散兵様とおねんね稲妻での問題に日々追われている中、今日は久々に璃月港へやって来ていた。タルタリヤから食事のお誘いがあったのだ。そんな暇はない、と最初は断ったものの物凄くしつこかった為仕方なく了承した。というかなぜ私が稲妻にいると知っていたのか……ファデュイの情報網とやらか?いきなり声を掛けられて驚いたぞ。
「はー、美味しかった!」
「そりゃ、あれだけ高ければね……」
料亭から出て、ご満悦な様子のタルタリヤを呆れ気味に見る。とにかく金額の桁がおかしいメニューを目の当たりにして現実味がなかった。相変わらずのお金持ちっぷり、羨ましいことこの上ない。
空を見上げるともう夕暮れ時で、稲妻に戻るのは明日にしなければなと思った。
「ありがとう。無理やりだったけど楽しかったよ」
「どういたしまして。……一言多くない?」
「なんのこと?」
やれやれ、そう言いつつも嬉しそうな彼に別れの挨拶をし、見送られながら港を後にする。次は先生も一緒だといいな。
(さて、と)
せっかくここまで来たのだ、本格的に暗くなるまでの間、璃月でしか取れない物でも集めておきたい。欲しい時にない。素材あるあるだからね。
取り敢えず手始めに清心でも……思った瞬間、岩にもたれかかり座っている少年を発見した。え?あの帽子は。
「スカラマシュ?」
ついその名を口にする。どこかうざったそうに彼が顔を上げた。予想は的中していた。
「……君か」
ファデュイ執行官の一人。見た目にそぐわぬ実力と残酷さをもった超危険人物。今度は璃月で出会したか。
二週間ほど前、やたらと絡まれたのをキッカケにそこそこ普通に話せるようにはなった。が、怖いものは怖い。また身構えてしまって、
(あれ?)
ふと気付いた。なんか……顔色悪い?
元々色白な彼だが、いつも以上に白く……加えて、息切れしているような。
そろりと近寄って、しゃがんで話しかけてみる。
「どうしたの?お腹、痛いとか?」
「うるさい、構うな」
素っ気ないなぁ。しかし、これは憎まれ口というよりは虚勢を張っている風に思えた。
「体調悪いんでしょ?どうしよ……港まで、肩貸そうか?病院行った方が」
言い終わる前に腕をグイと引っ張られる。
「聞こえなかったか?構うなと言った。死にたいの」
冷たい眼光。一瞬息をのんだが以前みたくゾッとするレベルの鋭さはない。それどころか弱々しい、若干虚ろなせいだろうか。かなり具合が悪そうだ。
(……でも)
こんなにも頑なに拒絶しているのだ、港まで歩いてくれるはずが……もしかすると行きたくない理由もあったりして。彼は謎が多い、ここは強引に連れて行くべきではないのかもしれない。
腕を掴む彼の手が力を失くしていき、俯いて浅く呼吸し始めた。相当苦しいのか?早くどうにかしなければ。
「……スカラマシュ、あのさ」
薬を買ってくるからここで待ってて、言おうとしたその時。
「っ!」
ずしりとした足音。突如、目の前に大型のヒルチャールが現れた。よりにもよって今か!
ただでさえ弱っているスカラマシュに手出しさせるわけにはいかない。迷わず剣を取り出し、風を纏ってヒルチャールに振りかぶる。稲妻に行ってからも戦いの日々だ、格段に強くなった私は一撃で敵を屠った。
(まあ、この程度…)
ホッと一息、額を拭ってスカラマシュの方へ向き直る。心臓が跳ね上がった。彼の背後に、同じく大型のヒルチャールが二体もいたのだ。
私の表情を見てスカラマシュが後ろを向く。応戦しようと立ち上がりはしたが足元がフラついていて。
「危ない!」
咄嗟に彼とヒルチャールの間に割って入り、
「う……っ!」
太ももに激痛が走った。直撃は免れたが地面に倒れ込んで痛みに呻く。咆哮が聞こえ、もう駄目だと思った刹那。
「……余計なことを」
舌打ちしたスカラマシュに抱き上げられていた。
「え、あ」
信じられない出来事に間の抜けた声が出る。痛いなんて感覚、速攻でどこかに吹っ飛んだ。前と同じで彼の手には体温が感じられず。けれど、
(あ、熱いっ……!)
なぜだか一気に私の身体は火照っていく。
と、スカラマシュが真剣な表情で地面を踏み締めたと思うと。
「わあ!?」
どこにそんな余力があったのか、大きく跳躍した。ヒルチャールが遥か下に……って、高いって!
「し、しぬ!」
「耳元で騒ぐな、落とすよ?」
不機嫌そうに睨まれ慌てて黙る。木という木を飛び移って行かれ、わざと手を離されなくとも落ちるのではと肝を冷やした。そんな私に気付いてかスカラマシュがボソッと呟く。
「僕の首に腕でも回しておけば?」
「い、いいの?」
「何度も言わせるな。拾いに行くはめになるよりマシだ」
言葉選びは酷いものだがなんとなく穏やかな気がする声色に安心感を抱き、言われた通りにしてみる。く、首も冷たい。だけど、どうしようもなく嬉しさが込み上げてきて。
「……重くない?」
その気持ちを悟られたくなくて適当な質問をしてしまった。
「重い」
「ぐっ……」
ムードぶち壊しではないか。ま、いいけどさぁ。
彼らしい一言にガックリしながら、とうの昔にヒルチャールを振り切っていたことを知る。スカラマシュもそれが分かったのだろう、着地してようやく下ろされた。少しだけ名残惜しい。
「ここで休憩する。着いて来たいのなら好きにしろ」
「え?ああ……」
彼が歩いて行く先は小さな洞窟。
肩で息をしている華奢な背中を見て、私はもちろんお供すると決めたのだった。
定期的に誰かが整備しに来ているのだろう、洞窟内は意外にもそこそこ明るかった。やがて行き止まりとなり、どっかり座り込んだスカラマシュを恐る恐る気遣う。
「だ、大丈夫?」
返事はない。
意地悪をしているわけではないのは岩壁にもたれかかる姿から明確に伝わってきた。どうしよう、逡巡した後彼の隣に座る。何も言ってこない、よほど辛いのか。かなり狭い空間だが移動する気力はなさそう……。
アワアワする私。まごついて失態に気付き「あっ!」と叫ぶ。
「そ、その……ありがとう」
お礼がまだだった、一番に言うべきだったのに。限界が来るまで守ってくれたのだ、感謝しかない。
「そういうの、いいから」
「や、何回でも言いたいよ。命の恩人だし」
「やめてくれないか?苛々してくる」
「ご、ごめん」
本気で嫌がられているようなので素直に黙る。人助けとかしなさそうだし……むず痒いのかな。
沈黙が降り、今更ながら気まずくなってきた。よくよく考えたら彼とは仲良しでもなんでもない、どう接すれば良いのか。
(いや、待てよ)
やりかけたことを忘れていた。薬だ。
唐突に立ち上がった私をスカラマシュが訝しげに見てくる。
「ここで待ってて、薬買って来るから」
「は?」
「どこが痛いの?」
「痛いとかじゃない。少し身体が熱いだけ」
「熱か……」
あの体温で熱。普段どれだけひんやりしているのだろう。
しょうもない考え事はさておき、歩き出そうとする私。すると彼が引き留めてきた。
「別に頼んでない。行かなくていい」
「頼まれなくても行くよ」
「しつこい、座れ」
無視して一歩踏み出した瞬間、
「いったあああ!」
太もも。
これも忘れていた、そういえばケガしてたんだった。さっきまではアドレナリンが出ていたせいで痛覚が鈍っていただけだったのだ、おそらく。
乙女とは思えない声を上げ転がり回って悶絶する。「だから言ったのに」、スカラマシュがボヤいて近付いてきた。そして。
「裾、まくれ」
「え?」
「早くしろ」
真顔で見下ろされている。裾……すそっ?
「む、むり!恥ずかしい!」
ケガをした箇所は割と真面目に下着に近い位置なのだ、絶対無理!
手をブンブン振って拒絶すると、彼が盛大に溜息をついた。
「心配しなくとも君みたいな子供相手に性欲なんか湧かない」
「それはグサッと来る」
ちょっぴり口を尖らせた私にスカラマシュがイラッとした顔をした。ならどう言えばいいのだと思ったに違いない。屈み、今度は手を突き見下ろしてきた。眉間にシワを寄せながら、
「なに?襲ってほしいの」
なんて言ってくる。モロに赤面して固まってしまった。
「す、すみませんでした」
ぎこちなく謝り観念して裾を上げた。自分でも「うわぁ」と思ったくらいの傷になっていて、微妙に止まっていない血が滲み出した。
不意に何かを破る音がする。見ると、スカラマシュが自身の着物を歯で割いていた。そうして、千切った切れ端を太ももに巻いてくる。
(え……えっ!?)
驚愕、としか表現のしようがない。何が起きている?これは夢なのか?
「ス、スカラマシュ?」
「動くな。痛くするよ」
彼なら冗談抜きでやりかねない。おとなしくする。心臓は全くおとなしくなってないけど。
永遠に感じられた時間が終わり、綺麗に結ばれたそれを見て本格的にドキドキしてきた。
私、もしかしてスカラマシュに気に入ってもらえたのかな?
チラリと上目遣いで彼の様子を窺うと冷徹そのものの眼差しで睨まれた。
「変な勘違いをしているのならこの場で殺す」
「ただの気まぐれ、そうですよね?」
早口で返す。ふん、と思いっきり顔を背けられた。だよねー。
薬を買うのを諦め、いよいよ彼の体調が心配になってきた。またもや恐る恐る尋ねてみる。
「か、身体、平気なの?」
無言。これは普通にご機嫌斜めなせいだと思う。こんな状況だというのにスカラマシュのことがなんとなく分かってきている自分に気付き我ながら笑った。
出会した当初よりは幾分顔色がいい。私の手当てなんてするくらいだ、若干楽になったのかも?
とは言え変わらずツンとしているので、話しかけるのもなと思い静かにする私。
数分経過した辺りでスカラマシュが口を開いた。
「君、稲妻にいるものだとばかり思っていたけど?」
「え?あ……そう、だね」
突然の問い掛けに驚く。当然の如く目は合わせてこない。やや傷ついたがせっかく彼が話しかけてくれたのだ、嫌な顔はせず答えた。
「タルタリヤに食事に誘われたから。すぐ稲妻に戻るよ」
「……公子」
「うん。ゴネられて仕方なく、ね」
「へぇ……」
ん?なんか急に歯切れが悪くなった?
気のせいということにしておき、続けて喋る。
「最初はイヤイヤだったんだけど来てみたらやっぱり楽しくてさ。いっぱいお話したよ」
「……あ、そ」
「美味しいご飯も食べられたし大満足。タルタリヤ、お金持ちだからなぁ」
「ふーん……」
「あ!食事中さ、タルタリヤったら…」
「もういい」
突き放したような声音で遮られ目をパチクリさせて止まる私。視線の先には頬杖をついて心なし不貞腐れている彼がいた。
「タルタリヤ、タルタリヤって……うるさい。飽きた、その話」
「ご、ごめん」
面白くなかったのだろうか?それとも、タルタリヤが嫌いとか?
なんにせよ彼を不快にさせてしまった事実に軽く落ち込む。あーあ、仲良くなれるチャンスだったのに。
また数分間の沈黙が降りて。
「……眠い。寝る」
唐突にスカラマシュが言い、帽子を枕にして寝っ転がった。そんな使い方が。便利だな。こちらに背を向けているのがなんとも彼らしい、寝顔を見せたくないのだろう。
「……ねぇ」
「なに?君って寝てる人間に話しかけるの」
遠回しに非常識さを非難されてしまった。申し訳ない。黙ったら黙ったで「早く言え、気になるだろ」と怒られる、理不尽だ。
ともかく許可が下りた為ありがたく問う。
「部下のみんなは呼べないの?あったかいベッドで寝た方がいいんじゃ……」
「呼びたくないだけ」
一蹴された。
うーむ、なるほど。何も分からなかったがなるほど。
(……や、)
そういう、ことか。
多分、弱みを見せたくないという気持ちからの言葉だ。でなければあれだけ苦しそうにしていたのに我慢などしない。簡単に呼べるとしたら尚更。
彼の小さな背中を見つめ、感傷に浸った。
(寄り添ってほしい誰かなんて……きっといないんだ)
どんなに悲しい時でも、スカラマシュはひとりで解決してひとりで泣くのではないだろうか。
知った風な口を聞くなと言われて間もないにも関わらず、勝手に想像してしまって切なくなった。
(どうやって生きてきたんだろう……)
両親は?友達は?誰も頼らないのかな。誰も信用しないのかな。
……あれ?私、なんでこんなに気になって──
「寝ろ」
「ふえ?」
簡素過ぎる一言にバカ丸出しな声が出た。私に背を見せたまんま、スカラマシュが言う。
「すぐ横で起きていられたら気が散って眠れない。寝ろ」
「はぁ……」
一理ある。
特段仲良くもない人間のそばにいてグースカ眠りにつける人はあんまりいないだろう。
うーん、と考えた後、私も疲れたしなぁと彼の言う通りにすることとした。ごろんと転がってみる。
「いった!」
岩の枕。普通に痛い。
勢い良く後頭部をやられた私は暫し痛みに耐える。スカラマシュが長い溜息をついた。
「……こっち」
「え?」
「使え」
あくまで体勢は同じ。指でちょいちょい帽子を差してきている。大きな被り物……二人分の幅は、ありそうだ。
だが。
「ち、ちかく、ない?」
「イチイチ発情するな、鬱陶しい」
「言い方!」
全く恥ずかしがらない彼。外見年齢は変わらないのに、ほんと大人だなぁ……。
と、とにかく。
(言うこと聞かなかったら怒りそうだし……何より岩枕じゃ絶対眠れない)
ほんの一秒で決断し、早鐘を打つ心臓に知らんぷりをしながらゆっくりゆっくり……帽子に頭を預けた。もちろん、私も背中を向けて寝転ぶ。
こ……これは。
(もっと寝れんぞ)
少しでも動いたら確実に肩が触れ合う。緊張して汗が大量に噴き出してきた。どうして私、スカラマシュにドキドキしてるの!?
一応、今のところ敵に近い立ち位置なのだ。危険人物に対して何を考えている。
ごくりと唾をのみ込んだところで、
(……あ)
寝息が聞こえてきた。スカラマシュ、本当に寝たんだ。
(そりゃ、そうだよね)
体調不良の上、私を抱きかかえて逃亡劇まで繰り広げてみせたのだ。疲れていないはずがない。
そうっと、彼の方を向いてみる。起こさないように細心の注意をはらって。
規則正しい呼吸音。それに合わせ僅かに動いている肩。すっかり、夢の中だ。
(あ、いい匂い……)
ふわりと彼の髪から香ってきたのは、予想外に優しい匂いで。
(落ち着く……)
心静かになっていく。なんだか……眠たくなってきた。
不意にスカラマシュの破れた着物に視線がいく。その切れ端は今、私の脚に巻かれているのだ。
(……うれしい)
ほわんとした気持ちが浮き上がる。とてもあたたかい。
幸福感に包まれながら、完全に意識が飛ぶ前にもう一度……。
「ありがとう、スカラマシュ」
彼にお礼を言った。
夢を見た。すごく心地の良い夢を。
折れそうなほど繊細な指が私の頬に触れていた。慈しむように撫でてくれて、やがてその手が髪を梳いていって。
最後に、一瞬だけ唇をなぞった。
「──蛍」
私の名を呼びながら。
誰だろう?穏やかな声……。
ぼんやりと、少年の輪郭が見えてきて──
「お嬢ちゃん。……お嬢ちゃんってば」
頭上から声がして瞼を開けた。
屈んで見てきていたのは作業着姿のおじさん。
「っ……わ!?」
見知らぬ人の登場にビックリして飛び起きる。今度はおじさんが驚いていた。
「どこで寝てんだい。お家は?連れてってやろうか?」
「え?え?」
キョロキョロする。場所は寝る前と同じ洞窟内。
えっと……この人は整備員さんか。うん。
状況を把握したところで足りないものに気付いた。
「スカラマシュ?あれ?」
彼の姿が見当たらない。
「おじさん、男の子見ませんでしたか?藍色の髪の……」
「いや?お嬢ちゃんだけだよ」
帰っちゃったのかな。
元気になったのならそれは安心だけれど……。
(私に何も言わずに。……さみしいな)
スカラマシュ相手に何を期待しているのだか。でも、率直に思ったのだ。仕方あるまい。三角座りしてム〜ッとする。
そうしていると、おじさんが私の後ろを指差してこう言った。
「変わった服だね。お嬢ちゃん、稲妻人なのかい?」
「へ?」
振り返るとそこには。
(……あ)
枕代わりなのだろう──少しばかり破れた着物が、畳んで置かれていた。
たったそれだけの、光景が。
「……スカラマシュ」
何にも代えがたいほどに嬉しくて、私は着物を抱きしめ彼の残り香に口元を綻ばせたのだった。