君の夢はもう見ないセックスをしている。甘い声を上げて続きを強請るボブを宥めて、ゆるゆると快感を貪る。早くイかせて、と啜り泣くそれを無視して己だけの快感だけを追えばボブは本格的に泣き始めた。虐めるのは好きじゃない。仕方なしに望むものを与えればボブは呆気なく果てた。けれど全てを終えた時、残るものと言えば虚しさだけだった。
甘く、優しく抱く時もあれば手荒く抱いてしまう時もある。しかし全てに共通するのは、やはり残るのは虚しさだけだ、ということだった。
それは全て夢だからだ。なぜそんな夢を見るのかは知っている。ボブのことを意識し、それが恋心だと自覚して、数日の後から毎晩ボブを抱く夢を見るようになった。それが願望から来るものだとはすぐに気がついたがどうしようもなかった。想いが募れば夢を見、夢を見ればさらに想いは募る。自分からすれば悪循環だった。さらに現実において、ボブの顔もまともに見られなくなり、それもまた頭を酷く悩ませた。
「ルースター?」
「……なんだ?」
「僕、君に何かしたかな」
自分の態度の変化に気づいたのであろう、ボブが控えめに声をかけてきた。顔を見るのも会うのも気まずく、避けていたが、いつまでもそうしていられるはずもなく。
「してないよ」
答えた自分の目はやはりボブを見ずに宙を泳いだ。そんなすぐに悟られるような態度で気付かれずに済む訳もなく、ボブは眉を下げた。今までだったらちゃんと目を見て話していたが今そんなことをすればどうなるか。また今夜もきっと夢を見る。
「……そっか、ごめん」
ボブはそう言って自分から離れていった。きっと彼を傷つけただろう。本当ならそんなことをしたいはずは無いが全ては今の自分に出来る精一杯の事だった。それが過ちだったと気づいたのはもう少し後で、後の祭りとはこういうことを言うのだな、と思った。
相変わらず夢を見る。もう何度ボブを抱いたか分からない。ボブとはさらに疎遠になった。ぎくしゃくとしながら会話をするよりはマシだろうと思ったがそれはそれでもの悲しかった。
その頃からだろうか、食欲は失せ、眠るのが嫌になった。体調が悪くなるのも当然だ。無理矢理に食べることも寝ることも出来たがどうしてもしたくなかった。特に寝ることは。夢の中で事が成就したってそれこそ本当に虚しいだけだ。
そうしてまたボブと顔を合わせなければならない時が来た。マーヴェリックによる強化訓練。正直参加したいとは思えないくらい自分は憔悴していたし、こちらを伺うボブの視線を無視しなければいけないのが辛かった。
「よし、じゃあルースターとフェニックス、ボブからだ」
よりにもよって、とマーヴェリックを少し、恨んだ。訓練なだけありまだましだがこれでは訓練中でさえボブのことを意識してしまいそうだ。痛む頭を押え、のろのろと鈍い動きしかできない体を引き摺り、己の機体へと足を運ぼうとして急に体の力が抜けていく気がした。なんだ、と思う間もなく視界は突如ブラックアウトした。
次に気がついたら白い天井。左腕には点滴の管。何があったのかさっぱり分からずに視線を動かすと厳しい顔をしたマーヴェリックがそこに居た。
「……寝不足と疲労らしいぞ。体調管理も出来ないなんてパイロット失格だ」
「……すみません」
「今更言っても仕方が無いだろう。何があった?」
「いえ、特に何も」
解りやすすぎる嘘だなと思ったがこのことだけは誰にも知られる訳にはいかなかった。マーヴェリックがその答えで満足するはずがないと理解出来ても。
「嘘だな。まぁ、もうわかっただろう。無理無茶はするな」
「Yes sar」
「ボブにも礼を言っておけ。倒れ込む寸前にお前を抱きとめてくれたんだ。お前、危うく怪我をするところだったんだぞ」
ボブ、と聞いて心臓が跳ねた。名前を聞くだけでもこれではこの先今以上のことになることが予想された。一瞬動きを止めた自分をマーヴェリックは訝しげな目で見たが、ため息をひとつ吐いただけで何も言わず、ただ去り際に心配をかけさせるな、とだけ残していった。
もうダメだ、手遅れだ、と気づいたもののだからといってどうにかなる訳でもない。二、三日の入院を余儀なくされた中においては、時間が大量に余り、余計頭を動かす機会が増えた。何度考えても行き着く答えはTark to me……ばかりでいよいよ話にならない。あぁまた頭が痛む。無駄だとわかってもサイドテーブルに用意された鎮痛剤に手を伸ばす。その時病室の戸がノックされた。今ここを訪れる者など居やしないと思ったが実際訪れてきたのだから居るのだろう。入室を了承する旨を伝えると遠慮がちに戸があいて、ボブが顔を覗かせた。なんというバッドタイミング。いや、グッドタイミングなのか?声をかけないわけにもいかず用意されていた簡易な椅子に座らせる。しばらくお互い声を発することなく静かな時が流れる。何も言えないのがもどかしいがかと言ってかける言葉もなかった。しかしボブが先に口を開いた。
「……大丈夫?」
「……なんとか」
「ルースター、突然倒れるからびっくりした」
「ごめん。心配かけた」
それは当たり前の会話だったのでおそらく普通に話ができたと思う。思うだけで実際それを感じるのはボブなのだが。ボブは、今どういう思いでここにいるのだろう。ただの見舞いかそれ以外か。自分にとってはもう限界。本当は言わずにおこうとしたことを、言う時が来たのだと思った。
「あのさぁ」
「うん?」
ボブが不思議そうにこちらを見る。けれどどこか遠慮気味で一歩引かれている気がする。それはそうだろうな、と自嘲する。そうなるようにしたのは自分なのだから。
「俺、お前が好きなんだ」
「え」
「LikeじゃなくてLoveの方」
ボブは目を丸くさせた。そりゃ驚くだろうなと思った。本人は多分見舞いのつもりで来たのに告白されるなんて。きっと他の誰だって思わないはず、だ。さてボブはなんと返してくれるだろう。出来ればYesがいい。Noは嫌だが仕方の無いことではあるので受け止める準備は出来ていた。
「君は僕を嫌いなんじゃないの?」
YesでもNoでもなく意外な言葉が返ってきた。あの態度を思えば、そうなるかと今更ながら気づいた。避けるわ目を背けるわでわかりやすい態度だったはずだから。
「逆。好きすぎてたまらなかった」
「そんな」
「気を悪くさせたのは謝る。都合のいい話だけど……」
ボブはしばらく何も言わなかった。それに焦れてボブの顔を伺うとぽろりと涙を一筋零していた。やはり嫌だったのだろうか。一度口にした言葉はもう二度と戻らないが、できることならなかったことにしたくなった。嫌がらせをしたいわけじゃなかった。泣かせるほどに。けれどボブは嫌がらせではないと思ったようだ。
「……僕もルースターのこと好きだったんだ。でも避けられてる気がして」
「……それは、悪かった」
避けられることの辛さを、自分はまだ知らなかったが、そうされると嫌だろうということは、想像に容易い。自分がそんな目にあったら、それは確かに気に病むだろう。ひどいことをしたのは自分だ。ボブが思い悩む必要はなかったのに、ボブは一人、抱え込んでいたようであった。
それなのにボブは確かに、自分を好きだと言った。それは良いか悪いかの五分五分にかけた良い方の答えだった。けれどそれはまだ確定ではないと思った。もっと、ちゃんとした、言葉で聞きたかった。
「気にしないで。僕が色々お節介だったんだ。ルースターのことを思うと、どうしても何かしたくて」
「それ、嬉しい。でも、なんでなのか、言って」
「え?」
「どう思ったから、お節介焼いてくれたのか、言って」
確定した答えが欲しい。それにはボブが自ら言ってくれないと駄目だ。けれどこの流れだと何もなく終わってしまう気がして、情けないことだとは思うが、その言葉を強請る。それは他人から見ると強制だと思われるだろうがそれしか今の自分には打つ手がなかった。兎にも角にも、その想い、真意を知りたくてたまらなかった。
「……ルースターのことが、好き、だからかな」
「本当か?」
「本当だよ」
「良かった。嬉しい」
ようやく聞けたその言葉。その言葉を聞くことができる日が来ることなど、あり得ないと思っていた。だからあんな、とても虚しい、夢を見ていた。見続けていた。それこそ絶対にあり得ない事の。付き合い方次第ではそんな未来があるかもしれない。そこで気づいた。大事な返事をもらっていないことに。想いが通じ合うだけではまだ、何も始まらない。
「僕も、良かった」
「じゃあ、付き合って」
次に欲しいものを希うと、ボブはまたしても一滴、ぽろりと涙をこぼした。想いは同じでもそれとこれとは別だということだろうか。そうだとしたらある意味生殺しだ。想いは同じだというだけで付き合い方が変わらないのなら、きっとまた、あの夢を見るのだ。好き勝手にボブを抱くだけの。
きっと気分が悪いだろう。一言でも謝ろうと口を開こうとするが、なんと謝れば良いかわからず、そしてそれに対しての答えが怖くて、なかなか口を開けず、焦りが募る。こうしているうちにボブにそれを否定されたら、きっとしばらく立ち直れない。けれどボブは何かを言おうとしている。その口が開いて、何を告げるのか、たまらなく怖かった。
「……僕で、いいの?」
ボブが口にした言葉は、あっけないほどに怖がっていたものとは違うもので、一瞬何を言われたのか解らずにいた。理解するには少し時間が必要で、押し黙ってしまう。ボブがじっと見てくる。その視線を受け止め、逸らすことはしないが、答えを探すのに必死だった。だが言えることは一つしかなかった。
「俺は、お前じゃないと嫌だ」
それだけは事実で、ただ一つ、言えることだった。だからそれをストレートに口にした。それをまた、ボブがどう受け止めてくれるか。それだけが今、唯一自分の頭を占めるものであった。ボブの顔を伺うと、驚いたような表情をしていた。そんなに驚くようなことだったろうか。自分はただ、己に正直に導き出した答えを口にしただけだ。ボブはどう思った?
「そういうことなら、喜んで」
ボブは笑って答えた。流れた涙は消えていた。今度は自分が泣いてしまいそうだ。それほどまでに喜ばしいことだった。まさか、こんなことになるなんて、先ほどよりも信じられない。見ているだけで手を伸ばすも届きはしなかった、その存在が、自分のものになるなんて。
精神的に解放され、抑圧がなくなったからか、すぐに病状は改善した。とはいえマーヴェリックの指示により、きっかり三日は入院させられた。そして今日、退院する。持ち込んだ荷物はないので持ち出すものはないが、帰る時用の服がない、と漏らしたら、ボブが持ってきてくれた。そしてそのまま共に病院を出た。入院している間、短い期間とはいえ、ボブは寄り添うようにそばにいてくれた。いろんな話をした。いろんなことをした。その時間は、とても貴重なものだった。そしてこれから、共に生きていく。それが、何よりも嬉しかった。
そして願いが叶ってから、ぱったりと、あの夢を見なくなった。やはりあれは願望だったのだ。まだそこまでの関係ではないので、そんなことはできないが、今となってはその夢を見るのも、少し、ほんの少しだけ、良かったのではないか、と思わないでもない。でも今は夢の中のボブではない、本物のボブが横にいる。血が通い体温で暖かい本物が。それならもちろんその方がいい。無言で手を差し出せば、気づいてくれたのかその手を取って握ってくれた。夢の中の冷たい手ではなく、温かく優しい手。これがずっと自分のものになるのならそれでいい。
夢の中での一人遊び、永遠に虚しいだけの夢はもう、見ない。