石乙散文 乙骨の眠りは浅い。だから、同じ部屋だが別の場所で寝ている石流が部屋を抜け出したのを何となく気配で察した。恐らくトイレにでも行ったのだろう。そのまま微睡んでいれば、すぐに部屋に誰かが入ってくる気配がして、ああ戻ったのかと思っていれば。
(ん……?)
別の寝床で寝ているはずの石流が、何故か乙骨のいるベッドに入り込んできて、乙骨の身体をぎゅっと抱き締めてきた。乙骨は入口に背を向けた状態で寝ていたから、背中から抱き込まれた状態だった。
石流の腕は乙骨の身体に絡まっているが、その手で身体をもぞもぞ触ってくるワケでもなく、本当に抱き締めてきているだけで、乙骨が後ろを向くように首を回せば、夜目にすやすやと寝ている石流の顔が見えた。
なんで元々彼が寝ていた場所ではなく、乙骨が寝ているベッドの中に潜り込んできたのかは分からないが。
(……ベッドは落ちるから布団がいいって言っていたのに、大丈夫なのかな…)
乙骨はぼんやりとそんなことを考えていた。
乙骨と石流が寝ている部屋は元々乙骨の寮の部屋で、ベッドは1つしかなかった。最初は布団を一組用意してきて、後からもう1つベッドを追加してもいいと話したのだが、石流はベッドだと落ちるかもしれないから、床に布団を敷いた方がいいと言い張った。実際一度、ベッドを貸したらそこから落ちてきて、床に敷いた布団で寝ていた乙骨を潰しかけたので、それ以来、ベッドは乙骨が使い、石流は床に布団を敷いて寝ていたのだが。
そんな石流が、乙骨のいるベッドにあがってきて、大丈夫なのだろうかと思ったのだ。
とはいえ、乙骨の頭も寝ぼけているし、石流の体温が暖かくて睡魔が襲ってくる。
(……まぁ、僕に抱きついているなら、大丈夫かな……一緒に落とされそうに、なったら……ぼくが、止めれば、いいし……)
そんなことをうとうと考えつつ、乙骨もゆっくりと意識を手放した。
カーテンから薄らと窓の外の光りが差し込んできていた。その明かりに石流がぼんやりと目を開けば、自分の腕の中に乙骨がいて、「うお…!?」と思わず声が出そうになった。
(は、え…?なんで、乙骨が俺の布団の中にいるんだよ…なんだ、寝ぼけて潜り込んだのか…?)
最初はそう思ったが、その後すぐに、自分が元々寝ていた布団の中ではなく、乙骨が寝ていたベッドの上にいることに気付いた。
(……あれ、これは乙骨が潜り込んで来たわけではなくて、俺が乙骨のベッドに潜り込んだのか…)
そういえば昨晩はトイレに立った後、そのままベッドに寝ている乙骨が暖かそうだなぁと思って、その背中を抱き締めてしまったような気がした。
なるほどそういうことかよ……と少しずつ覚醒してきた頭で納得していれば、腕の中の乙骨が「ん…」と僅かに呻いた。
それでも目を覚ますことはなく、むしろこちらの体温を求めるように擦り寄ってくる。普段は石流の方から乙骨に絡むことが殆どなので、そんな些細な動きでも乙骨の方からこちらに近づいてくるのは気分が良かった。だから、乙骨を起こさないようにその身体を抱き寄せた。
(しっかし、ベッドの上で寝てよく落ちなかったな俺……あれか、乙骨に抱きついていたから平気だったのかもな…)
ということはつまり、乙骨と一緒に寝ていればベッドから落ちる心配はないのか、いやでも、毎晩同じベッドで寝て、何もしないってのは無理な話ではないか。
そんなことを石流が悶々と考えていれば、乙骨が再び、呻いてからポツリと口を開いた。
「ん……いし、ごおり、さん……」
そしてそんな風に自分のことを呼んでくる乙骨に、目をキョトンとさせてからフッと笑みを零した。
たまにはこんな風に、何もせずだらだら一緒に寝るのもいいもんだな。
そんな風に思いながら、寝ている乙骨の額にちゅっと唇を押し付けた。