「...んっ、」
固まった身体をほぐす様に両手を天井へ向けて伸びをする。長時間の配信はしないようにする、と言ったのが少し懐かしく思えるくらいには、もうすでに片手では足りないほどの時間を費やしていることが増えている気がする。ストーリー重視のゲームは楽しい分、辞めどきが分からなくなるのが困りものだ。
すっかり飲み干して空になったグラスを掴んでキッチンへ向かう。愛しい同居人が水分補給にはうるさいため配信中に気にするようになってから、長時間配信の後に喉に違和感を覚えることが減った気がしていた。何度言われてもつい疎かにしてしまう節があることに呆れた浮奇が、画面に付箋を貼った時は手を叩いて爆笑したのもよく覚えている。誰のせいだとしっかり詰められて怒られたが、その健気さが愛おしくて今もそのままだ。
「うきき?」
キッチンへと向かう途中のリビングで、ソファで寛ぐ浮奇を見つけて、ファルガーはそっと声を掛けた。配信がない今日は寝倒すのだと昨日の夜に言っていたが起きてきたらしい。
最近、忙しくしている浮奇は遅くまで画面と睨めっこをするせいか眠りが浅くなっているようなのは何となく感じていた。睡眠不足がストレスに繋がっているのか、やや強い口調で相手とやり取りしているのが部屋から聞こえたのも記憶に新しい。夢見も悪いのか眠りながら眉根を寄せる浮奇を見て、同じベッドで手を繋いで眠っていても、同じ夢に潜り込めないのを歯痒く思っていた。
「浮奇」
「...配信終わったの?」
随分とぼんやりしているらしい浮奇はファルガーの声に気付かなかったようで、改めて声を掛けながら隣に腰掛ける。ファルガーを振り返った浮奇の問い掛けに、頷くことで返事をした。
「浮奇はゆっくりしてたのか?」
「うん」
同じように頷きを返してきた浮奇はそれきり黙り込んだ。
どこか心あらずな視線の先を辿ると、陽の差し込む窓辺が見える。今日は昼間から晴れ渡って、少しだけ緩んできた暑さに秋を思わせる風が時折吹き込むようないい天気だったことを思い出した。
「今日の空の色、すごく綺麗でしょ」
浮奇の言葉に、改めて窓の外に目を向ける。昼下がりと言うには遅くて、夕焼けというには少し早い空は、どちらも混じり合うような不思議な色をしていた。
西の方は澄んだ水色の空に浮かぶ雲を夕陽の橙色が染め始めており、東の空はまだ少し薄い紺色が夜の始まりを告げている。浮奇に同意しようと開きかけた唇が言葉を紡ぐ前に、小さく疑問が溢された。
「どうして、神様は空に色を付けたんだろうね」
まるで小さな子供のような問い掛けに、ファルガーは思わず息を呑む。視線を向けた先の浮奇は、星を宿した瞳を迷子のように揺らして空を見つめていた。
「空は灰色でも白でもよかったはずなのに、どうして雲の向こうを水色にしたんだろう。はっきり色を変えてもよかったはずなのに、どうして陽が落ちる前にさよならを言うみたいにゆっくり色が変わるんだろう」
浮奇がその理由を知っているのか知らないのかは分からなかったが、ファルガーはその問い掛けに答えることもできるはずで、けれどそうはしたくなかった。
「夜になる時は真っ黒じゃなくて、紺色に星を散りばめたのはどうしてなんだろうね」
段々と色を変える陽射しを受けて静かに涙を流す浮奇は、絵画のように美しかった。触れることで壊してしまいたくなくて、けれどそれ以上にどこか遠い場所へ行ってしまいそうな浮奇を離したくなくて、ファルガーはそっと頬に触れて涙を拭う。目を閉じてファルガーの掌へ擦り寄る浮奇の肩へ腕を回した。
「ふーふーちゃん、もっと、」
涙混じりの声で強請られて、背中へ腕を回し直して強く抱き締める。熱いものが込み上げそうになるのを誤魔化したくて、思い切り力を入れてやれば「痛いよ」と笑う声がして、代わりに身体が重なるほどに抱き寄せた。
あぁ、このひとが好きだ、と強く想った。
空いた浮奇の手がファルガーの手を探すのに答えて差し出せば、指を絡めて繋がれる。潤んだ瞳を細めて満足そうに笑う浮奇に赤い指先へ口付けられて、ファルガーはその額へと口付けを落とす。穏やかで柔らかな陽射しと、温かな心と、愛しい人に囲まれて、お互いの心が少しずつ溶けていくような感覚がした。