よりどりみどり道中迷うことなく着いたカフェに足を踏み入れると、ほんのりと甘いシナモンの香りが鼻先をくすぐった。
木の温もりを感じる店内は、落ち着いた照明と秋らしい装飾で包まれていて、席に着いたふたりの間にもどこかやわらかな空気が流れる。
「ほら、これがアップルパイのメニュー」
スティーブが渡してきたメニューには、シンプルなクラシックタイプのほかに、クリームチーズ入り、紅茶の茶葉が練り込まれたもの、ラム酒風味の大人向けまで、バリエーション豊かに並んでいた。
「…悩むな、これ」
思わず声が漏れるバッキー。
スティーブも眉をひそめて「なあ、アップルパイってこんなに種類あるもんだったか?」とメニューとにらめっこしている。
「どれにする?」
「んー、クラシックとチーズで迷ってる」
「じゃあ俺、紅茶のやつにしてみる」
「シェア前提か?」
「当然だろ」
呆れたように文句を言いつつも、小さな丸テーブルの上に置かれたメニューを挟んで、ふたりは顔を見合わせ、なんとなく、笑っていた。
そして待ち望んでいたアップルパイが運ばれてきた瞬間、ふたりの表情がぱっと明るくなる。
ほんのりと温かいパイの香りがテーブルを満たした。
「やっぱ、いい匂いだな」とバッキーが言えば、スティーブも嬉しそうにうなずいた。
「ほら、これ一口食べてみて。思ったよりシナモン効いててさ」
そう言って、スティーブが自分のパイからひと切れをフォークで刺し、そのままバッキーの口元へ差し出した。
「あーん」なんて言葉は出なかったが、その仕草は十分にあった。
……別に、これが初めてじゃない。
最初こそ「誰がそんなの食うか」と拒否したものの、今ではもう、抵抗するのも面倒だった。
だからバッキーは、何も言わずにそれを受け入れ、ひょいと口に運んだ。
しかし、その瞬間――
「クスクス……」という小さな笑い声が、隣のテーブルあたりから漏れ聞こえた。
一瞬で気まずくなった空気に、バッキーは手を止めた。
「……」
「ん?どうした?バッキー、もう食べないのか?」
首をかしげながら、スティーブが尋ねる。もちろん、理由はわかっているはずだ。
「お前が悪い!」
バッキーは睨むように言い放った。
(……くそっ。ついいつもの癖で。気づいたら完全に、あいつのペースじゃねえか)
心の中で自分に舌打ちしながら、フォークを手に取り直す。
「さっさと食って、映画観るぞ!」
「えー、もう少しゆっくりしたかったなー」
スティーブはふくれたように言いながら、それでもどこか満足げに笑っていた。