【Too sweet】
「買っておいてなんだが、なかなか強烈な色合いだな」
赤に青、黄色。鮮やかな信号機カラーのグレーズがたっぷりかかった大きめのカップケーキが入った箱を手に、司くんは小刻みなまばたきを繰り返しながら食い入るように見つめる。確かに日本ではなかなかお目にかかれない、もはや蛍光色にも近いそれらは、一見すると食品サンプルにでも見えてしまいそうなほどだ。彼の言葉も分からなくはなかった。
──それでも好奇心で買わずにいられなかったんだろうな。
土産物屋であれこれ見比べていた時の真剣な横顔を思い出しながら心の中でくすりと笑うが、顔には出さない。僕は一つどうだと勧められたそこから適当に黄色を頂き、一口かじった。
分厚いグレーズの層がじゃりっと音を立てて崩れる。どう見積もっても生地に対して過量の砂糖は口内を甘さでたっぷりと満たし、その奥からバターの香りやなんかが恐る恐る顔を出した。
おいしいと賛辞を贈る事は出来ないが、まずいと一蹴するほどでもない。想像通りの無難な味だ。
「カラフルなお菓子自体は日本でも割りとあるよ。……でもさすがに風味は海外のそれだね」
「味に海外や国内があるのか?」
「フフ、当たり前だけど日本の食べ物は日本人の好みに合うよう作られてるんだ。味付けとか濃さとか、ね。だから食べ慣れない味というか……まぁ食べてみればわかるんじゃないかな」
ちょいちょいと指をさして促すと、彼も赤色を取って大きく一口かじった。そのまま咀嚼し、ごっくんと飲み下してから大きくうなずく。
「なるほど。思っていたより、かなり甘いな」
「だね。これはこれで悪くないけど、僕はもう少し甘さが控えめでも──」
視線が一点に吸い寄せられ、同時に紡ぎかけた言葉が喉の奥に引っ掛かって止まった。
僕が目を奪われたのは彼の口元だった。口の端にカップケーキのくずがついているのは言うまでもなかったが、何よりその唇が──まるでルージュをひいたかのように赤く染まっていたからだ。
濃く色付けされたグレーズでそうなっただけだと頭ではわかっている。が、柔らかな感触も、こぼれる吐息の熱さも知っているからか……妙に艶かしく見えてしまって。心臓が早鐘をうち始めた。
「類? どうかしたか?」
僕の様子に気がついた司くんが小首をかしげる。おかげで我に返った僕は、さりげなさを装いながらなんとか視線を外した。
「いや。砂糖の色がついてしまっているから、食べ終わったら口を拭いた方がいいよ」
「ん? そうか、それはいかんな」
言いながらズボンのポケットを探った司くんは淡い紫のハンカチを取り出した。初めてデートという名目で出かけた際に僕があげた物だが、こうして目の前で実際に使ってくれているのを見るのはどこか気恥ずかしくて──嬉しくもある。
そんな隠しきれない嬉しさに緩んだ口は、うっかり軽い言葉を漏らしてしまった。
「お望みとあらば、僕が唇で拭っても構わないんだけどね」
色付いた唇を見ただけで、あんなにもドギマギしていた癖に──と内心で自分自身にツッコミを入れているとも知らずに、司くんはかあっと頬を赤らめて首を左右に振った。
「くっ、口ぐらい普通に拭くわっ!」
「口直しでもいいよ?」
「口直しになるかぁ!?」
「全力の否定はさすがに傷つくよ……よよよ」
目の端を指で拭うフリをしてみせる。もちろん泣き真似。ただの冗談だ。今までも同じような事をしてきて、毎度きっちり看破した彼にそれが分からないはずはない。
なのに。
うぐ、と声を詰まらせた彼は、視線を泳がせながら口元をハンカチで覆い隠した。
「だ、だが……本当に口直しにはならん、ぞ」
お前のキスは甘すぎるから。
そんな可愛い言葉をもごもご呟いた、赤い花唇──。僕がそれを奪ってしまうまで、一秒もかからなかったのは言うまでもない。