芸能パロ石乙 とある日の朝、石流は朝食の準備をしながら何気なくカレンダーを見て「お」と思った。
「今日は木曜か……つーことは、ゆうが出てるドラマが昨日だったんだな」
それなら飯を食いながら録画を見るかと思って、焼いていた魚を皿に盛った。
盆に乗せた朝食をリビングのテーブルに運び、リモコンを操作しながら昨日の録画を選択した。みそ汁を啜りつつ、再生されたドラマを見る。見ながら先週の内容を思い出し、そういやこんな内容だったなと思った。
今期のドラマで乙骨が出ているのはサスペンスものだ。とある事件に巻き込まれた主人公が、事件を調べる刑事と対立しながら少しずつ全容が明らかになっていく。乙骨は犯人として疑われた主人公の弟役で、解離性同一症、いわゆる二重人格障害を抱えた難しい役どころだった。
弟はもう一人の自分が事件を起こしたのではと自分を責め、主人公は弟の無実を信じて事件を調べていく、もう一つの人格に怯える主人格の役、最悪のタイミングで顔を出すもう一つの人格、その演じ分けは見事で、石流も思わずテレビに見入ってしまった。
CMが流れたタイミングでそれをスキップせずに何となく昨日ドラマが放送された時間のSNSを見てみれば『弟くんの演技ヤバすぎ』『本当に多重人格みたい』『弟役ってだれ?』と話題はドラマの弟役の演技で持ちきりだった。それに何となく「そうだろそうだろ」という感想を抱きながらも、同時に「あいつもここまで話題になる役者になったか」と感慨深くなった。
乙骨の演技の良さは石流も共演者として感じていたことだ。若さ故の荒削りで体当たりな部分もあるが丁寧さも出てきたように思う。乙骨の演技は役になり切る没入型なので、役の状態が普段の生活にも影響が出てしまう、二週間くらい前の乙骨が精神的に不安定に見えたのも、おそらく今回の演技が原因だったのだろう。
(まぁ、思いっきり甘ったるく抱いて、正気に戻してやったけどな)
そんな風に考えているうちにCMが終わり本編が再開する。それを引き続き眺めていれば、不意に背後の扉が開く音がした。
「う~……りゅうしゃん……」
石流が振り返れば、寝室の扉が開いていて、そこからシャツ一枚で目を擦りながらそんなことを言う乙骨が出てきた。
「お、起きたか。おはよ」
「おはよう……ごじゃいます……」
乙骨はそんなことをいいながら、ふらふらと石流がいるソファに近づいてきて、隣に座るとぎゅっと抱きついてきた。
「んー…りゅうしゃん……」
「なんだよ、早く顔洗ってこい」
「ん、もうちょっと、りゅうしゃんをじゅーでんしてから……」
俺を充電ってなんだそりゃ。
完全に寝惚けている乙骨の言葉に呆れつつ、苦笑した。よく見れば乙骨が着ているのは、昨晩石流が脱いだシャツで、サイズが大きくて白くて華奢な肩がはみ出ている。
(こいつがあの演技をした役者と同一人物とか信じられるかよ)
そんな風に思いながらテレビの方に視線を向ければ、乙骨もそれを追い掛けるようにテレビの方を見て、それから。
画面に大写しになっている自分の姿に気付いたのか「ふぁっ!!??」と大きな声を上げた。
「ちょ、え…!?龍さん、これ…!?」
「あーなんだよ、今いいところなんだよ」
「いやこれ僕が出てるドラマじゃないですか!」
「そうだが?」
「なんで今見てるんですか!!??」
「そりゃー…録画だからな?」
「そうじゃなくて!!」
乙骨が石流の視界を遮るようにぎゅっと顔に抱きついてくる。
「…おい」
「ダメ!!恥ずかしいから見ないで下さい!!」
「恥ずかしくなんかねーだろ、すごいイヤらしくてエロい顔してたぞオマエ」
「んなわけないでしょ!!??」
乙骨にそう言われたが、確かにエロいと思うのは乙骨をそういう目で見ている自分だけかもしれない。
「そんなことしたら見れないだろ」
「見なくていいです!!」
「なんで?」
石流がそう問えば、乙骨は腕の力を緩めて、石流に顔を向けてくる。その顔は真っ赤に染まっていた。
「……だから、恥ずかしいんです……見るなら、僕が居ないときに見て下さいよ……」
眉をハの字にして本当に恥ずかしそうにそんなことを言うものだから、そんな顔を見せるのは恥ずかしくねぇのかよと思いつつ、しょうがねぇなとリモコンを操作して録画の再生を止めた。すると乙骨もホッとして、石流の隣に座り直した。
そんな乙骨を眺めつつ、石流はひとつ息を吐いた。
「オマエは自分の演技を見返さないのか?」
「見ますよ。でも絶対に一人で見ます」
「そんな恥ずかしいと思う演技をしてんのかよ?」
「そんなつもりはないですけど……でも、」
もごもご口籠もりながら、両足を抱くように座る乙骨に、石流は眉を寄せながらもその肩を腕を回して自分の方に抱き寄せた。
「…っ、…」
「俺はオマエの演技、すごい好きだし、今見ていたやつはすごい良かったと思うぜ。なんていうか、オマエの良さがすごいよく出ていたと思う」
役のことを研究して成り切る乙骨だからこそ、あそこまでの演技を出来たのだと思う。自分とは技法が違うからこそ、素直にすごいと思えた。
だからそのまま乙骨に伝えたのだが、乙骨は目を見開いて石流の言葉を聞いていたと思えば、すぐにボンッと顔を真っ赤にさせてまた両足を抱くように座り、膝に顔を押し付けた。
「もーーーーそういうこと、面と向かって言わないで下さい!」
「は?なんでだよ?」
こっちは褒めてやったのに、と思っていれば、乙骨がおずおずと顔をあげてくる。真っ赤に染まり、僅かに潤んだ目で恨めしそうに石流を見てきて。
「……龍さんにそんなこと言われたら、嬉しくて死んじゃいます……」
しかも石流のシャツを一枚着ただけの格好でそんなことを言ったのだ。思わず頭を抑えて「あーーーー」と声を漏らした後、その身体を押し倒しても、仕方がないことだろう。
「え、あ、ちょ…!」
「…今日休みだろ?とりあえず、1回ヤらせてくれ」
「で、でも、僕まだ顔も洗ってないし、ご飯も…」
「全部後にしろ」
我慢できるはずがない。
そう言ってあわあわしている口を自分のそれで塞ぐ。
こんな彼を知っているのも、自分だけの特権だ。