドに広げた手持ちの仕事道具の中から持ち込むものを選んでいると、ぬっと僕に影が出来た。振り返り、微笑みかける。
    「ああ、A-7。どうしたんだ、計画に変更でも?」
     眼帯についたイヤホンを指さすと、いや、と彼は首を振った。A-30は標的の見張りを続けていて、動きがあればA-7に連絡するようになっている。
    「何、変更が一切ないから暇なんだ。A-31、隣に座っても?」
    「もちろん。暇なら僕の道具選びに付き合ってくれる?」
     スペースを開けると、なんのてらいもなく彼は腰掛けた。ちらりと道具を眺めて、確かに死神の目をしておきながら一瞬でその表情はなりを潜め、僕の顔を見つめるときにはいつものA-7に戻っている。
    「持ち込むなら銃器は避けろ、痕跡を消しにくい。ナイフを最低限にして薬物の種類を増やせ。腹上死に持ち込むつもりなんだろう? どれを使うんだ」
    「メインはこれで、血圧を上げる薬も混ぜる。もちろん常備薬が詳細にわかれば飲み合わせの悪いものに適宜変更するけど……セックス前にオーバードーズで死んでくれたら最高、セックス中に脳出血でも起してもらえたら上々。飲んでもらえなかったら首を絞めて殺すよ」
    「いつも通りだな」
    「いつも通りさ。A-30も出来ればいいんだけど、僕ばっかりこういうことを覚えちまった」
     暗殺を「狩りと一緒」と評するA-30は事故死や過失致死に見せかけた暗殺は苦手だ。綺麗にとか、そういうことは気にしようとも思わないらしい。だから僕と彼に偽装が必要な仕事が持ち込まれるともっぱら担当は僕になる。今となってはハニートラップにおける技術の差は歴然である。――腹立たしいことに、自ら天才と称し、事実才能に恵まれた彼が本気を出せば僕と互角に戦えるのだけど。今は彼にやる気がないだけだ。
     しかし、である。こんな現状であれば経験数だけは彼に絶対に勝るものであるわけで。
    「僕、ベッドでの暗殺成功率は高いぜ。ちゃんと仕事して、帰ってくる。セックスも上手い、つもり」
     とん、と音を立ててA-7の肩にもたれ掛かる。するりと手を滑り込ませて、指先でその厚い手のひらを辿った。指の谷間に沿って折り曲げてきゅっと手を繋ぐ。手は握り返されなかった。
    「……A-7、僕」
     顔を上げると、A-7は難しい顔をして、首を振った。
    「お前たちの、教育係。俺の前には三人いたな」
     反射的に手を解こうとしたが、今度は強い力でそれを拒まれた。離れようとする体を無理に引き上げられる。いたい、と叫んだが聞いてもらえない。
     A-7は真っ直ぐに僕を見据えていて、視線の鋭さに目を逸らせない。コードを呼ぶ自分の声が震えた。怖気付いている、と自覚したのに、平静を装えない。A-7、A-7と繰り返し声になるのに、それ以外の言葉は喉につっかえて出てこない。
    「あ、ぅ、A、セブ、ン」
    「一人目は暗殺失敗を悟っての自決。二人目は敵対組織構成員との邂逅による戦闘においてお前たちを庇った。三人目は、再び暗殺失敗を悟っての自決。後者二人はお前たちが死体を処分している」
    「7、A-7、ちがう、僕は」
    「三人目は」
     怒号にも似た声に、やっと声の震えは止まった。代わりになんの音も出なくなったけれど。A-7は変わらずギリリと強く僕の手を握って、視線を突き刺してくる。
    「腹上死を狙った任務の途中だったそうだな? お前たちと彼の間に、何があった。なあ、A-30」
     A-7の目が一度閉じられて、次に開いた時に背後へと振り返っていた。ベッドルームのドアが開いて、逆光によって人影が浮かび上がる。右手にピストルを下げた、A-30。
    「……A-7の考えを聞かせろ。イエスかノーかだけはちゃんと答えてやる」
    「オーケー、ピストルはセーフティを作動させてホルスターに仕舞え。その他の暗器には触れるな。質問回数は無制限で、俺の気が済んだらA-31は返してやろう」
     眉を潜めたA-30は、たっぷり三秒は迷って、言われた通りにすることを選んだ。かなり分が悪かったが、そもそも優位を取っているのはA-7の方で条件交渉も無駄だと判断したらしい。まあそもそも絶対に隠さないといけない秘密というわけでもない。ここまで来たら、もう殺される覚悟をした方が良いだろう。安全装置のかかったピストルが太ももへ。そしてゆっくりとハンズアップの姿勢になった。
     A-7はそれを見届けてから、反対に自分のピストルを取り出した。ハンマーは起こして、トリガーに指をかける。照準を合わせているわけではないが、いつでも撃てるという明らかな牽制。
    「一人目の死にお前たちは関与していない。本当に彼が暗殺失敗して、自ら死んだ」
    「イエス」
    「二人目は微妙だな。お前たちが死ぬように仕向けた?」
    「……、ひとまずノーと言っておく」
    「敵対組織の構成員と遭遇してしまったのは、本当に偶然か」
    「ノーだ」
    「では教育係の方が仕組んだことか」
    「イエス」
    「狙われたのは、A-30か」
    「……A-31、これはどちらだ」
     A-30の視線が僕に向く。A-7もまた同じだ。そういう返事をしただけでほとんど答えだろう、とも思うが、どうにか呼吸を落ち着けて、声を出す。まだ震えていたが。
    「『狙われた』の意味を、詳細に」
    「ふむ。ここでは……どうしようかな、『殺意を持たれていた』にしようか」
    「なら、ノーだ」
     A-7はしばらく悩んで頷く。
    「殺意を持たれていたのはA-31の方」
    「……イエス」
    「A-30は生かされることに意味があった」
    「イエス」
    「気に入られていたのか」
     主語はない。目的語すらも。しかし十分な言葉ではあった。
    「イエス」
     苦虫を噛み潰すようなA-30の声にA-7さえ眉を潜めた。僕はただあの日々を思い出して目を逸らす。才能ある者は、隣にいる者に影を落とす。あの日々で不要だったのは僕で、A-30は求められていた。
     不要品は殺されても仕方ないと僕は理解していたのに、理解できなかったのは彼の方。捨てられそうなおもちゃにしがみついて、自分一人だけ大事にされることを良しとしなかった。
     二人目は正直に言って最悪だった。天才肌のA-30を溺愛し、僕は奴隷も同然の扱い。最終的にA-30だけ引き抜いて独立するつもりで、僕を殺す名目として「敵対組織の構成員との遭遇」を用意した。たまたま敵の進行ルートを知り得た彼は僕だけを丸裸でそこに向かわせ、殺されることを期待していたようだ。しかし思った以上にA-30が僕に依存していたからA-30は僕を助けに来たし、僕だってA-30に依存していたからそのままうっかり助けられてしまって、僕の代わりにアイツが死んだ。――僕が、アイツを敵の前に突き飛ばした。
    「二人目の教育係は、もとより敵対組織のスパイで、A-30を引き抜くために、A-31を殺そうとして、戦闘を仕組んだ」
    「スパイだけ否定する。それ以外はイエス」
    「オーケー。三人目だ、A-30が殺した」
    「見てきたのか? イエス」
     もはや鼻を鳴らして自棄になったA-30が頷く。
    「今度のお気に入りはA-31か?」
    「イエス。薄幸そうなとこが組み敷くには最高だってな」
     A-7の目がこちらに直る。はは、と軽く乾いていながらも笑い返すと、少しだけ目が見開かれたように感じられた。こんなことで驚いてくれるのか、この男は。
     しばらく同じ体勢で僕を見つめていたA-7は、ふと手から力を抜いて顔を俯けた。ピストルにはまだ手がかかっているし、さすがの僕でも暗器のほぼ全てをベッドに広げた状態では勝ち目はない。何かを手に取る間に撃たれて終わりだ。
     動けずにいる僕を気にせずA-7は片手でそっと顔を覆う。
    「はあ……ずっと予想はしていたが、お前たち、まだ15と17で……」
    「そんなもんA-7が勝手につけた設定だろ。第一アンタも仕事のセックスは許可すんじゃねえか」
    「はは、そうだな」
     一息ついてから顔を上げたA-7は真っ直ぐにA-30を見つめていた。
    「最後だ。殺したのは、ベッドの上。A-31とのセックス中、A-30が背後から」
    「概ねイエス。訂正するとすれば、背後からではなく、『気まぐれか何かでA-30も突っ込んでいいと言われたから正面から口にピストルを突っ込んでやった』、だ」
     改めて聞いていて、性癖の歪みっぷりを思い出して吐き気がする。ホモセクシャルにエフェボフィリアを重ねて仕事でもないセックスばっかり求めてきて。やたらハードなものばかりだったし、死んで当然だった。
     ところでそんなクソに連続して当たればどんな奴も信用に値しないと判断するには十分なわけで。
    「そうか、そうかあ……俺も殺されそうになるわけだな。オーケー、A-31は返そう。だが今後はもう俺を殺そうとは思わないでいてくれると助かる。殺されたくもないし、反射的に殺し返すようなこともしたくない」
     とん、と背中を押されたので、ひとまずピストルだけ回収して胸に抱きながらおずおずとA-30の隣へと向かう。殺されないのか? この状況で? 戸惑いの表情を互いに向け合いつつも、A-30が両手を下ろしたのだけ見届けて振り返れば、ベッドの縁で背中を丸める、僕より12年上の小さな大人が居た。
     しかしこの大人は、確かに死神だろう。僕らの「暗殺計画」に気づいていたようだし。今回の計画はこうだった。ベッドに暗器を並べた状態で、適当な理由をつけてA-7を呼び出し、セックスに誘う。彼が服を脱いだら僕が手元にある暗器で首を切るか、戻ってきていたA-30が背後から撃つかして殺害。簡単なものだが前回の教育係ならこれで通用した。――通用したのだ。だから殺した。でも目の前の男は少なくともアイツよりは出来る。出会った時の死神の目がずっと忘れられない。
     A-30を見上げる。鋭い吊り目を困ったように歪ませた彼はちらりとA-7を見て、僕を見て、大きなため息を吐きながら頭をがしがしと掻いた。
    「好きにしろ」
    「オーケー。ダメならまた殺そう」
     短くやり取りして、ピストルをホルスターへ。一歩前に出たのは僕だった。
    「A-7、いいぜ。信用してやる。ひとまずはちゃんと『仲間』をしよう。だが」
    「オレを満足させられなきゃ殺す。いいな」
     こちらを見上げるA-7の目が、交互に僕らを捉えた。しばらく悩んで、頷く。ゆっくりと手元のピストルを待機状態に戻した。ハンマーが戻って、セーフティがかかって。そして口を開いた。
    「いいよ。いくらでも試してくれ。ひとまず飯にして次の仕事の最終確認するから、ふたりともベッドの上を片付けておくこと。もちろん嫌だと思うなら飯は食べなくてもいい」
     立ち上がって僕らのそばを通るとき、ぽんっと頭を撫でていった。ベッドルームを出た彼の手でドアが閉められる。
     僕らは顔を見合わせる。いつ殺されるかわからないし、いつ殺すかわからない。いつ死んだっていいが、簡単には死にたくない。その覚悟だけ確認し合うと暗器を全て体中に仕込み直してベッドルームを出た。

    --- * ---

    2 years ago

     目を開く。人ひとり分だけ開いたドアから光が入り込んでいるが、ベッドルームはまだまだ暗い。体感では日付が変わったくらいだろうか。A-7、と呟くとベッドの縁が一部沈んだ。腰掛けたその背中に手を添える。大きくて、ぬるい。僕の背後でA-30が無言のまま寝返りを打って、ブランケットの中でピストルに手を伸ばした。
    「仕事か?」
    「実行はA-30と僕のどちらが良い」
     少し前に大きな暗殺をこなしたところだから今は潜伏期間で、普段ならこんなに連続して仕事は持ち込まれない。何かイレギュラーかなと声も潜むがA-7は首を振った。
    「いや、仕事じゃなくてプライベートだよ。誕生日おめでとうと言いに来た」
     なんてことないような口ぶりの彼に対して、僕らの返事はなかった。なんと返せばいいのかわからない。体を起こし、A-30の方を振り向くと、僕と同じ顔をしていた。
     場を支配するような静寂を破るのはA-7だった。そっと振り返って、僕らの頭を一撫でして手を離す。
    「去年、プレゼントをひとつずつ贈ろうと言ったが、まだお前たちは俺を信用してないだろう? なら物も飯も拒まれるんじゃないかと判断してな、名前をやることにした。名前なら受け取ってもらえなくとも呼んでやれる」
    「なまえ」
    「ああ。A-31、お前はクローで、A-30はファング。俺の得物だ」
    「……安直な……」
    「それ以外に感想がないなら、受け取ってもらえたと解釈するぞ」
     A-30は何も言わない。ならば僕にも拒む理由がなかった。僕は口の中でクロー、ファングと繰り返して、馴染むのを待つ。
     うん、と頷く。新しいコードだと思えば十分受け入れられる。「ファング」ときちんと声にしてみると彼の低い「あぁ?」という返事がある。それ以外にはやはり何も言わない。A-7の方に向き直った。
    「ありがとう、と言っておく。プレゼントなんてもらったのは初めてでどう反応すべきかわからないが、嬉しいとは思っている……と思う。僕はもちろん、ファングも」
    「はは、どういたしまして。ファングは18だな。この国の法律に則るなら成人だ。クローはまだ16」
     伸びた手は僕の髪を数度梳いた。ファングの方には視線を投げかけるだけで特に何もしない。A-7の手に性的な意図は感じられないから、なるほど、僕だけ子供の扱いなのか。それはそれで気に食わないので軽く手を払うと苦笑された。
    「すまん、調子に乗ったな」
    「もう良い。ところで、A-7、君も今日が誕生日だったよな」
     ベッドサイドに降りて、壁に吊ってあったジャケットを手に取る。生花ではないが、開花した薔薇が胸元にある。そのブローチを外して、彼に差し出した。
    「まだ、信用しきったわけじゃない。だが、君は僕にもファングにもひどいことをしないから……暗殺者としての心臓は預けてあげる。僕からのプレゼントはこれでいいか」
     彼はしばらく目をぱちくりさせて僕の手元を見つめていたかと思うとブローチを一撫でして、ぐっと手を押し返した。
    「気持ちだけ受け取っておこう」
    「どうしてだ。君は死神だろう」
    「依頼がないと殺せない、そういう暗殺者だよ」
     ふうん、と鼻を鳴らして、ブローチを回収した。命を受け取ってはもらえなかったので、彼の言う通り気持ちだけ贈ったことにして「ファング」と急かす。
    「君も何か返したらどうだ。名前、悪くは思ってないんだろう」
    「……チッ。じゃあ『セブン』だ」
     セブン、と僕と彼の復唱する声が重なる。
    「A-7だからセブン。オレたちから返してやるんだ、ありがたく受け取りやがれ」
     一拍置いて、ふっと笑い声がした。セブンはそうかと頷きながら何度も自分の名前を繰り返して頬を緩ませている。
    「そうか、ふ、そうかあ。セブンか。安直だ」
    「それ以外に感想はねえのか?」
    「ないよ。そして俺は今、とても嬉しい。許してくれるなら抱き着きたいくらい」
    「それは困るな。僕もファングも毒針を持ってるから、殺してしまうかも」
    「優秀で結構。明日の朝食は俺が用意するから、気が向いたら食べてくれ」
     じゃあ、と言い残してリビングの方へと戻るセブンはきっちり部屋のドアを閉めていった。真っ暗に戻ったベッドルームで「ファング」と呟くと寝返りを打つ音。
    「腹、減らないか」
    「明日の朝までなんもないだろ。クローが今から肉の塊作ってくるっていうなら話は別だが」
    「185cmの巨体を食べ切ろうって? 筋張ってて不味そう。……朝まで我慢だな」
    「ああ」
     おやすみ、と呟いて僕も再び横になる。銀のカトラリーで肉を切り分ける夢を見たが、同じテーブルにはファングもセブンもいた。

    --- * ---

    1 year ago

    「ああそうだ、誕生日おめでとう、セブン」
     ノイズ越しになってしまっただろうが、仕方ない。通信機に向かって語り掛けると向こうから笑い声が聞こえてきた。
    「はは、そうだった! お前たちもおめでとう。プレゼントは、新しい仕事だ!」
    「これ以上ねえくらいサイテーなプレゼントだなあ、セブン! いいから合流すっぞ」
     イヤホンからは発砲音。マフィアからの依頼をこなしていたら抗争に巻き込まれてこのザマである。幸い戦闘技術ならこちらの方が勝っていたようなので(下っ端ばかりの争いで助かった)合流、脱出は問題ないだろうが計画から大幅にズレてしまった。今頃セーフハウスで今年のプレゼントを贈っているはずだったのに。
     去年の誕生日前後には仕事が入っていなかったのに、今年は馬鹿みたいに忙しかった。インターバルもなく任務が下りてくる。一旦仕事を止めろ、そんなに受けるなとセブンをふたりして叱ったこともあったが「先一年くらいこんな感じかもなあ」と笑われただけだった。働きづめでも耐えきるくらいの体力ならあるがセブンの意図もわからず連れまわされるのは気に食わない。
     不愉快な気持ちになりながら通信機で状況を伝え合い、ビルを走り抜ける。出くわしたマフィアはとりあえず全員殺して、自分の身を最優先に動いた。セブンの得物が勝手に死ぬわけにはいかない。数階分の階段を駆け下って、窓から窓へ飛び移って隣のビルに逃げ込み、また階段を下りて現場を離れる。外に出てからもいくらか走れば、路地に人影が見えた。
    「セブン」
     通信機はもう要らない。セブンに直接微笑みながら、スーツについた土埃を払った。
    「ファングはもう少しかかりそうだな」
    「一番深くまで突っ込んでたみたいだしな」
    「まあ、アイツのことだ。切り抜けてくるさ」
    「お前は怪我ないか」
    「もちろん。確かめてくれてもいい」
     ネクタイを緩めようとするとセブンの手によって阻まれた。難しい顔で僕を見下ろしている。
    「そう簡単に肌を見せるなといつも言っているだろう。それとも、俺をベッドで殺そうとしてるのか」
    「セブンにハニートラップは効かないって出会って半年で学んでる。そもそも、もう殺すつもりはないぜ、僕も、たぶんファングも」
     ネクタイを戻し、胸元のブローチを手に取る。ピンを外して、その先に塗り込んだ毒は丁寧に拭って、セブンの目の前に掲げる。
    「今年も、僕の心臓をあげる。――もらってはくれないか」
    「そうだな」
    「……セブンの前のバディ、胸元の薔薇がなかったそうだな」
     ブローチを元に戻しながら目線をやると、セブンの顔はさらに難しくなっている。だが、それはずいぶんと人じみていて、死神の目からは遠かった。察するに、後悔と疑念がぐちゃぐちゃになっている。
     ファングはまだ辿り着く気配がない。イヤホン越しに発砲音や打撃音がうるさいあたり、まだ死んではいないようだ。僕らがしびれを切らして彼を迎えに行くのが先か、あのビルに残ったマフィアが全滅するのが先か。どちらだろうな、と路地の壁に背を預ける。
     ダクトで余計に狭くなった夜空を見上げて「ただの噂話だよ」と軽い弁明をする。
    「セブンの過去を嗅ぎまわったわけじゃない……とは言い難いな。やっぱり僕らの過去だけ知られて、君のことを僕らが何も知らないのは悔しかったから。A-7という男についてちょっと調べて、でもわかったのは死神のような男ってことだけ。冷徹さではA-4と並んで双璧とまで呼ばれたこともあったんだって?」
    「……」
    「返事、してくれないんだな。別にかまわないけど」
    「はあ。やりづらいな、まったく」
     セブンの手が、僕の頭に伸びた。髪を梳く、なんてものじゃない。ただストレス発散のために掻き乱すような、そんな乱暴さで僕の頭を撫でまわしたあと、もう一度ため息を吐いて、セブンは僕の額にキスをくれた。そしてゆっくりと髪を元に戻すように梳いていく。
    「前のバディも自ら心臓を預けてくれたよ。あんまりにも無垢に俺を信頼して愛してくれるから、人を愛するとはどういった感覚か知りたくなった。俺が人の真似事をするようになったのはそのあたりからだ。でも彼は暗殺者としてはあまり出来が良くなくてな。……いくつか連続して任務を失敗して、ひどく落ち込んだ彼に求められたから、殺した」
    「どうやって?」
    「胃液で溶けるカプセルに、高濃度の睡眠薬を入れて、飲み込ませた。死体はいつもの任務のように処理して、本部にはスーツだけ返した。薔薇の花は、俺が壊した。俺が殺した」
     髪を撫でつけ終わった手が、とんとんと唇を叩いた。セブンの太い指が、ここにカプセルを押し込んでくるさまを想像して、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。もう少しセブンが心を開いてくれたら、僕もそうして殺してほしいとお願いしてみようか。指じゃなくても、口移しなんか最高だけど。いやでも、ピストルでもいいな。なんだっていいか。セブンに殺してもらえるなら。
     こつ、とわざとらしく響いた足音の方へと振り返る。
    「なあ、ファング。聞いてただろ」
    「ったりめーだろ」
     通信機の電源をオフにしながら、ファングがこちらに近づく。セブンが一歩下がって、僕ではなくファングと向き合う。
    「こっからの助言は今年のプレゼントってことにしとけ。――オレは仕事をする相手としてセブンのことを気に入っちゃいるけどなあ、人を愛するとか殺すとか殺さないとか、そんなところはどうだっていい」
    「ああ」
    「でもクローはそうじゃないぜ。セブンの前のバディに近いのはクローの方だろうな」
    「ああ、わかってる。わかってるさ。だからこうして仕事を増やした」
    「……は?」
     何が「だから」なのだろう。僕とファングがそろって首を傾げるとセブンだけが笑って、路地から出ようとする。追っ手はないようだ。「全部殺してきたからな」とファングがタイミングを読んだように呟く。
    「お前たち、次の現場に行くぞ。プレゼントは本当に新しい仕事だ」
    「は?」
    「え、おい、嘘だろ!」
     ついていくために小走りになりながらも「今日だけでこの町の人口、だいぶ減るんじゃないかな」とぼそりと呟くと、隣でファングが大真面目に頷いていた。

    --- * ---

    Today

     一年以上続いた激務がやっとのことで落ち着いた。人を殺しては依頼を受けまた人を殺し、時折マフィアの抗争に巻き込まれては逃げ出して、殺し過ぎては怒られて。夜にゆっくり眠れることもなくて、細かな仮眠を繰り返してどうにか繋いできたがそろそろ限界だった。セブンとはハグもキスも普通にするようになったのに、未だセックスが出来ていないこの体たらく。そんな中で、今年の誕生日ももう明日に迫ったこの日、起き抜けにセブンが言った。「実は、しばらく任務を下ろさないよう本部に頼んできた。今日から一ヶ月は仕事がない」。
    「セブン、君、やることが極端だと言われたことは?」
     もう呆れてこれくらいしか言うことがなかった。セブンは笑うだけで返事をしなかったし、ファングは楽しみを奪われた子供のように拗ねて、今朝からベッドルームを陣取って飯の時間以外は爆睡だ。ドア一枚先とはいえ、長い付き合いのバディがすぐそばにいないのはちょっとばかり居心地が悪い。
     座りの悪さを感じながらもセブンの作った飯を食べて、また眠ろうとするファングを見送って、セブンの唇にキスをして、セーフハウス内の水回りを徹底的に掃除して。それでも時間が余ったからソファに並んでちょっと会話をしていたら眠ってしまっていたようで、セブンに肩を揺すられて目覚めて、ぞっとした。
    「警戒心のなくなった僕を軽蔑する?」
     素直に尋ねてみればセブンは優しい顔で首を振った。
    「人らしくなっていくのは嬉しいよ。俺もいつかはお前のようになりたい」
     そう、と相槌だけで返して、テーブルに着く。そのタイミングでファングが起きてきて「とにかくうめー飯出せ」とだけ言って椅子に座った。出てきた飯をまた腹いっぱい食べて、長めにシャワーを浴びて、ソファに戻ってくる。ファングは昼間寝過ぎたせいでもう睡眠は十分なのか、食糧庫を漁ってまた何か食べている。
     隣に座ったセブンを見上げる。ソファはセブンの体重に負けて、そちらだけ深く沈みこんでいた。そんな傾きを助長するように、僕も身を乗り出す。膝に手を着いて、顔を寄せる。唇と唇が触れた。しかし舌が入ってくることはなくキスは終わり、脇の下に手を入れて抱え上げられ、足の間で抱きすくめられる。
    「セブン?」
    「はは、お前さんは小さいな」
    「……そりゃあ、セブンに比べれば」
     ずいぶんと近くなった顔を見つめていれば、またキスをせがんでいると思われたのか触れるだけのキスが降ってきた。小さなリップ音だけ残していくつも落とされればくすぐったいというもので、笑って「セブン!」と声を上げれば彼も笑ったまま顔を離した。子供みたいな、幼くて精神性の高いやりとりだ。十分楽しいし、愛しいとも思う。
     忙しいからセックスをしないのだ、と思っていたけれど、もしかしたらセブンは本当に死神のように冷徹で、性欲なんてほとんどないのかもしれない。それだったらハニートラップが効かなかったのもより納得できる。こういった感情にはセックスがつきものだと思い込んでいたがセブンがそうなら僕も合わせよう。性欲の発散なら仕事で間に合うし。
     うん、とひとり納得して頷く僕の髪を梳いて、セブンが呟く。
    「もうすぐ誕生日だな」
    「そうだな。もう数分で日付が変わる」
    「年齢は……ファングが、そう、20か」
     ソファ越しにセブンがファングに振り返って「おめでとう」と叫ぶ。
    「くはは、もっと盛大に祝いやがれ」
    「もちろん。仕事がない間の飯はお前の好きなものを全部山のように作ってやる。それがプレゼントと……あと、賄賂というか、お詫びかな」
    「お詫び?」
     ファングと同時に僕が首を傾げれば、セブンが僕の額にキスを落とした。
    「一番そばにあったものを、奪う、お詫び」
     そして僕を抱えたまま立ち上がり、すたすたとベッドルームに向かった。「え、え?」と情けない声を上げる僕をベッドに放り投げ、その上にのしかかる。あんなに「簡単に肌を見せるな」と言ってきたのに、セブンの手は僕のシャツのボタンにかかっていた。慌てたようなファングがドタバタと足音を立てて追いかけて来て、セブンの手を掴むがそれも捻り上げられる。
    「くっ、そ、セブン、てめ……っ」
    「はは、殺すならもっと上手くやれ。気には食わないだろうが、別にもう俺を信用してないわけでもないだろう?」
    「クソ、クソが」
    「え、ちょっと、セブン……?」
     楽しそうにするセブンと、焦りと怒りがないまぜになっているファングに、混乱を極める僕。三者三様でありながら、優位にいるのはセブンひとりだ。
     セブンがファングの手を放り、僕のシャツを開いた。肌の上を指で辿りながら、唇を舌で濡らす。
    「なあ、クロー。今年もお前は心臓をくれる予定だったんだろう?」
    「あ、ああ……受け取ってもらえるまで、毎年、そうするつもりで……」
    「今年、受け取ってやろう。お前の体ごと。――18歳の誕生日おめでとう。プレゼントは俺、だなんて引かないでくれよ」
    ――すべての点が、繋がった、気がした。まさかセブン、この人、一年以上前から僕の成人を待って、この日に抱くつもりで、性欲を誤魔化すためにわざと激務の日々を送ってきたとでも言うのだろうか。いや、言うな。この状況では間違いなく、言う。
     ベッドサイドで不貞腐れているファングに目線をやると、もう諦めろ、とでも言いたげに首を振ってくれた。つまり、抱かれるしかない、わけで。もう三年も昔の前任のように恐怖や嫌悪感があるわけではない。むしろセブンとなら肌を重ねてもいいと望んできたことだ。しかし。しかしだ。
     開かれた自分のシャツと、目の前で服を脱ぎ捨てていく男を見つめる。体力、ヤバそう。あと性器もデカそう。いや確かに、確かに期待はしてきたけど。今日もしかしたら、なんて思わなかったわけでもないけど。さっきのシャワーで、ちゃんと洗ってきたけど! 大抵のものなら入るはずだが、楽に入るとは思ってない!
    「なあクロー、休みは一ヶ月あるからな」
     もしかしたらセブンは本当に死神のように冷徹で、性欲なんてほとんどないのかもしれない、なんて思っていた少し前の自分をぶん殴ってやりたい。めちゃくちゃ普通に性欲あるだろ、この人。でも人らしくなっていくこの上司を否定もできないわけで。
     今後一ヶ月、たぶんこのベッドと大の仲良しになるんだろうななんて思いながら、セブンのディープキスを受け入れた。
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